第75話 ぴったりの仕事3
「んにしても、まっさか明日の朝に攻勢かけっからって今から山ン中にいかなきゃならねーとは……」
ガタゴトと馬車が動き始めたその瞬間、モニカは大きくため息をついてがっくりと肩を落とした。
「いささか急すぎるのは確かですね……」
エルフ耳をピコピコと動かしながら険のある声でニーナが続く。
「“兵は拙速を尊ぶ”ってやつなんだとさ、手をこまねいていたら手遅れになった、なんて笑いごとにもなんないかんね」
対してフレッドはというとまったくの普段通りとでもいえばいいのか、呑気な様子で馬車に積んである荷物を漁っている。
今、オルレオを含む4人で乗っている馬車は冒険者ギルドが用意したもので、レガーノからウルカ村まで運んでくれる手はずになっている。また馬車の積み荷については4人が好きに使っていいらしく、保存食から予備の武器・
「あ、ずりぃぞ!」
「早いモン勝ちってもんさ!」
物資を二の腕や腰につけたポーチに詰め込んでいたフレッドの横に割り込むようにしてモニカが保存食のあるあたりに移動すると腰の左側についたバッグの中にこれでもかというくらいに突っ込んでいく。
二人の争いを横目に見ながら、ニーナが少しばかり矢を補充しようか、と腰をあげた。
そんな中でも、オルレオは動き出すことなく頭をひねって何かを考え続けていた。
「何ボーっとしてんだ? オマエの分無くなっちまうぞ?」
「え……?えぇぇ!?」
モニカがオルレオに声を掛けた時には、とうに山ほどあった物資が4分の1以下まで減っていた。というか普通に矢や予備の武器を除けばほぼほぼなくなっていたとしか言えない。
結局、オルレオが確保出来たのは、夜露をしのぐためのポンチョと多少の薬と保存食だけだった。
馬車に用意されていた魔石で空間拡張バッグに魔力を補充して、そこに確保できた物資をため息とともに詰め込んでいく。
「で、何をそんなに考えこんでたのさ?」
フレッドが楽し気に声をかけると、ニーナもオルレオのことが気になっていたのか。
「クエストの説明途中からずっと何かを考えていましたよね?」
「ん? なんだ? クエストで分かんないことあったんならあの場で職員のやつらに聞きゃ良かったのに」
それぞれがオルレオの顔を覗き込むようにして答えを待っている、そのことに気が付いたオルレオはなんとなく居心地の悪さを感じながら、困ったように思っていたことを口に出した。
「いや、なんで魔獣はせっかく集めた物資を敵の近くに置いていたんだろう、って思ってさ。普通は敵から離したほうに置くもんじゃないか?」
至極当然のことなのに、それが当然じゃないことにオルレオは悩んでいたのだ。誰も彼もがそこに疑問を感じずに流していた。だから聞いていいものだろうか、とオルレオは悩んで、自分で答えをだそうと考え抜いていたのだ。
「そりゃ、オルレオの考えはあくまで“人間の考え方”だからな」
「ええ、魔獣には“魔獣なりの考え”があるのです」
モニカとニーナが答えるも、オルレオはさらに困惑したのか眉根を寄せた。
「簡単に言やぁよ、アタシら人間が戦うには武器や食事、医薬品が必要不可欠でこれが無くちゃ戦えねぇ、だから守るわけだ」
オルレオが頷くのを見てモニカは説明を続ける。
「だが、魔獣ってのはそうじゃねぇ。連中からしてみりゃ物資ってのは“あってもなくてもいい”もんだ。あったらちょっと便利ってくらいだな。そうなりゃ守る必要ってやつが小さくなる」
モニカの説明を受けて、ようやくオルレオの眉間から皺が消えた。
「だからこそ魔獣連中は分散して物資を隠すのさ。いくつか貯蔵場所が潰されようが他が無事ならそれでいいってわけ」
次いで放たれたフレッドの言葉に、オルレオはなるほど、と頷く。
「あれ? でも物資のあるところにも魔獣が守りについてるんじゃ……」
「ええ。ですが、襲撃を受ければすぐに逃げ出すでしょう」
ふと生まれたオルレオの疑問に答えたのはニーナだった。
「自分たちで相手に出来そうな敵なら戦う。無理そうなら逃げて敵の襲撃を知らせる。そして敵の情報が集まるその場所こそが……」
「そいつらのボスがいる場所ってことだ」
モニカが相変わらずの獰猛な
しかし、オルレオはというとごくりと唾を飲み込んで冷や汗をかいていた。
「あんだよ? ビビってんのか?」
「そりゃ、まあ……」
オルレオが小さく
「心配すんなって! いざとなったらアタシがどーにかしてやっからよ!」
バシバシとモニカがオルレオの肩を叩く。
「そうそう、オイラ達が見つけきれなかったってことは、目的地の辺りに潜んでいるのは少数の敵だろうし……ヤバいようだったら逃げればいいんだしさ」
フレッドがカラカラと陽気に笑いながら胸を張る。
「不安や恐怖を覚えるのは仕方ないことですよ」
ニーナがオルレオの正面までやってきて視線を合わせるようにして声をかける。
「ですが、しっかりと手綱を握って飼いならさなければいけません。無闇に怖がって縮こまってはいけません。何が恐ろしいかを正しくとらえてコントロールしなくては」
にこり、とニーナが柔らかく笑った。
「それと同様、簡単に恐れを失くしてもいけません! 油断大敵、しっかりと気を引き締めて仕事をしましょうね」
そのまま視線をモニカに移したその瞬間、ニーナの笑みから柔らかさと暖かさが失われた。
氷の微笑はモニカがモニカに向けられた途端にモニカの動きは止まり、その視線が今度はフレッドを捉えようかというところで、フレッドはそっぽを向いてヒューヒューと鳴らない口笛を吹いていた。
「まったく、こういう敵が分からない仕事では慣れと慢心が最大の敵です! 二人とも反省するように!」
ニーナがそう強く戒めた後、二人分の素直な返事が馬車の中に響いた。
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