第13話 邪教集団?

「助けて頂いて、どうも有り難うございました」


 三つ指をついて、お礼の言葉を述べるオカルト女。

 あまりの殊勝さと胸の谷間に、危うく呪い殺される所だったのだが、不思議と腹が立たない。


「お礼に、呪いの藁人形を御土産に差し上げます」

「あ、ありがとうございます」

「それ、もらってどうするの?」


 なぜか藁人形を受け取ろうとする晴海に、クラウドはツッコむ。


「だって、人の好意はむげにできないもん」

「そりゃあ、そうだけどさ」


 妙にお人好しなところがある晴海。

 なんだか危なっかしいなあと思うクラウド。

 そこへ、ブラザーズがニヤニヤしながらやって来て、オカルト女を指差しながら。


「ほれ、見てみろー」

「お前の大好きな巨乳だぞー」

「シッ、声がデカいって。オレ、ケバいおっぱいはちょっと」


 と、好みの範疇じゃないらしく、ふるふる首と手を振るクラウド。


「じゃあ、御土産をもらう代わりに、一つ質問していいかな」

「私に答えられる事なら、なんなりと」


 晴海の問いかけに、素直に頷くオカルト女。

 おっぱいの大きな人に悪い人はいないという。

 この人も見かけによらず、いい人みたいだ。


「さっき言ってた『カリスマ教』って、何の事?」


 オカルト女は、ひいーと言いながら、やにわに後ずさる。


「すいません、すいません、それだけはご勘弁を」


 カタカタ震えながら、両肩を抱くオカルト女。

 晴海は、脅えるオカルト女の正面にしゃがみ込み、肩に優しく手を添える。


「怖がらないで、この学校に関わる重要な事なの、お願い」


 晴海の目に宿る優しい光を見て取ったのか。


「分かりました、誰にも話さないと約束して頂けるなら、あなた方にはお話します」


 晴海はクラウドたちの方に顔を向ける。

 意を介して、無言で頷くクラウド。


「約束するわ、詳しく教えてちようだい」


 オカルト女は姿勢を正すと、ぽつぽつと語り始めた。


「『カリスマ教』は、最近、ある霊能者によって創設された宗教団体だと聞きます。新興宗教は今となっては珍しい物ではありませんが、この宗教が他とおもむきを異にしているのは、教祖も信者の対象も中・高校生であるという事です」

「中・高校生が信者だって?」

「はい。この宗教の基本方針は『世界の改革』。汚い大人によって形作られ、嘘で塗り固められたこの世界を、自分達の手によって作り変えるのを目的としていると聞きます」

「ふーん、それは大層なお題目で」

「変な名前の教団のくせになー」


 聞いた風な、陳腐なフレーズ。ブラザーズもバカにしたように名前をいじる。


「もちろん、思想の自由というのもありますし、掲げている考え方自体は悪くないと思います。ですが、良くない噂も耳にします」

「例えば?」

「具体的には分かりませんが、運営資金や信者を蓄える為に、かなりの残虐な行為を行っていると耳にしました」

「でも、そんな奴らがいたとしても、どうせ子供のお遊びみたいな物だろ、放っておいたらいいんじゃねーか?」


 ニュースやワイドショーなんかで、宗教団体の話は見聞きするが、結局はそいつらと関わらなければ、何も面倒は無いはず。


「そうかもしれませんが、こんな噂も聞いています。カリスマ教が布教の手を、この上沢高校に伸ばしていると」


 クラウドたちの背筋に、戦慄が走る。


「すると、何か? 上沢高校に、そのカリスマ教の刺客がいるってのか?」

「そりゃ大変だー」


 口調からは分からないが、焦っているブラザーズ。


「やっぱり……、邪教集団が絡んでいたのね。生徒会役員の誘拐事件、考古研、カリスマ教、だんだん繋がりが見えて来たわ」

「はい、私は生徒会役員が失踪したと聞いて、カリスマ教が裏で手を引いているとニラんでいました。そこで、私は行動に移したのです!」

「ヘー、どんな事?」

「悪魔を呼び出し、カリスマ教に呪いをかけようと、徹夜で召喚呪文を唱えていました。さあ、皆さんもご一緒に祈りを捧げましょう!」

「さ、必要な事は聞いたから、みんな帰るわよ」


 晴海たちは、そそくさと部屋から出て行こうとする。


「お願いします! まとまった人数で円を描いて唱える方が効果が高いのです」


 追いすがるオカルト女を、晴海は振り向き様にデコピンを食らわす。


「あうち!」

「あたし、他力本願ってあまり好きじゃないのよね」

「さあて、オレも行くかなっと……」


 クラウドも晴海たちの後を追おうとする。

 すると、オカルト女はクラウドにしなだれかかり、甘い声でささやきかける。


「ねえ、お姉さんがイイコトを教えてあげるから、一緒にお祈りしません?」


 耳に息を吹きかけながら、肩に回した手でクラウドの髪を撫でる。


「今なら、お札セット3枚組も付けるからお得ですよ、どう?」

「どうと言われても、いや、まいったな……」


 手慣れた手つきで、クラウドの乳首の場所などを刺激するオカルト女。


「あなた、さっき巨乳が好きだって言われてたわね……。なら、こういうのはどう?」


 オカルト女は自分の豊満な胸に、クラウドの顔を押し付ける。

 推定Fカップの巨乳と、オリエンタルテイストのお香の香りに包まれて、クラウドの意識は時空を超えた。


 この、全てを包み込む感覚は……そう、ガンジス川!

 悠久にたゆたうその大河は、そこに生活する全ての人たちを、受け入れ、育み、慈しむ。

 このおっぱいもガンジス川と同じく、清濁関係なく全てを包み込んでいくのだろう。

 ケバい化粧は仮の姿、クラウドはおっぱいを通じて、彼女の人となりを理解した。


「……わかりました。僕、オカルト研究会に入ります!」

「じゃあ、これ入部届ね。サインをお願いします」

「はい!」


 ボールペンを手渡され、サインをしかけるクラウドの後頭部に怒りの鉄槌!


「はい、じゃないわよ! 何やってんのよ! クラウドくん!!」


 晴海が放ったパチンコは、クラウドにジャストミート。


「ほら、ブラザーズくん達! とっとと運び出して!」

「インディ娘ちゃん、怖えー」


 怒髪天の晴海。命令に素直に従うブラザーズ。


「お邪魔しましたー」


 呆気に取られるオカルト女を尻目に、晴海たちはオカルト部を後にした。



 *



「あんな色仕掛けに引っ掛かるなんて、情けないぞクラウドー」

「しょーがねえだろ、あんなん引っ掛からん方がおかしいぜ!」


 言った後、クラウドは背後から殺気を感じる。

 キリキリキリと、からくり人形の様に首だけで後ろを見ると、晴海が凄い形相で、こちらを睨んでいる。

 怒った顔も可愛いというレベルではない。

 元が可愛いだけに、非常に恐い。


「あ、夏山さん、これは……」

「何デレデレしてんのよ! クラウドくんのエッチ!」

「さすが、おっぱい教信者のクラウド」

「インディ娘ちゃんも気を付けた方がいいよー」

「ブラザーズ! よけいな事言うなよ!」


 火に油どころか、核燃料を注ぐブラザーズ。

 晴海は、形のいいあごに指を当てて考えた後、一言。 


「そうね、肝に銘じておくよ」

「夏山さんも……もう、勘弁してくれよ……」


 自分への呼び掛けに、晴海はキッとクラウドを睨むと。


「あたしの事は、インディ娘ちゃんって呼んでって言ったよね。何で、あだ名で呼んでくれないの!」


 晴海の剣幕にムッとしたクラウドは、思わず本音を言う。


「インディコなんて、呼びにくいし、恥ずかしいし、なんか変だろ!」


 そのセリフを聞いた晴海は、急に顔色を変える。

 そして、何も言わずにその場から立ち去っていった。


「……なんだよ、急に」


 雷也は、ふてくされるクラウドの肩をポンポンと叩き。


「『女人にょにん小人しょうじんは養い難し』でござるよ」


 雷也から放たれた台詞を、クラウドはしっかりと噛みしめる。


「言葉の意味がわからねえ……」


 クラウドは、にょにーんと精進しょうじん料理のゴマ豆腐が伸びる姿を想像したが、たぶん違うなと思った。


「せっかく情報が出揃って来たけど、なんか雲行きがあやしいなー」

「そだなー」


 先程まで真上から照らしていた陽光に陰りが見え、太陽が雲に隠れていた。



「なんか変だろ、か……。クラウドくんにも、そんな風に思われてたのか……」


 仲間たちから離れた晴海は、寂しげな表情でそうつぶやく。

 そして、自分のささやかな胸を見つめ、はーっと深いため息をついた。

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