第六章 魔法使いの憂鬱

第24話 魔法使いの平穏


「セイジ、それは何に使うんだ?」

「何って水を掬って流すんだよ」

「どこに?」

「そりゃトイレの、いやクソバーの穴にだよ」

「なんで?」

「水で流した方が綺麗になるだろ?」

 私は今セイジと街で買い物をしている。私は食材を買うためだがセイジも何か買う物があるということで一緒に来たのである。そしてセイジが買ったのは柄杓と呼ばれる物だった。

「イーレの世界のクソバーにはなかったか?」

「なかった」

「それでよく穴まで落ちるな」

 考えたことはなかったが水で流したりしなくても特に困ったことはなかった。

「なんか対策してたんじゃないか?うんこが滑りやすくするために葉っぱを敷いたりとか砂を撒いたりとかさ」

「してなかったな」

 セイジは首を傾げている。

「穴の下にある木の性質の問題か、それとも出たものの質の違いか、なら食生活が違うのか」

 セイジはすっかり考え込んでしまった。

 今日はキャラバン隊が去って二日ほど立つ。露店街は店をたたみ街は普段の落ち着きを取り戻している。それでもそれなりに賑やかで活気があった。その中を歩きながら色々と話しをしているのはやはり楽しかった。

「セイジは他に何か買うのか?」

「ん?ああ、あとは瓶とプランターかな」

「プランターって?」

「鉢植えの鉢」

「蜂?」

「室内に植木とかなかった?」

「ない。植物は外にあるものだろう」

「まぁ確かにな。鉢植えってのは部屋とか家の中で植物を育てたりするヤツでな」

「妙なことをするんだな。それでそのハチ?を買って何をするんだ?」

「ああ、トイレに置く」

「なんで?」

 意味が分からない。自然との一体感を増すためだろうか。

「ほら、その辺の茂みってそんなに臭わないだろ?色んな人がうんこするのに」

「言われてみれば」

「実はなその茂みに生えてる草の一つに臭い消しをしてくれてる物があってな。臭い消しだけじゃなくていい匂いもするんだが、そいつを個室内に置いたらどうかと思ってね」

「それはセイジ一人で考えたのか?」

「いや、僕のいた世界じゃトイレに臭い消しなんて当たり前だったよ」

「改めてすごい世界なんだな。セイジの世界って」

 クソバーは臭い。それは当たり前の事だ。みんながウンコするんだから当然だ。その臭いを消してしまおうなんて考えたこともなかった。

「でもな、一つ難点があってな」

「なんだ?」

「この臭い消しの匂いなんだが、それ自体はいい匂いなのに別の所で嗅ぐとトイレを思い出すんだよ。ラベンダーとか金木犀とかさ」

「何かいけないのか?」

「例えば食事をする時にさ、その匂いを嗅ぐとさ、なんかトイレに居るような感じがして、うえっ!ってなる。トイレで飯食いたくないじゃん?」

「クソバーで飯なんて有り得ない!」

「という訳でその匂いに慣れちゃうと不味いかなと」

「なるほど」

 セイジは本当に色んな事を考えるんだなと感心する。

「お、瓶屋か」

 私もセイジの見ている物を見ると大きな壺のような物があった。

「これはでっかいな」

「これに水を溜めるのか?」

「ああ。でもここまで大きいと溜めるのにも一苦労だな。もうちょっと小さいのは」

「あるよ。コレなんてどうだ?」

 店主が指したのは私でも両手で抱えられそうなサイズの物だった。

「サイズは丁度いいですね。いくらです?」

「三十万イェンだ」

「高過ぎる…」

「何言ってんだ?コレは古フドウの名品だぞ。目立った傷もないし破格の値段だ」

 セイジが言うには骨董品の類の物だという。骨董と言う物が私にはよく分からない。

「そう言うんじゃなくて、もうちょっとこう日常的に気楽に使えるのないですか?」

「そんなら風呂桶で良いじゃねえか」

「まぁそうなんですけどね。耐久性が欲しいと言うか」

「ふむ。安物ねぇ。こんなんで良ければあるが」

 店主が出したのは私の世界で使っていたような焼き物の瓶だった。大きさは三十万の物と同じくらいだ。

「それはいくらです?」

「五万イェンだ」

「五万かぁ…」

「これで駄目なら桶屋に行ったほうが早いぞ」

「そうですねぇ。ちょっと考えておきます」

 私とセイジはその瓶屋を後にする。

「五万くらいなら買えるんじゃないか?」

「そうだけどね。瓶に五万かと思うとな」

 セイジの手元には以前手に入れた高額の依頼料がまだ残ってるはずだが。

「いや、桶を買い替えた方が安上がりかと思ってね。でも妙に保ちそうだしな。そうなると衛生的に怖いしなぁ」

 また先程のように考え込むセイジ。結局家に帰るまでセイジはあれこれと考え続けたのであった。



「あ、洋子さん。おかえりなさい」

「只今戻りました。どうやらお変わりないようですね」

 家に帰ると数日出掛けていた洋子さんが帰って来ていてエアリィと話をしていた。

「イーレもおかえり。今日の昼飯はなんだい?」

「燻製肉を炙って野菜と一緒にパンに挟んだものだ。簡単な物だけど」

「サンドイッチか、良いねえ」

「すぐ用意するからな。待っててくれ」

 時刻はもうすぐで昼になる。

「あ、待って。ちょっと良いかな」

「ん?なんだ?」

「ちょっとイーレに話しておきたい事があってね」

 改まってなんだろうと思っていると来客があった。

「あ、イーレ!」

「お邪魔致す」

 その客はラベールと桂花だった。

「どうしたんだ?二人とも」

「イーレの愛の巣を見に来たんだよ」

 ラベールは訳のわからない事を言う。

「そちらの御仁が帰宅されたという事で我々の任務も完了したようなのでな。そのついでに寄ってみた次第だ」

「任務?」

「私が出掛けている間ここの警備をお願いしていたのです。自警団の方々はなんだが忙しいという事でその代わりと言ってはなんですがこちらのお二人にお願いしておいたのです。お二人にはお手数をおかけしました」

 洋子さんはラベールと桂花に頭を下げる。

「いえいえ、中々新鮮で楽しかったです」

「ああ、堂々とイーレの愛の巣を覗き見出来るのは中々楽しかった」

「って、え⁉」

 二人は洋子さんのいないこの数日、隣の民家で寝泊まりしていたのだと言う。

「声を掛けてくれたら良かったじゃないか!」

「そんな事したらつまんないじゃん」

「うむ。張り込みの甲斐がないのである」

 私は思いっきりため息を吐く。

「んじゃ、そう言う事で。お邪魔しました」

「あ、待って。あなた達にも話があるんだ」

 エアリィに引き止められたラベールと桂花は顔を見合わせて不思議そうにしている。

「この前の軍隊の野営跡の話なんだけど。あれは本当?」

「うん。間違いなく東方遠征軍の物だったよ」

「幾つか具体的な証拠も出て来た。東方遠征軍しか使わない道具が残っていたり食べた物のゴミが特徴的だったりテントの張り方も遠征軍独特のものだった」

「やっぱりね」

「それがどうかしたのか?」

「うん、ちょっとね。二人にはまた色々頼むかも知れないけど良いかな」

「警備隊の方には後ほど正式にご挨拶させていただきます。もちろん報酬もございます」

 ラベールと桂花の二人は顔を見合わせる。

「変なことじゃなかったら良いよ」

「うむ。普段の仕事よりも面白そうだ」

「そこは期待してくれていいよ。きっと近年稀に見る大事件が起こるから」

 エアリィは笑みを浮かべながら言う。

「あ、それから妙な人を見かけたら教えてほしいの。普段いなさそうな人とか。二人ならこの街に詳しそうだし」

「そんな事で良ければ喜んで」

「奇妙な人なら今目の前にいるが」

 桂花が指した先にはティレットが酔っ払って酒の瓶を抱えて寝ていた。

「確かに妙なやつだがあれはあれで正常だから…」

「まぁ奇妙さに一番苦労してるのはイーレだしね。洋子さんが帰ってきてすぐにあれだもん」

 ティレットは洋子さんがいない間は昼間の酒を禁止されていたので洋子さんの帰宅と同時に飲み始めたのだという。禁止の理由は私に抱きついてくるのを止める人間がいないからだ。

「と、そんなわけでよろしくお願いします」

 エアリィが言うとラベールと桂花は楽しげに「まかせとけ!」と言って帰って行った。

「私は?」

「あ、そうそう、イーレの魔法ってさ自在に操れたり出来るの?」

「うーん、精霊様次第だな」

 魔法というがそれは精霊様にお願いして動いてもらってるのであって操るという表現には違和感がある。

「でもティレットと大喧嘩した時はなんか凄い事になってたじゃん?」

「あれは怒りのあまり精霊様に全てを委ねていただけだ。この体を精霊様に使ってもらっていたと言うか」

「あー、髪の色が変化してたのってそういう事?憑依魔術みたいな?」

 私自身気付かなかったがあの時私の髪は精霊様の肌の色のように変化していたらしい。

「またあんな風に魔法を使って貰うことになりそうなんだけど出来る?」

「多分出来ると思う。でも精霊様次第だぞ」

「うん。分かった。その時はお願いね」

 エアリィはそう言って自室に向かった。私は何かモヤっとしたものを感じつつ調理場に向かう。

 途中ティレットの寝ている脇を通りその顔を見る。

 実に幸せそうな顔をして寝ている。

 こうしている分には面倒事がなくていいのだが。

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