第105話 野盗退治4
夜の帳が降りる少し前のこと、オルレオ達は空が赤く染まり始めたころまでツリーハウスの上で思い思いに過ごしていた。物珍しそうにウロウロしては話を聞いていくオルレオ、仮眠と称して爆睡するモニカ、その隣で夜戦時に音が出ないよう、自分とモニカの装備に細工を施すニーナ、とそれぞれが好きにしていたところで、上の階にいた見張りから声がかかった。
フレッドの仲間が斥候から戻ってきたのだ。
そこからは目が回りそうなほどに忙しくなった。自作の地図に街道の現在の状況、つまり、どこにどれだけの規模の隊商がいるのか、野営を始めている地点はどこか、護衛の規模は、野盗が偵察していのはどこか、最短のルートはどれか、野盗の動きは、襲撃に適しているのはどこか、などなどと様々な話が飛び交う中で、オルレオは何一つ言葉を発せずにその場にいた。
よくわかっていないので口出しはしない。それが余計な手間を取らせるだけだとわかっていたからだ。
それでも、オルレオは呆然としていたわけではなかった。とにかく集中して話を聞きながら『何を根拠にしてどう考えているのか』についてを自分なりに考察していた。
「おや、どうしました? オルレオ。先ほどからずっと黙っていますけど……」
ニーナが気を遣って声をかけてきたところで、ようやくオルレオは張り詰めさせた緊張の糸を緩めた。
「いや、こう、頭使うのってあんまり慣れてないからさ。皆の話を聞きながら色々参考にさせてもらってたんだ」
「お、いいじゃねーか。確かに実地でやり取り見といたほうが、後で勉強したときに理解度が全然違うからな。よく見て、よく聞いとけよ!」
バシバシとオルレオの背を叩きながら、モニカが笑うと、フレッドが同意するように頷きながら。
「情報を集めて、作戦を立てて、行動に移す。一見なんてことないようなことだけど、これが出来なきゃ簡単に命を落とすからねぇ。参考になったら嬉しいよ」
ちょうど会議の熱が落ち着いたところで、休憩がてらに全員に紅茶が配られて一息をつく。その間も次々に情報は寄せられていく。ソレに追い立てるように早々と会議が再開されていく。
やがて、議論は収束し、ある一点に大きく丸が付けられた。
「じゃ、キミたち三人がここで張り込み。僕たちが野盗の動きを見張って、別な地点に動くようならすぐに連絡して場所を変えてもらう。後のこまごましたところは……まあ、現場判断で」
空をすっかりと夜が覆い、星が全天で瞬き始めたころに、結論が出た。
♦♦♦
「グズグズするな! 急げ!」
男が馬上で苛立った声を挙げながら夜闇の中でもたつく部下たちを
だが、だからといって歩みを遅らせるわけにはいかない。ここのところ連続で
ただでさえ、今回部下として引き連れているのは冒険者として戦う覚悟すら持てなった落伍者共だ。不平不満ばかりを口にしてろくに働くことさえしなかった、武器を持ったロクデナシをはした金で雇っているのだ。
旨味が無くなればどこぞに逃げ出した上で、コチラを売るくらいのことは余裕でするはずだ。その後の自分たちの扱いを考えることすらせずに、だ。
いや、それ以上に襲撃が失敗続きだとすると、依頼主から何をされるか分かりはしない。むしろ、裏切るとしたら向こうの方が早いかもしれない。そうはされないようにと自分も上役がいることの証拠は握っているのだが、安心はできない。
はあ、と男はため息をついてふと思った。
上も下も裏切りかねないようなクズばかりの中で強盗仕事を行う。ああなんのことはない。自分もそんな奴等に仲間入りしてしまったのか、と。
知らず、自嘲気味に吐息が漏れた。
まあ、しょうがない。あれこれ言ったところでコレが自分の選んだ道だ。ならば精々上手くいくように差配するしかない。
気持ちを切り替えるように深く息を吸って、吐いた。
目的地まではあと少し。男は頭を切り替えて、槍を手にした。
♦♦♦
地面から足音が響くほどまでに近づいてくるまで、オルレオ達は決して動こうとはしなかった。
目の前に敵が迫ってくる中で、声を挙げず、殺気立たず。息を殺すというのは中々精神的にくるものがある。バレているんじゃないか。先手を取られるんじゃないか。急に逃げられるんじゃないか。もしかしたら、自分たちの背後に敵が来ているんじゃないか。幾つもの可能性と不安がオルレオの頭をよぎる中で、それでも我慢をし続けた。
“仕掛けるときは、至近距離から奇襲で”
そうでなければ、下っ端の野盗どもに散り散りに逃げられてしまうからだ。戦うしかない状況に追い込んで、倒すか、殺すかしないと、また同じように強盗行為を繰り返すことになるだろう。
その中で上手いこと混戦に持ち込んで、野盗の頭を逃がさなきゃいけない、というのは厄介ではある。
厄介ではあるが、それが出来るように策は練った。ならばあとはやるだけだ。
「行くぞ」
小さな声でモニカが合図をすると、開戦を告げる風切り音が響いた。
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