第20話 秒速1センチメートル

 急いで、サニーと好子が工場を出ようとしたが、工場の声が引き止めた。


 ――ぬしら、「人類シンデラガ―計画」という言葉に聞き覚えは?あやつらがしきりに言っておったのだが


「いいえ、知りません」とサニーが答えた。

 好子も首を横に振るだけだった。


 ――ふむ、そうか。まあ、よいわ。……そうそう、今、思い出したのだが、タキシードの奴がここを去る前、このようなことを言っておったぞ。「このアジトは放棄する。魔法少女が捜査してきたときのために、魔法のワナを仕掛けておこう」とな


 サニーが「逃げて!」という言葉を発する前に、そのワナは発動した。

 地面がどろのように溶けると、魔法少女たちの足が飲み込まれた。泥が足にまとわりつく。これでは、一歩も動けない。

「えーん、新しく買ったばかりのクツが――」と好子が泣き言を言った。


 その場を動けなくなった好子とサニーは、いろいろな魔法を試みた。ところが、ワナを破ることはできなかった。低位の魔法では、破るための魔力が弱すぎるのであった。


 サニーが自分のスマホをポケットから取り出して、黒子へ電話をかけた。

「隊長、大変です!」

 スマホのスピーカーから、のんきな声が聞こえる。

 ――隊長じゃないわさ。17歳さんだわさ。

「ちっ。17歳さん!」とサニーは舌打ちをして、そう言い直した。「明日、広島駅を通る新幹線を爆破するとの情報が入りました」

 ――確かなの?

「招魂魔法を使って、工場さんに聞いたので、間違いありません」


 電話先の黒子は、何か考え事をしているようだった。しばらくして、こう聞いた。

 ――こっちへ帰ってこられる?


 サニーは叫んだ。「帰ることができません!」


 すでに、好子が首半分まで、地面に埋まっていた。サニーは彼女よりも身長が高い分、胸の部分からが地上に出ていた。

 魔法のワナにひっかかったことを、黒子に伝えた。それを聞いた黒子は「魔法を使えないのか?」と不思議そうに尋ねてきたが、このワナには、強力な魔法をぶつけなければ、やぶれない。


「助けに来てください!このままだと、二人とも地面に埋もれて死んでしまいます」

 ――そうね。数百万年後には、化石として発掘はっくつされるだわさ


 どうやら、こちらの緊迫きんぱくした状況が、うまく電話先の黒子に伝わっていないらしい。


 サニーはしびれを切らした。「もういいです。自分たちで何とかします!」

 スマホを切って、好子の方を首だけで向いた。

 サニーと好子との距離は、わずか10センチ足らずである。ちょっとだけ首を伸ばせば、キスできそうだ。

「ジーパン、生きてる?キスできるよね?」とサニーが聞くと、好子はくちびるをアヒルのような形にして、あごを上げ首を伸ばしてきた。


 あと少し。

 もう1センチ。


 二人の唇が、そっと触れ合った。砂利じゃりが混じっていたが、文句は言えまい。

 キスすれば、ヤッタ・ゼフラン・キスの効果で、二人は、どんな魔法でも使えるのだから。

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