第50話 ムラサメーズ・ベースキャンプ

「そんじゃ、もう俺様たちはおめぇらの邪魔はしねぇから、とっとと先に進みやがれ」


 ムラサメはあっさりそう言って、冒険隊に道を譲ろうとするが。


「そういえば、隊長さん。爆弾を取り付ける時に、あたしのおしりを触ったでしょ」

「あん? そういや、手が当たったかもしれんなぁ……、それがどうした?」


 すると、晴海は明らかに分かる嘘泣きをしながら。


「誰にも触らせたことのないおしりだったのに、どうしよう……もう、お嫁に行けなーい!」

「おうおう、そこのセクハラ隊長! うちのお嬢に何をしてくれとんねん」

「これは、相当の慰謝料をもらわんといけんのう」


 雨森ブラザーズもサングラスをかけて、ムラサメに脅しを入れる。

 それを見たムラサメ部隊の部下たちは、烈火のように憤った。


「何やってんだ、隊長! こんなかわいい子に手を出すなんて!」

「最っ低な野郎だな! サバイバル同好会の恥さらし!」

「この、どすけべ大魔王!」

『ブーブーブー!』

「いや、おめぇらもそっち側かよ! ……わかった、わかった。何が望みでぇ?」


 両手を上げて、降参のポーズをするムラサメ。

 すると、晴海は泣きまねをケロッとやめると。


「お水が欲しい。水筒いっぱいの」

「ふんふん。まぁ、お安い御用だな」

「あと、食べる物が欲しい。お菓子とかじゃなくて、ご飯がいい」

「食糧事情はウチも苦しいが、まあいいぜぇ」

「それから、情報が欲しい。カリスマ教とか異世界のこととか。それから……」

「あ、オレらはサンジューワンのポッピングシャワー」

「拙者は扇屋の羊羹が食べたいでござる」

「待て待て! おめぇら、どんだけ欲しがるんだよ」

「うわーん、あたし、お嫁に行けない~」

「わかった、わかった。そんじゃ、とりあえず俺様たちのベースキャンプでメシでも食ってくかぁ?」



 *



 というわけで、ムラサメに連れられて、ムラサメ小隊の拠点に赴く冒険隊。

 六畳一間ほどの大型テントの脇に、備え付けてある屋外用テーブルの上には、アウトドア料理とは思えないような、豪勢な品々が並ぶ。


「わあ、すごい! スパムの肉野菜炒めに、魚の香草焼き、キノコのバター焼きとスープと炊き込みご飯!」

「鳥の丸焼きまであるぜー」

「うまそうでござる、おごちそうでござる」

『いっただっきまーす!』

「もぐもぐ、もぐもぐ。うーん、すんごいおいしー♪」


 目の前の料理にガッツガツとむさぼりつく晴海たち。

 最近はインスタントばかり食べていたので、まともな食事は久しぶりだ。


「そんだけ喜んでもらったら、作りがいがありますね」

「こいつは、ウチの副隊長で料理長のニワカだ」

「他に料理できる奴がいないってだけなんすけどね」


 ひょっこり現れたのは、グリーンベレー帽を被り、金色のチェーンを首にぶら下げた、チャラい感じの男、副隊長のニワカ軍曹。


「よっす。雨森、服部、久しぶり。おまえらもココに来てたんだな」

「お、お前は……、誰だっけ?」


 首をひねる3人に、ガクッとなるニワカ。


「俺だよ、谷若! 谷若たにわか鷲羽しゅうう! おまえらと一緒の1-1のクラスメイト! 顔と名前くらい覚えとけよ!」

「冗談だよ、冗談。お前、先週末から姿を見らんと思ったら、こんなとこにいたんだなー」


 ブラザーズにからかわれ、顔をしかめるニワカ軍曹こと谷若少年。

 クラウドたちの級友であり、チャラい見かけによらず、学年トップクラスの秀才でもあるのだが。


「谷若は、サバイバル同好会だったのでござるか?」

「ま、見てのとおりさ。あんまり人には言ってなかったけどな」

「何だぁ? おめぇら知り合いだったのか。そんなら話は早ぇ、今日は俺様のおごりだ、派手にやってくれ!」

「そのかわり隊長のメシは、しばらく『塩かけごはん』のみになるんで、よろしく!」


 ムシッと鳥のモモ肉をかじるムラサメに、良く聞こえるように皮肉を言いながら、厨房に引っ込むニワカ。

 部下たちからの扱いを見ると、ムラサメは偉いのか偉くないのか、よく分からない。


「ところで、隊長さん。あたしたちに情報を提供してくれるって約束だけど」


 晴海はある程度、腹が膨らんだところで本題に入る。

 ムラサメは鳥の軟骨をボリボリ噛み砕きながら、3本の指を立て。


「3つまでだ。その中なら、俺様が持っている情報をありのまま正直に話す。逆に俺様からもおめぇらに3つ質問させろい」

「わかった。その条件でいいよ。じゃあ、最初の質問。この島って、一体何なの?」


 1つ目の質問は、長考せずに端的にく晴海。


「異世界って聞いてやって来たけど、そのわりにはドラゴンやゴブリンみたいな生物がいるわけでもないし、気候も日本と変わんないみたいだし」


 都市伝説にもなっていた異世界の扉だったが、実際にくぐってみると、着いたところが謎の孤島。

 ここまで来るのに、いろいろ不思議な体験をしたのは確かであるが。


「まあ、上沢市内っつうのは間違いねぇな」

「あたしもそうじゃないかと思ってた」

「オレらも」

「拙者も」


 なんだよー、めっちゃ近場じゃないかー、と口々に文句をいう冒険隊。


「北町の海岸から数キロ先に、周囲が断崖で上陸できない島がある。俺様ぁ多分そこだと睨んでるが、ここが何かって聞かれても、答える事はできねぇな」

「ありのままに情報を教えてくれるんじゃなかったの?」

「というより、存在自体が謎のかたまりでなぁ。地図にゃ載ってねぇ、ゴーグルマップも非表示で見れねぇ、おまけに電波も遮断されて本土と連絡もつかねぇ。この島を隠蔽するために、見えざる力が働いてるってぇ感じだな」


 存在を知られていない秘密の島。冒険心を沸かせるには充分なフレーズである。

 カリスマ教に占拠されているのが口惜しい。

 ニワカ軍曹が美味しそうな焼きそばを運んで来たので、晴海はちゅるちゅると食べながら、次はゆっくりと時間をかけて質問をした。


「じゃあ、2つ目ね。玲華さんをさらったのは隊長さんだよね? 玲華さんは今どこにいるの?」


 ムラサメが晴海を捕らえるのに使っていたワイヤーアームが、山瀬を連れ去った犯人のアイテムと突合したので、当たりをつけて聞いてみる。


「確かに、美人で巨乳の白いネーちゃんをさらったのは俺様だ。あのネーちゃんなら、今は城にいると思うぜ」

「そこに、玲華さんは捕らえられているのね」

「捕らえられてるっつーか、とりあえず無事なのは間違いねぇな」


 それを聞いて、ホッと一安心する晴海。


「じゃあ、雪姫を誘拐したのもやっぱり隊長さん達?」

「その雪姫ってのは誰か知らねぇが、生徒会なら俺様たちの仕業だ。サバイバル同好会は生徒会に恨み骨髄だからなぁ」

「ちょっと待ってよ。なんで、生徒会に恨みがあるの?」


 親友の白鳥しらとり雪姫ゆきが生徒会に所属しているため、ムラサメの発言を看過できない晴海。


「おおっと、これ以上聞きたいなら3つ目の質問になるぜぇ」


 もっと詳しく聞きたかったが、山瀬が無事なら雪姫も無事だろうと思い、最後はもっと事件の核心に迫るような質問をしたいと考えて、晴海は質問を引っ込める。

 そうこうしていると、ニワカ軍曹が焼きたてのアップルパイとコーヒーを持ってきた。


「うわあ、とっても美味しそうね」

「メシもうめぇが、こいつが作るスイーツ(笑)がまたうまくてな」

「言ってて自分が笑ってんじゃないすか。正直、隊長は食わせ甲斐がないんすよねー。『うめぇ』か、『超うめぇ』しか言わないし」


 一段落したニワカも席につき、全員で熱いコーヒーをふーふーしながら、ズビズビすする。

 晴海はここで、最後のカードを切った。


「じゃあ、3つ目の質問ね。隊長さんとニワカくんは『恋人同士』なの?」


 ブバッと毒霧のようにコーヒーを吹き出す、ムラサメとニワカとブラザーズと雷也。

 悶え苦しむ、男性陣。


「ゲェホゲホッ、なんつう質問しやがんだ……」

「あ、いやー、2人ともとっても息ピッタリだし、なんていうか、熟年夫婦みたいな感じ?」

「ゴホゴホッ、俺たちは北中の先輩後輩っていう間柄っすよ」

「まあ、一家に1台という意味じゃあ、嫁にしたい奴ナンバーワンだがなぁ」

「すんません。吐き気がするんで、もどして来ていいっすか」

「そこまで、気持ち悪がらんでもいいだろが」


 晴海はニヤニヤしながら、2人の様子を見守る。


「しかし、おめぇはまた何でそんなしょうもねぇ質問をしやがんだ? 最後の1問なのに、もったいねぇ」


 すると晴海は、なぜか得意気に薄い胸を張り。


「だって、あんまり良い質問、思い付かなかったんだもん。だったら、隊長さんに泡を吹かせようかと思って」

「そして、狙いどおりって訳か。おめぇも面白れぇ奴だな、コーヒーが鼻から出ちまったぜぇ!」


 がっはっは、ゲホッゲホッと笑うムラサメと、えへへっといたずらっ子の笑みを浮かべる晴海。

 なんとなく、奇妙な友情が生まれつつある、隊長2人。


「んじゃ、次は俺様からの質問な」

「言っとくけど、あたしのスリーサイズは教えないよ」

「俺様ぁ、ボンキュッボンのデカ女が好みなんでな。ちっぱい娘にゃ興味ねぇ」

「あら、手がすべったわ。ごめんあそばせ」


 ドスッとムラサメが持つ皿の、アップルパイにフォークが突き刺さる。


「今のは俺様が悪かった。1つ目の質問だ、あの攻撃をけまくる奴はどこ行きやがった? なんで、ここにいねぇ?」

「クラウドくんの事? クラウドくんは……」


 言いよどむ晴海に変わり、ブラザーズが答える。


「あいつは、1人になりたいって言ってどっかに行っちゃったよ」

「多分、その辺をほっつき歩いてると思うけどー」

「そうかい。俺様はあの野郎とも話がしたかったんだがなぁ」


 顔を見合わせて、ため息を付く冒険隊を尻目に、ムラサメはナイフが刺さったアップルパイに、獣のようにかぶり付く。


「そんじゃあ、2つ目の質問は……」

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