第39話 ポーカー対決

 次にクラウドたちを待ち受けていたのは、洞窟探索につきものの、頭を悩ませる分岐点だった。

 少し広めの空間に、目の前には同じような大きさの穴が5個並んでいる。

 ここで道を誤れば、大きなタイムロスは免れない。冒険隊の運命の分水嶺、進路を慎重に検討する必要があるが。


「じゃあ、よく分からないから、ど真ん中を行くよ!」

「ちょっとまて」


 クラウドは、グイッと晴海の首根っこを掴んで引き戻す。


「もー、それやめてよー! 首がしまっちゃうよ!」

「ごめんごめん」

「あいやしばらく、ここはこちらにおわすクラウド師匠に任せてもらえまいかー」

「えっ? クラウド師匠?」

「ささっ、師匠お願いします!」


 ブラザーズの呼び掛けに、クラウドは『イケ面ライダー』の変身シーンのようなポーズを取りながら。


「危険察知アンテナ、起動アウェイク!」


 クラウドは左手で自分の額を押さえながら、1つずつ穴に右手をかざしてみる。


「ふむ、この道とこの道に行ったら、たぶん面倒くさい事になるな……。1番安全なのは、この道だ!」


 クラウドが指差したのは、晴海が行こうとしていたド真ん中の穴。


「なーんだ。けっきょく、あたしが選んだ道と一緒だね」

「まあ、今回はそうみたいだな」

「そういや、たまに危険察知アンテナって言ってるけど、それって本当に当たるの?」

「クラウドの危険察知能力は、ハンパじゃないよー。中学の時の手荷物検査やゲーセンの見廻りを、幾度となく回避してきたし」

「『全国ババ抜き選手権』のタイトルも獲ってるからなー」

「えー、クラウドくん、そんな大会でも優勝してるの? ちなみに校内予選の決勝の相手は?」

「氷室雹河」

「やっぱり……」

「まあ、面倒事に巻き込まれないように感覚を鍛えてたから、それを試すのが目的だったんだけどね。まさか優勝するとは思わなかったけど」

「今のこうだったかな? 危険察知アンテナ、アウェイク!」


 晴海はクラウドのアンテナ起動のポーズをマネしてみる。晴海がすると、アイドルのキメポーズのようにも見えなくもないが。


「うん、ごめん。それはノリでやっただけで、ハリキリボーイでした」


 その後、冒険隊は3回ほど分岐点があったが、その度にクラウド師匠がアンテナをフル回転し、特にトラブルに遭遇することなく次のエリアに進んで行った。



 *



 先へ進むにつれて、だんだん異様な光景が広がって行く。

 壁がネオンサインやブラックライトで飾られ、例えるならラスベガスの街のイメージ。

 行き着いた先は黒地に金ラメのドア。看板に『Mr.ミラージュの小部屋』と書いてあった。


「超うさんくせー……」


 しかし、ここで往生していても先には進めない。晴海はドバーンと扉を開けて見る。


「何、ここ……? 水族館?」


 天井・床・壁全面が、青の世界。

 巨大なガラス張りの水槽が六面に埋め込まれており、色とりどりの魚たちが優雅な泳ぎを披露していた。

 晴海が水族館と言ったのも、的を得た表現である。

 しばし陶然と眺めるクラウドたち。だが、ブラザーズの腹の音が雰囲気をぶち壊す。


「腹へったー」

「お前ら、これ見てそんな感想言うかあ?」

「だって最近サカナ食ってないもんなー、刺身食いたーい」

「腹がすいては戦はできぬ。でござるよ」


 と言いながら、何やらモリモリ食べている雷也。


「雷也、何食ってんだよー」


 もぐもぐしながら、部屋の真ん中にあるテーブルを指さす雷也。

 そこには、ちょうど人数分のお茶とお菓子が用意されていた。


「あれ、いつの間に?」

「いいじゃない、せっかく用意してあるんだから、頂いちゃいましょ」


 全員席に着き、即席のお茶会を始める。


「これはブラックモンブランだなー」

「違うぞ、ブルーマウンテンだ」

「いや、これ紅茶よ?」


 みんなで、ズズーッとお茶を飲む。

 どこからともなくゼンマイの音を鳴らして、ペンギンのぬいぐるみが歩いて来た。


「わあ、かわいい♪」


 晴海が手を伸ばすと、ぬいぐるみから煙が噴き出して来た。


「そいつから離れろ!」


 ぼわっと小さな爆発を起こして、煙の柱が立つ。

 その中から、1人の男のシルエットが浮かび上がって来る。

 煙が薄れると黒のタキシードを纏い、シルクハットをかぶった仮面の紳士が姿を現した。


「私の部屋へようこそ。私は……」

「トランプマンだ!」

「古いですね、違います」

「トランプ大統領だ!」

「新しいですが、違います。私はマジック研究部のミラージュ。カリスマ教団に雇われ、この部屋の番人を仰せつかっております」

「カリスマ教!? やっばり、この先にカリスマ教の根城はあるの?」

「さあ、それはどうでしょうね」


 ミラージュと名乗る男は、タキシードの内ポケットから新品のトランプの箱を取り出す。


「私とポーカーで勝負して頂きます。私に勝ったら、色々と教えて差し上げますよ」

「いいわ。その勝負受けるよ」

「インディコ、やめた方がいい。こいつは手品師だ、イカサマをするのが目に見えてるぜ」

「せめて、ババ抜きの方がいいよー」

「ほら、ここに全国チャンプ、全国チャンプ」


 ブラザーズはクラウドの腕を持ち上げながら異を唱えるが、晴海の答えは。


「あたしは逃げないよ。これに勝てばまた一歩、雪姫と玲華さんに近づけるんだもん」


 ミラージュとはニヤリと笑った。のだろうか、仮面の下なので良く分からない。


「それでは、席に着いて頂けますかな」


 テーブルを挟み、ミラージュと晴海が椅子に座る。クラウドたちは晴海を取り囲む様に立ち見をする。


「あなた方は、ポーカーは知ってらっしゃいますね」


 詳しい説明は省くが、ポーカーは5枚のカードで作った、手役の強さを競うゲームである。

 今回のルールでは、カード交換は2回まで。

 手役の強さは普通のポーカーと一緒で、どのカードの代わりにもなるワイルドカードとして、ジョーカーが1枚入る。

 そのため、最高役は4枚同じ数字+ジョーカーの組み合わせのファイブカードとなる。

 チップは使わない一発勝負で、5人がミラージュと勝負して、3回勝ったチームが勝ちという方式で行う。


「チップが無いんじゃ、駆け引きの要素が薄れるんじゃない?」

「あなた方に、レベルを合わせて差し上げただけですよ」


 むかつくセリフだが、さっき食ったお菓子がことのほか美味かったので、クラウドたちは広い心で許してやる。


「私がディーラーをしますが、よろしいですかな?」


 手品師がカードを配るのは、正直うさん臭いが、もとより不利なのは承知の上。

 ミラージュはカードを両手でシェイク。

 パラパラ、シャカシャカとカードを重ね、腕の上にカードを広げる。

 肘を跳ね上げ、空中に舞い散ったカードがひとりでにミラージュの手のひらに集まって来る。


「そういうのはいいから、早く配ってよ」


 凄いカードテクだったが、身もフタもない晴海。

 カードを5枚ずつ配布し、勝負の幕が開く。

 晴海の手札の内容は♠4、♡7、♡9、♢4、♣K。

 セオリーから行くと4のワンペアを残すのだが、♡のフラッシュを狙うのも面白い。

 だが、晴海は♠4の1枚だけを残し、後のカードを全て交換した。


(おい、おい)

(言いたい事は分かるよ。でも、このカードが何か気になるのよね……)


 晴海はカード越しにミラージュの顔色を伺う。マスクを付けているため、表情が全く分からない完全なポーカーフェース。なんかずるいなあと思う。

 1回目のカードチェンジ。


「うお」


 クラウドたちの顔色が変わる。


(ちょっと、おとなしくしててよ)

(悪い、悪い。すげー引きだな)

(インディ娘ちゃん、鬼ヅモー)

(麻雀じゃないでござるよ)


 クラウドたちのあたふたしている様子を気にせず、カードをチェンジするミラージュ。

 次は2回目のカードチェンジ。晴海は4枚を残し、1枚だけチェンジをする。

 クラウドは祈る様な気持ちで、晴海の手に取られたカードを見て、歯を食いしばる。

 ミラージュもチェンジ。交換終了。同時に手札が開かれる。

 晴海は♠3、♠4、♠5、♠6、Joker。♠のストレートフラッシュ。

 対するミラージュは♠Q、♡Q、♢Q、♣Q、♢2。


 第1戦はノーテンキ冒険隊、晴海の勝利。


「やったぜ、インディコ!」

「かっこいー」


 晴海の顔から笑顔がこぼれる。


「あっぶねー、あいつフォーカードじゃねえか」


 晴海の言った通り、セオリー通りだったら勝てなかっただろう。恐ろしい引きの強さだ。


「少し侮っていた様ですね……。次はどなたですかな?」


 セリフの割には悔しさが感じられない。まあ、まだ初戦を取っただけだからと言えば、そうなのだが。

 雷也が席に着き、ミラージュは言葉少なにカードを配る。雷也がカードをめくって見ると、にんまり笑った。


「もらったでござる。拙者はこれでいいでござる」


 ミラージュは、普通に2回チェンジする。


勝負コール!」


 雷也はフルハウス。だが、ミラージュはそれを上回る、♡のストレートフラッシュであった。


「くそーでござる。勝ったと思ったのに、悔しいでござるー」


 これで、1勝1敗。

 だが、クラウドとブラザーズは、ミラージュの手役や所作に対して、達人にしか分からない違和感を感じていた。

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