第79話 探偵は危険と戯れる

「ぐああああああああああーーーーーっ!」


 吹き飛ばされた後、煙を上げながら、崩れる様に膝から落ちる雹河。


「氷室さーんっ!!」


 ビクンビクンと、電気ショックで筋肉が収縮し、痙攣けいれんを起こしている。


『くっくっくっ、はーっはっは! ブロッケンの最終兵器『プラズマ』。数万ボルトの大電圧を食らっては、もう動く事も出来まい』


 嘲るようなわらいを上げる霧崎の前で、雹河はゆらっと幽鬼の様に立ち上がる。


『何っ!?』

「氷室さん!」

「来るな……」


 あわてて駆け寄ろうとする雪姫を、一言で制止する雹河。


「今が一番、たのしいところだ……。邪魔をするな……」

「氷室さん……、笑ってる……」

『えっ?』


 雪姫の言葉に、晴海と雷也が見ると、雹河はよろめきながらも実に楽しげな笑みを浮かべている。


「なんで……? なんで、雹河くんはこの追い込まれた状況で笑えるの……?」

「あいつは『中毒者ジャンキー』だからなー……」


 晴海の疑問に、つぶやくように答えるブラザーズ。


「ジャンキーって?」

「あいつは死ぬ事よりも負ける事を嫌がる、超負けず嫌い。その上、危ない状況になればなるほど脳からドーパミンがわんさか出て、愉快な気分になる性質タチだから」

「要するに、危険中毒って奴だよ。あいつの過去に何があって、なんでそうなったかまでは知らないけど」

「なるほどね……。でも……」


 晴海は雹河と、近くで寝転がってるクラウドを見やり。


「危険を楽しむ雹河くんと、危険を回避するクラウドくん。つくづく正反対な2人だね」


 雹河は黒豹を思わせるまなこをギラギラに光らせながら、霧崎に向かう。

 だが、やはり無理が祟ったのだろう、再び膝をついた。


『はっはっは、あれを受けて平気な奴がいるものか。ひざまずけ、命乞いをしろ! 今度食らったらお前と言えど命は……』

「自分で生き方を決められないガキが、ボクに偉そうに指図をするな」


 蜃気楼のように、フッと姿を消す雹河。


『逃げただと?』

「ボクが逃げる訳がないだろうが……」

「えっ? 雹河くんどこに行ったの?」

「あそこでござる!」


 気配を察知した雷也が指差す、城の窓。

 3階の高さから、幻影の悪魔を見下ろす雹河。


「次で最後だ……。次の一撃で、てめえの喉笛を掻き切ってやるぜ」


 ブロッケンは体を鈍く輝かせ、プラズマ再発射のチャージを始める。


『僕はお前の命を握っている。次にプラズマを食らえば、今度こそ死ぬよ?』

「指図をするなと言っただろ……」

『分かってるのか? 僕がこのボタンを押せば、お前は本当に死ぬんだよ……?』

「夢の名借りた妄想に喰われてる奴が、指図するなと……言ってんだろうが一っ!」


 雹河は城の窓から飛び降り、城壁を駆け下りると、一直線にブロッケンに向かう!

 霧崎は発射ボタンを押し込み、電気の大奔流が雹河を飲み込む。

 雹河は超低温の冷気を纏った左手で、マイスナー効果を引き起こしながら、電磁の波を捻じ斬る氷の刃と化し、大地を翔ける!

 雹河と霧崎、冷気と電気。2つのエネルギー体がぶつかり合い、閃光が周囲を巻き込み、爆散する。

 光が止み、晴海たちが次に見た光景は、雹河の左腕が幻影の悪魔の胴体を貫いている姿だった。


「雹河くんが、勝った……」

「本当に、雷を斬ったでござる……」


 2人のつぶやきが、戦いの結末を物語る。


「楽しめたぜ……。それなりにな」


 雹河が腕を抜くと、どぷんとブロッケンの燃料があふれ落ちる。

 身を離し、腕を振って油を払い落とすと、物言わぬ悪魔に背を向け歩き出す。

 だが、いよいよ限界が来たらしく、満身創疾の雹河はそのまま……。


「よい、しょっと……」


 倒れ込む雹河を、雪姫が小さな身体で受け止めた。


「氷室さん。1人で何でもやろうとしたら、いけませんわ」

「てめえの助けなど、誰が借りるか……。というか白鳥、てめえボクに惚れてるのか?」

「わたし、あなたのそういう所、嫌いですわ」


 雹河は雪姫を振りほどくと、最後まで自力で歩き続ける。


「ボクと付き合いたいなら、まず、その胸の邪魔な物をちぎってから来い……」

「むちゃくちゃな事を言う人ですわ……」

「しばらく休む。帰る直前に起こせ」


 雹河は城壁に体を預け、そのまま座りこんで意識を失う。

 雪姫は豊かな胸を、押し上げるように腕を組みつつ、少年を見つめる。


「……雹河くんって、おっぱいに親でも殺されたの?」

「いやー、あいつの過去に何があって、なんでそうなったかまでは知らないけど」


 晴海は雪姫の元にてけてけっと近寄り、ひそひそと。


「ねえ、雪姫。もしかして、雹河くんの事を……」


 その質問に、雪姫は形の良いあごに指を当てて、うーんと考える素振りを見せると。


「誰よりも頼りにしてますし、なんとなく気になる人ではありますけど、好きか嫌いかで言えば、大嫌いですわ♪」


 ニコッと微笑みながら、楽しそうに答えた。



 *



 黄色い鉄の塊になったブロッケンを取り囲み、ノーテンキ冒険隊は霧崎に、山瀬の解放を迫る。


「さあ、玲華さんを返してもらうよ!」

「神妙にお縄をちょうだいしろ!」

「そして、ジャンピング土下座でオレらに謝れ!」

『ひゃははははは! お前ら、それで勝ったつもりか?』


 いきなり、メカの中から狂ったようなわらいを発する霧崎。

 そして、二度と動く事の無いはずのブロッケンが、再び立ち上がった。


「え、何で!? 燃料タンクは雹河くんが壊したはずじゃ?」

「メインのタンクはな。だが、サブタンクの存在には気づかなかったようだな」

「でも、パソコンの中の設計図には、そのような事は……」

「そんな重要な物、いつ奪われるか分からないデータで残しておくと思うか? 最新の設計図は、僕の頭の中だ」

「そんな……」


 雪姫は信じられないといった風情で、口元を押さえる。


『だが、ここまで追い詰められては、最終形態にならざるを得ないな……』

「最終形態?」


 晴海のつぶやきに答えるかのように、ブロッケンの背中から白い羽根のような機翼と、ヘリコプターのようなローター。

 そして、足元から同じくヘリコプターのようなテールローターが現れる。


『これぞ、ブロッケン・スペクトル・ルシフェルモード! お前らをこの異世界ごと、皆殺しにしてやるっ!』


 バラバラバラとローターが回転し、重量感溢れる機体が宙に浮く。

 砂煙を上げながら、堕天使は一気に空へと飛び去って行った。

 地上に取り残された晴海たちは、呆然と空を見上げる。


「こ、これが、最終形態……」

「まさか、変身するなんて……」

「何て、ラスボスの基本に忠実な奴なんだー!!」

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