第9話 vsシノビマスク

 明けて、5月3日の朝。


「どうしたクラウド、顔色が悪いぞー」

「ちょっと気分がすぐれなくてな……」

「8時間も寝たのにかー?」


 いつもなら、清々しい朝日がやたらに黄色くて、ムカつく。

 結局、あの後一睡も出来なかったクラウド。

 一方、晴海は起きる5分前に元の位置に転がっていき、ふああ、よく寝たと満足そうな目覚めをしていた。

 ブラザーズにバレこそはしなかったものの、なんとも人騒がせな娘である。


「だいじょうぶ? 元気ないみたいだけど……」


 晴海は自分が原因である事を知らないで、無遠慮に顔をのぞき込む。

 あろう事か、自分のおでこをクラウドのおでこにくっつけてきた。

 恥ずかしさのあまり、思わず飛びのくクラウド。


「ちょっとー? せっかく熱を計ろうとしてたのに」


 ぷーっと、ほっぺたを膨らます晴海。


「ごめん、オレは大丈夫だからさ」

「おっと、鋭い反応速度」

「うらやましいぞ、クラウドー」


 人の気も知らないで、からかうブラザーズ。


「そういえば、考古研とやりあった時も、敵の攻撃を凄い反応でかわしてたよね。それも鍛えてるの?」

「うん、まあ……」

「クラウドの反射神経は並じゃないよ」

「ドッチボールも、だいたい最後まで生き残るし」

「中学の時、『全国中学生あっちむいてホイ選手権大会』で優勝するぐらいだからなー」


 キョトンとする晴海。


「え、何それ?」

「『全日本あっちむいてホイ協会』主催の大会で、クラウドは全国チャンプなんだー」

「ヘー、すごーい!」

「それ、恥ずいから、言うなよ……」

「そんな事ないよ! 日本一なんて凄いじゃない!」


 誰も知らないようなショボい大会なので、ブラザーズにからかい半分にバラされたのだが、晴海は驚き、称賛の声を上げる。

 クラウドは、こういう素直な所はいいなと好意的に思った。


「でも、一番苦戦したのは校内予選決勝だったよなー。決着つくのに6時間かかったし、何しろ相手が……」


 南斗が言い終わる前に、ドサッと目の前に人が降って来た。


「わっ、何だコイツ?」

「柔道部……かな?」


 この場所が柔剣道場前であり、イガグリ頭、100キロはありそうな巨体、着ているのはたぶん柔道着。


「ねえ、どうしたの。何があったの?」


 晴海の問いに、息も絶え絶えになりながら、おそらく柔道部は答える。


「あ、あそこに、化け物の様に強い男が、いるんだ……」


 男の指さす方向でドカバキ、ボカボカボカと物音がする。


「あんたらも、行かない方がいい、あれは人間じゃない……」


 と、男は親切な忠告を残して気絶する。

 シーンと、4人は声も出ない。


「よし、行きましょ」


 えー! と、晴海の無謀な提案に3人は異を唱える。


「夏山さん! 今の話聞いてなかったのか?」

「何で、そう無茶言うんだよー」


 んー、と考えて、晴海は言った。


「冒険家のカンが私をいざなうのよ。はい、理由十分。さあ、行きましょ」

 だめだー、嫌だよー、死んじゃうよーと言う3人を、取って食われるわけじゃなし、と晴海はぐいぐい引っ張って行く。

 通路は敗れた柔道部の連中で、死屍累々としていた。


「これで3万とは、いいバイトでござるなあ」


 どっかで聞いた声に、クラウドとブラザーズは顔を見合わす。

 男の姿を確認できる位置まで接近する。そこには黒い目出し帽子をかぶった、紫色の忍者装束の男が立っていた。


「雷也、何やってんだ、こんな所で」


 あからさまに話しかけるクラウド。


「うお! くらうどに雨森兄弟……じゃない。誰でござるかな? その、服部雷也というのは?」

「フルネームで答えてるじゃないかー」

いな! 拙者の名は『しのびますく』! 地獄あびすからの刺客でござる」

「ネーミングセンス、悪るっ!」


 思いきり気が抜けた3人に、晴海が尋ねる。


「誰、知ってる人?」

「多分ね、オレらのクラスメイトにああいう奴がいるんだけど……」


 シノビマスクは構わずに続ける。


「残念ながら、ここを通る者はすべて撃退すべしとの依頼でござる。くらうど、雨森兄弟、そして学年7位の夏山晴海殿、覚悟するでござる」

「あたしの名前も知ってるの!? あと、7位って何の!?」

「絶対に雷也だ。間違いねえ!」


 シノビマスクはファイテイングポーズを取る。

 その眼前に、晴海が立ちはだかる。


「名指しされちゃ、逃げる訳にはいかないね」

「ちょっと、ちょっと、夏山さん」


 クラウドたちは、あわてて晴海をズルズルと引き戻す。


「あいつアホみたいだけど、もの凄く強いんだぜ」

「アイツは格闘家で、学校の武道系クラブを道場破りして渡り歩いてる奴だしー」

「人間離れした馬鹿力だから、インディ娘ちゃんじゃ、勝てっこないってー」

「でも、やってもみないで敵に背中を向けるの、あたしはイヤだよ」


 晴海の大きな瞳に熱い炎が宿る。


「あたし、冒険家だから、無理だから無理と諦める様な事はしたくないの」


 なかなか男前なセリフを言う晴海。

 でも正直、晴海が雷也に勝つのは無理と思うので。


「分かったよ、オレがあいつと戦う。それでいいね」


 クラウドの言葉に、晴海はこくんと頷く。


「……という訳だ、オレが相手になってやる」


 背中のリュックからメガ正宗を抜き払った。


「くらうどか、一度はやりあってみたいと思っていたでござる」


 構えを取るシノビマスク。クラウドはメガ正宗を向け。


「雷也、お前にゃ悪いが1秒で決着をつけさせてもらうぜ」

「ははは、それは無理な話でござ……」


 クラウドは柄の部分のボタンを押す。

 突如、メガ正宗のナベの部分が飛び、シノビマスクの急所に直撃する!

 崩れゆくシノビマスク。鍛え抜かれた肉体も、この奇襲の前には無力であった。


「必殺、ロケットなべ。三雲雑貨店の特注品さ」


 クラウドは、赤いジャケットの裾を翻す。


「すまねーな雷也、お前との決着はまた今度だ……」


 カッコつけてつぶやくクラウドに。


「調子乗んなー」

「初見殺しはずるいぞー」

「うるせえ! だったら、お前らがやれよ!」

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