第68話 クラウドvs氷室雹河

 ブラザーズの言葉どおり、クラウドは瞑想でもしているかのように、目を閉じたままメガ正宗を両手持ちで構えている。

 防御を捨てるつもりか!?


「これで、終わりだ!」


 何人にも見える雹河が超スピードで、クラウドを襲う。

 だが。


「どぅりやあああーーーっ!」


 ドバキッ!


「ぐっ!」


 クラウドの一閃が実体を捉え、殴り飛ばす。

 ゴロゴロと転がる雹河に、クラウドはメガ正宗を向け。


「見たか! ようやく、お前に追いついたぞ!」


 雹河は受け身をとって、すぐに態勢を立て直すと。


「なるほど……、『心眼』に目覚めたってところか?」

「心眼だって!?」


 雹河の言葉に、耳を疑うブラザーズ。

 武道の達人に宿ると言われる、敵の動きや気配を読み、後の先を打つ第3の目、心眼。

 クラウドは、自らの持つ『危険察知』と『反射神経』の合成技を、擬似的にその域まで昇華させたのである。

 その名も。


「そんな大層なもんじゃねー、言うなりゃ『心眼もどき』だ! 次はこっちから行くぜ!」


 クラウドは、猛烈なダッシュをかける。

 対する雹河も、加速を加えてクラウドに向かう。

 クラウドが目の前の雹河を横殴りにした瞬間、その姿が陽炎のように揺らぎ、雹河はクラウドの真後ろから、超速度で牙を剥く!


「そこだ!」


 クラウドは、初撃が空振った勢いのまま回転し、背後の雹河を殴りつける。


「がっ!」


 再び弾き飛ばされた雹河は、口の端から流れる血を、ぬぐいながら立ち上がる。

 その姿は、少なからずダメージを受けているようにも見えた。


「やるようになったじゃないか……。てめえの化け物じみた反射神経は、一体何処どこから来てるんだ?」

「鍛練の賜物だ! お前こそ何だよ、その氷が出る手袋は?」

「探偵が機密を漏らすものか、バカが」

「自分だけきやがって、ずるいぞ、コノヤロー!」

「ずるいのはてめえだろうが。巨乳好きのてめえが、なんで晴海をモノにしようとしているんだ?」

「お前にゃ関係ねーだろ! 誰が巨乳好きだ、このロリコン探偵!」

「失礼な事を言うな。ボクは微乳の女性が好みなだけだ」


 だんだんと論点がずれて来た戦いを、はたから見ていたブラザーズは。


「あーあ、また始まったよ。巨乳派vs貧乳派の対決」

「結局、あいつらの勝負は、いつも泥仕合になるんだよなー」


「大きいおっぱいが嫌いだと? スカしてんじゃねーぞ、何様のつもりだ!」

「『微乳は美乳』という格言を知らないのか? 微乳はステータスだ、希少価値だと言ってるんだ。この大鑑巨砲主義者が……」


 クラウドと雹河は再び問合いを詰め、蒼い拳とメガ正宗を交錯させる、その時。


「もう、いいかげんにしてほしいですわ!」


 鈴の鳴るような声を聞き、2人の動きがピタリと止まる。

 扉が開き、現れたのは白雪の様な肌を持つ、長い黒髪の可憐な美少女。白のドレスが良く似合う、あの彼女こそが……。


 白鳥しらとり雪姫ゆきは、つかつかと雹河に歩みより、顔がくっつきそうな距離まで近寄ると。


「氷室さん、なんで助けに来てくれた人達とケンカする必要がありますの!?」

「あんた達には言ったはずだぜ、ボクとあいつは戦う宿命さだめにあるとな」


 そして、雹河は雪姫から少し距離を取り。


「あと、そんなにボクに近付くな。胸が当たるといつも言ってるだろうが」

「今はそんなこと関係ありませんわ! あなたは、なんでいつもそんなに乱暴なんですか!? もっと人に優しく出来ないんですか!?」


 豊かな胸を張って、さらに雹河に詰め寄る雪姫。


「おー、あんなタシタジの氷室は初めて見たなー」

「あのとあんなに接近して話せるなんて、うらやましいー」

「とにかく、ケンカはもうやめて下さいね。三雲くんも、氷室さんはカリスマ教の人じゃないですから、戦わないでよろしいですわ」

「チッ、依頼主の指示だ。やっと面白くなって来た所だったがな」

「……どおりでおかしいと思ったぜ、氷室がカリスマ教な訳がねーもんな」


 クラウドは構えを崩し、臨戦態勢を解除した。


「ところで、お前、白鳥さんと知り合いだったのか?」

「スワン・コンツェルンとのコネぐらいあるに決まってるだろうが、氷室探偵社を甘く見るな」


 次に、雪姫はクラウドの元に駆け寄り、顔がくっつきそうな距離感で話しかけて来る。


「三雲くん、久しぶりですね。助けに来ていただいて、本当にありがとうございます」


 可愛い女の子に急接近され、恥ずかしくて顔を背けるクラウド。


「いえいえ、こちらこそ、おっぱいが当たりそうです」

「え?」

「あ、いや、その……。ん? 久しぶりだって?」

「はい、たしか8年前に一度お会いした事がありますわ」


 8年前? そんな事あったっけ……?

 心に引っ掛かる物を感じ、必死に思い出そうとするクラウドに。


「もう1人の姫君がお待ちかねだぜ。せいぜい気の利いた言葉でもかけてやるんだな」


 雹河は投げやりに言うと、あごで扉の方を指し示す。

 そこには、白シャツの上に革ジャンをはおり、肩掛けカバン、フェルトの帽子。

 インディ・ジョーンズのような姿をした少女が。


「クラウドくん……」

「晴海!」


 えっ、晴海?

 いきなりの名前呼びに戸惑う晴海に、クラウドはふらふらと駆け寄り。


「ケガしてないか? 酷い事とかされなかったか?」

「う……、うん。あたしは大丈夫だよ」

「そうか……、良かった……」


 クラウドはためらうことなく、晴海の身体を抱き締める。


「えっ……、えっ? ちょっと? ちょっと?」


 まさか、抱きつかれるとは思いもよらず、あわあわする晴海だが、服も体もボロボロのクラウドの様子に。


 こんなに傷だらけになって……、あたしのために……?


 ここまでの苦労を思い、晴海もクラウドの身体をギュッと抱きしめ返す。

 その時、ドガッと大きな音を立て、ロープでしばられた2人の人物が、蹴り飛ばされて床に倒れ伏せる。


「そいつらが今回の事件の首謀者だ、こっちの白衣が上沢高校3年、科学部部長の霧崎。そして、黄色のフードの男がカリスマ教の支部長、オーロラと呼ばれる男だ」


 雹河は男のフードをめくり上げると、さらけ出された顔は、小物臭が漂う黒髪の男。


「へー、こんな貧相な奴が、カリスマ教の支部長かー」

「シケた面してやがるなー」

『違う……』


 晴海と雪姫は、黄フードの男を見て同時に呟く。


「違う、こいつはカリスマ教の支部長じゃないよ!」

「何だと……?」

「ふはははは! その通り、我はカリスマ教、オーロラ様の一の下僕しもべ! 考古学研究部部ちょ……ぐべっ!」


 雹河は名乗りを挙げようとしていた男の頭を踏みつけ、気絶させる。


「影武者か……。じゃあ、コイツは一体何者だ?」

「今、それを言おうとしてたんじゃない?」


『その通りです』


 突如、中性的な声色が王室の間に響く。

 すると、パイプオルガンの演奏をバックに、闇の中から1人の人物が現れる。

 豊満な胸を誇示するかのごとく、胸元の部分が大きく開いた、うす色のドレスのような法衣ローブを纏った、白銀の髪と白磁の肌を持つ女性。

 さらわれたはずの生徒会副会長、ノーテンキ冒険隊の隊員でもある山瀬やませ玲華れいかが、その場に姿を現した。


「や、山瀬さん……?」


 予想外の人物の登場に、クラウドは思わず問い質す。


「なんで、そんなにエロい服を着てるんですか!?」

『違う!』

『疑問に思うところはそこじゃない!』

「し、支部長……」


 クラウドに対するツッコミの嵐の中、白衣の男、霧崎の呻き声で山瀬の正体が知れる。

 山瀬はそのままゆっくり歩みを進めると、玉座の高台に昇り、言葉を解き放つ。


「私がカリスマ教上沢支部を統括する、支部長のオーロラと申します」

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