第32話 激闘! vsアクアリーグ(前編)

 上沢高校には、なんと特大の室内温水プール場がある。


 水泳部に力を注いでいるのか、水泳の授業を多く取るためなのかは知らないが、スワン・コンツェルンがオーナーだと判明した今では、単に金があるからという見方もできる。

 50mプールは言うに及ばず、シンクロナイズド用プール、水球用プール、飛び込み用プールに飛び込み台、シャワー室、サウナ室、2階の観客用スタンドまである。

 インターハイ地区予選などもここで行われているらしく、入学したばかりのクラウドたちは、初めて見る上沢高校のプールのスケールのデカさに驚きまくった。


「何にせよ、サウナ室があるのは助かるな」

「体も服もまとめて乾かせるからなー」


 墨で真っ黒になった身体をシャワーで洗い流し、服も洗ったクラウド・雨森ブラザーズ・雷也は、濡れた服を着たままサウナ室に篭っている。

 十数分後、髪も服もパリパリに乾燥を終えたクラウド達は、晴海・山瀬・草薙の女子組と合流した。

 なお、草薙は替えの道着と胸用のサラシを持っていたので、女子更衣室でシャワーと着替えを済ませており、残念ながら、特にラッキースケベ的な色っぽいイベントが発生することも無かった。


「グビグビグビ、ぷっはーっ!」

「サウナの後のお茶は、超うまいなー!」


 CMに出演できそうな飲みっぷりで、ブラザーズは『わーいお茶』を飲む。


「これが、貴女方がご所望の古文書でございます」


 草薙はプールサイドで、唐草模様の風呂敷包みを解いて、黒い箱を取り出す。

 漆塗りの黒地に、金箔で松の木と波を、銀箔としゅで鶴がいなないている様子を描いてある。それを赤い紐で結んで封をしてあり、なかなか豪華な意匠である。


「これが、古文書の箱……」

「綺麗な箱ね」

「浦島太郎の玉手箱みたいだな」

「さっそく、開けてみようぜー」


 それでは、と晴海は玉手箱に手をかけようとした、その時。

 ドドドドドッと、鈍い足音がプール内に響く。

 なんだなんだ、と全員が顔を上げると、いつの間にか、まわしを付けた男たちに取り囲まれていた。


「きゃあああーーっ!」

「インディコっ! うわ、おいっ、やめろー!」


 不意を突かれて捕まってしまった冒険隊は、どすこいっ、どすこいっと担がれて、プールサイドを運ばれて行く。


『どすこーい!』

「うわあああああっ!」


 ドボーン! ドボボーン! と、プールにまとめて投げ込まれるクラウドたち。


「くそっ! あいつら、何なんだよ」

「せっかく、服を乾かしたってのにー」

「ひどいことするわ」

「ちょっと待って! このプールは……」


 晴海が危惧を口にしかけた瞬間、上からデブが降って来た!


「飛び込み用プール!」

「親方! 空から相撲取りがー!」

「やべえ、逃げろーっ!」


 ヒューン、ダッパーン!


「きゃあっ!」

「うわあっ!」


 ヒュンヒューン、ダパパーンッ!!


「うわあああっ!」


 10mの高さの飛び込み台から、次々とフライングボディプレスを仕掛けてくる巨漢たち。

 降り注ぐ脂肪のかたまり、弾け飛ぶ水しぶき。

 クラウドは、命からがらプールサイドに脱出するが。


「助けてくれー、ゴボゴボッ、拙者泳げないでござるー!」

「何だって!?」


 人並み外れた身体能力を持つ雷也の、意外な弱点が露呈する。

 泳げずにもがく雷也、そこへ肉弾が襲い来る!


 ダパパパパーンッ!!


 だが、紙一重で雨森ブラザーズが、雷也を着弾点から引っぱり出していた。


「しっかりつかまれー」

「助かったでござる」


 雷也を引きずりながら器用に泳ぐブラザーズ。

 なんとか、肉のじゅうたん爆撃を切り抜け、全員プールサイドに到達する事ができたが。


 ブンッ!


「危ねっ!」


 いきなり襲い来る鋭い蹴りをとっさにかわすクラウド。

 数人の男が南米の格闘技カポエィラの動きで、蹴り技を繰り出して来る。


「何だ? こいつら、カポエラ部か?」


 だが、男達の格好は、ピチッとした黒の水泳パンツ。

 そして、動きが妙に揃ってシンクロしている……。


「男子シンクロ部か!?」

「地上戦なら負けないでござる!」


 先ほどの借りを返さんとばかりに、雷也はシンクロ部以上の蹴撃で敵の集団を圧倒する。


「もういいぞ! 総員、持ち場に戻れ!」


 快活な男の声が響き、シンクロ部員達は一斉に競泳用プールに飛び込む。

 すると、プールの中央から、円陣を組んだ男達がせり上がって来た。

 男達の肉体のみで形容かたち造られる、3階建ての筋肉の塔。

 その頂上で、黒の競泳帽子をかぶってゴーグルを着けた、ボディビルダーと見紛わんばかりのマッスルボディを誇る男が声を張り上げる。


「はーっはっは、飛んで火に入る夏の虫とは、まさにこの事!」


 男に目を向けると、その手の内には、金細工が施された黒い玉手箱が。


「あっ! あたしたちの古文書!?」

「くそっ! お前らは一体何もんだ!」

「はーっはっはー! 俺は水泳部キャプテンの高塩たかしお。そして、我々は水泳部・水球部・男子シンクロ・相撲部の連合体、名付けて『アクアリーグ』だ!」


 ドパーンッと、男達の背後で演出の水しぶきが上がった。


「なんか、組み合わせに違和感が……」

「そうよ! なんで、アクアリーグなのに相撲部がいるのよ?」


 古文書を奪われた怒りとともに、疑問をぶつける晴海。


「愚問だな! 相撲には『水入り』ってのがあるだろう。立派なアクアリーグの一員だ!」


 手を腰に当てて、自信満々に胸を張る高塩。

 どすこーい! と、相撲部員達がバックコーラスを奏でた。


「なるほど、腑に落ちたよ!」

「えっ、それで納得するの?」

「それはそれとして、その古文書は誘拐された生徒会を助け出すために必要なの。とっとと返しなさい!」

「我々も生徒会の救出を目的としている。我々も古文書を手に入れる機会を前から図っていた。その要求を飲むわけにはいかん!」

「賞金の、部費100万円ボーナスが目当てか?」

「いや、違う。白鳥雪姫さんを助けるためだ!」


 クラウドたちはバッと晴海の方を見るが、あたしは知らないよと言いたげに、晴海は首を振っている。


「あたしは雪姫の親友だけど、あんた達みたいな知り合いがいるなんて聞いたことないよ!」

「それはそうだろう! 我々は白鳥さんと話した事すら無いからな」

「じゃあ、何で雪姫を助けようとするのよ!」

「はーはっは、決まってるだろう。我々は『白雪姫ファンクラブ』だからだっ!」


 ドパーンッと、男達の背後で再び水しぶきが上がる。


「ファン……クラブ……。えーっ!?」


 そういえば、一部の生徒たちの間で雪姫が『白雪姫』と呼ばれて、評判になっていると雷也が言っていたが……。

 驚きを隠せない晴海に、水泳部キャプテン兼、アクアリーグのリーダー兼、白雪姫ファンクラブ会長の高塩は続ける。


「あれは忘れもしない、1ヶ月前の入学式の日……」

「あ、ごめん。話が長くなるようだったら、止めてくれない?」

「なぜ、そんな悲しい事を言う! せっかく彼女の素晴らしさをたっぷり語って、お前たちに布教しようというのに」

「いや、あたし親友だから、あんたたちより雪姫のこと知ってるよ?」


 布教などと宗教じみたことを言うのは勘弁してほしい。

 タダでさえ、カリスマ教だけでもお腹いっぱいだというのに。


「とにかく、我々は白雪姫を救出し、これを機会に仲良くなって、あわよくばお付き合いをしたいと考えている次第だ。邪魔をするならタダではおかんぞ!」

「雪姫を助けるのは親友のあたしの役目よ、あんたたちこそ邪魔しないで!」

「そうだ、そうだー。白鳥さんと仲良くなるのはオレらだぞー」

「海パン野郎はすっこんでろー、この逆三角形!」


 下心を包み隠さず暴露するアクアリーグに、まったく同じ事を企んでいるブラザーズは口撃を加える。

 クラウドも多少は思いを同じくするので、野次に参加しようと思ったが、恥ずかしいので自粛した。


「ふん、話にならんな! それじゃあ……」

「波平さ~ん! 水球部の準備完了しましたー!」


 おそらく水泳部の一員だろう。小柄な少年がプールの中から高塩に呼びかけた。


「バッカモーン! 下の名前で呼ぶなーっ! ……そこまで言うのなら、力づくで取り返してみろ!」


 高塩たかしお波平なみへいは、黒光りする玉手箱を片手で掴んで見せつける。


「望むところよ! みんな、行くよっ!」

「戦闘開始だ、アクアリーグ!」


『うおおおおおおおおおおーっ!』


 ノーテンキ冒険隊と水戦軍団・アクアリーグの両陣から、プールを揺るがす雄たけびが上がり、古文書争奪戦の幕が切って落とされた。

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