第74話 ぴったりの仕事2

 扉をくぐってきたのはオルレオのよく知る人物だった。ガッチガチに緊張して同じ向きの手足を同時に出しながらぎくしゃくと歩いている。その後ろではクスクスとした笑みを隠そうともせず楽し気な目でクリスの後を付いて歩く女性ギルド職員の姿がある。


 冒険者たちが向かい合って囲むテーブルのオルレオとフレッドの右隣の位置に二人の職員が腰を下ろした。クリスは手に抱えていた書類をテーブルに並べると青ざめた顔をしながら深呼吸を何回か繰り返していた。


 その背にもう一人の女性職員が軽く撫ぜる。それだけで、クリスの顔にわずかばかりの赤みが戻り、グッと前を向いた。


「そ、それでは、今回のクエストを担当さしぇていただきますクリス・ファローと申します」


「補助を務めます、グレイス・アドモスと申します。どうぞよろしく」


 噛んだクリスに目が行くよりも先に、グレイスと名乗った職員が瀟洒しょうしゃにお辞儀をするとついついそちらに視線が集まった。現に、噛んだ本人であるクリスの視線もグレイスに注がれている。


 そのグレイスから肘でつっつかれてハッとしたクリスは、慌てて手元の資料から一枚を摘まみ上げた。


「そ、それでは、今回の、クエストについて、説明いたします」


 瞬間、すべての視線が一挙にクリスへと降り注いだ。クリスはそれに気づいた瞬間、ギョッとして固まりそうになった。それでも、その中に一対の、自分と同じ年ごろで新米ながらも立派な成果を挙げている少年の目に気が付いて、クリスは自分を奮い立たせるように息を吸い込んだ。


「現在、タティウス断崖近辺だけでなく、エテュナ山脈に点在する鉱山、坑道、および未発見の鉱脈と思われる場所でゴーレムの姿が目撃されています」


 その説明に合わせるように、グレイスがテーブルにエテュナ山脈の地図を広げた。右隅に『持ち出し厳禁』と書かれていることから詳細に描かれた重要度の高いものだとすぐにわかる。その地図の上にゴーレムを模したこまが目撃地点に配置されていく。


「これらのゴーレムは主に鉱石を採取してそのままどこかに立ち去っているのが確認されています。おそらくは……」


「戦力の強化ってことか、気に喰わねえな」


 クリスの説明を受けて、モニカが心底面白くなさそうに吐き出す。それにクリスは頷きを一つ。


「武装を強化するのか、それとも金属製のゴーレムを造り上げるのか……いずれにしても魔獣の群れに好き勝手をさせるわけにはいきません、そこで……」


「オイラ達がそのゴーレムたちの集結地点を探ってきたってわけさ」


 クリスがフレッドの方を見やるとフレッドもそれで悟ったのかクリスから説明を引き継いだ。


「斥候組でこの数日、ゴーレムたちの後をつけたり痕跡を探して連中の拠点みたいなところを探してきた、それが……」


 フレッドがソファの端ギリギリまで身を乗り出して地図の上に小屋の模型を4カ所置いた。


「この4つ。これが全部ってわけじゃないぜ?オイラ達が見つけきったのがこれだけってわけ。」


 念を押すようにフレッドが周りを見渡しながら言う。


「どこも少しだけ開けた場所で木の枝や鉱石が乱雑に積まれてるって感じだったらしい。ゴブリンをはじめとした魔獣が警備についてるみたいだったけど、穴は多いって話。んで……」


 説明を続けながら、フレッドが奥まったところに一つ、杖を持った人型の駒を置く。


「どうやら、この辺りでゴーレムを造ってる魔獣がいるんじゃないかな、ってのがオイラ達の見立て」


 そこまで言うと、フレッドはテーブルから身を引いてソファにしっかりと腰を掛けられる位置まで尻をにじっていった。


「以上の内容を冒険者ギルドから傭兵ギルドおよび領主に報告したところ、魔獣の早期殲滅せんめつするという方針が決まったそうです。その第一次攻勢として4カ所の集積場所へ同時強襲きょうしゅうをかけ物資の強奪を行うことが決定しました」


「つまり、アタシらはそのうちの一つに突っ込むってことか?」


 血がたぎってきたとばかりに血の気の多い笑みを浮かべるモニカに、クリスはゆっくりと首を横に振って否定を示した。


「だったら、私たちの仕事は一体……?」


 不満そうに口をとがらせるモニカの横で、少しだけ眉間にしわを寄せながらニーナがゆっくりとした口調で問いかけた。


「みなさんにお願いしたいのは、襲撃が始まったあとのことです」


 少しだけ、目を伏せて重い口調でクリスが話し始める。


「今回の襲撃が始まれば、おそらく魔獣側にも何らかの動きが出るでしょう。その中でゴーレムを造っている拠点を探り、可能であればこれを潰す。それがみなさんにお願いしたいクエストです」

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