第267話 高笑い

 ※本日は2話同時投稿です。


 気がつくと私の意識はサーバールームに戻っていた。

 いつの間にか倒れていたようで、教皇様とリリィ様、そしてイーリェが心配そうに私を見下ろしていた。


「気がつきましたか、レイ=テイラー」

「レイさん……良かったぁ……」

「心配したよ……」


 私が身体を起こすと、三人は一様に安堵したような表情を見せた。

 教皇様は相変わらず無表情だったが、リリィ様とイーリェは相当心配してくれたようで、リリィ様など半分涙目になっている。

 心配を掛けたことを詫びて慰めて上げたいが、それよりも私には聞くべきことがある。


「クレア様は?」


 システムにダイブする前、クレア様の姿はなかった。

 彼女の意識の解放には成功した手応えがあるが、それが現実にどう反映されるのかまでは分からなかったのだ。


「クレア=フランソワなら、ここに」


 言われて見ると、教皇様の腕にクレア様が抱かれていた。


「よかった……」


 どうやら奪還作戦には成功したらしい。

 クレア様は顔の血色も良く、今すぐにでも目を覚ましそうな気配だった。


「まさか本当にクレア=フランソワの意識を取り戻してくるとは思いませんでした」


 呆れたような、それでいて本気で感心しているかのような声はタイムのものだった。

 彼女は私がシステムにダイブする前と全く変わらない位置にいた。

 ホログラムの身体をいっぱいに使って驚きを露わにしている。


「クレア様と私の絆を甘く見ましたね、タイム。あなたの悪企みもここまでです」

「そうですね。クレア=フランソワが元に戻ってしまった以上、管理者権限は彼女のものです」

「なら――」

「ええ」


 その時、タイムの顔が愉悦に染まった。


「このままなら、ね」

「!?」


 メインフレームと私たちの間にある床が割れ、下から何か巨大なものがせり上がってきた。

 それも一つではない。

 その数は両手では足りないほどだ。


「な、なんですか……あれ……!」

「魔物……?」

「違います。あれは……科学兵器です」


 怯えるように言ったリリィ様とイーリェの言葉を、教皇様が訂正する。


 それらは最初、ただの金属の塊に見えた。

 表面は黒い金属光沢を帯びていて、いかにも硬そうな質感をしている。

 それに無数の亀裂が入り、ばらけて、組み替わり、異形の怪物へと変化していった。


「キマイラ……?」


 素材こそ違うが、あれは以前、クレア様と一緒に倒したキマイラだ。

 金属の異形に変化したそれの目が金色に光を放った。


「クレア=フランソワの深層意識からデザインしました。完全に権限が委譲されてしまえば私にはもう手が出せませんが、そうなる前なら話は別です。人類存続のため、皆さんにはここで死んで頂きましょう」


 タイムの言葉とともに、キマイラたちが耳障りな雄叫びを上げた。

 ズシン、と一歩踏み出す度、サーバールーム全体が揺れるようだった。

 死んで頂きましょうとは、言ってくれる。


「どうします?」

「いや、どうしますって、どう考えても逃がして貰える展開じゃないでしょう、教皇様」

「じゃ、じゃあ戦うんですか、あれと?」

「勝ち目薄そう……」


 四者四様の反応だが、概ね気持ちは一つ――あんなのの相手は無理、である。

 キマイラはどう小さく見積もっても体長が五、六メートルはある。

 試しにジュデッカを撃ってみたが、傷一つ付かなかった。


「もちろん、逃がしはしませんよ」


 私たちの後ろでサーバールームの扉が閉まった。

 どうやら合議制の穴を突いた防衛システムへの遅延作戦は時間切れらしい。

 あのキマイラたちが出てきた時点で気がつくべきだったかも知れないが、後の祭りである。


「……うるさいですわね」

「クレア様! お目覚めになったんですね」

「最悪の寝覚めですわ。何ですの、あの煩くて醜い化け物は……」

「それが……」


 私は手短に状況を説明した。

 クレア様は余裕綽々にあくびを一つすると、


「要はあれを倒してしまえばいいのでしょう? 簡単なことじゃありませんのよ」

「倒すって……あれをですか……?」

「そうですわよ?」


 どうやって、と言いたかったが、クレア様は自信満々な表情である。


「確証はありませんけれど、試してみたいんですのよ」

「何をですか?」

「ほら、タイムがわざわざ教えてくれたものがあるじゃありませんの。わたくし、ずっと使いたかったのに、なかなかその機会がなくてうずうずしてましたのよ?」

「あ……」


 そうか、そういえばそれがあった。

 結局、魔王戦では使う機会がないままだったのと、ここしばらくはクレア様が不在だったので失念していた。


「! させませんよ! 焼き払いなさい!」


 焦る様子を見せるタイムの言葉に従って、キマイラたちが大口を開けた。

 喉の奥から光のようなものが漏れ出てくる。

 きっとこの場面で出てくる敵に相応しい、相当の威力の攻撃なのだろう。

 当たればただでは済まないに違いない。


 でも――。


「それじゃあ……いっちょかましますか」

「ええ、よくってよ」


 私はもう負ける気が全くしなかった。

 クレア様と私は片手を恋人繋ぎにし、もう片方の手に持った魔法杖をキマイラたちに向けた。

 繋いだ手から、力があふれ出してくる。


「わたくしはマジックレイで」

「なら、私はアブソリュートゼロで」


 この局面で放つのはもちろん――合唱である。


「消えなさい、レイ=テイラー、クレア=フランソワ!」

「消えるのは――」

「あなたの方ですわ!!」


 燃えるような恍惚に包まれながら、クレア様と魔力が溶け合うのを感じた。

 混ざり合った魔力は身体を駆け巡り、指先、そして魔法杖へと集束する。

 火と水、相反するはずの属性が混ざり合った、まるでクレア様と私そのもののような、矛盾しつつも調和した光が迸った。


 サーバールームが光に包まれた。


「……嘘でしょう……?」


 目映い光が収まったあとに響いた、呆然とする声はタイムのもの。

 クレア様と私の合唱による光の奔流は、キマイラたちを跡形もなく消し飛ばしていた。


「まだやりますの? 何故か分かりませんけれど、わたくし絶好調ですわ。かかってくるならいくらでも相手になりますわよ?」

「クレア様がその気なら、私もお付き合いしないわけにはいきませんね。なんたって嫁ですから」

「よ、嫁……?」

「こっちの話です。ほらほら、どうします、タイム?」


 挑発するように言ったが、タイムはそれ以上攻撃しようとする姿勢を見せなかった。


「全く……これだから人間は……」

「それは敗者の恨み言と受け取っていいんですか?」

「ええ、そういうことです、レイ=テイラー。管理者権限の移行が完了してしまいました。もう私にはクレア=フランソワを害することが出来ません」

「ふふ……ふふふ……わたくしたちの勝ちですわ! おーっほっほっほ!」


 クレア様の高笑いも、いつにも増して心地よく聞こえる。

 今度こそ、本当の本当に終わったと思っていいのだろうか。


「負けましたか……。結局、完全に管理出来ないのが人間ってことなのですかね……」

「あら、あなたも人間というものが中々分かってきたじゃありませんのよ」

「今さら分かっても遅いんですが……」

「そんなことありませんわ。あなたにはこれからも、人類の良き友として歩みを共にして頂かなくては」

「友……?」


 タイムは意外そうな顔をした。


「何かおかしくて? 途方もない時間を一緒に過ごしてくれたのでしょう? あなた以上の友なんて、人類にはそうそういませんわよ」

「私が……友……」


 噛みしめるように繰り返すタイムは、何か毒気を抜かれたような顔をしていた。

 クレア様ってば、人間だけじゃなくてAIまでたらし込んでる。

 これだから始末に負えない。


「タイム」

「なんですか、レイ=テイラー?」

「クレア様はあげませんからね?」

「……どうでしょう。管理者権限は諦めましたが、私は色んなことに執着できる、高度なAIですから」

「そうですか。ふっふっふ……」

「ふふふ……」

「二人とも、顔が怖いですわよ?」

「「誰のせいだと思ってるんですか!」」

「えええ……」


 クレア様は「なんでわたくしが責められてますの」とか言っている。

 これだから自覚のない人たらし――もとい、人AIたらしは……。


「よく分からないけど、一件落着ってことでいいんだよね? それなら早く地上に戻ろうよ。ここはなんだか落ち着かない」

「さ、賛成です」


 イーリェの提案はもっともなものだった。

 リリィ様も賛意を示し、教皇様も頷いている。


「タイム、ループシステムについては、いったんわたくしに預けて下さいな。悪いようにはしませんわ」

「あなたが引き継いで下さるんですか?」

「わたくし、じゃありませんわ。個人で背負うには重すぎる仕事ですもの。協力者を募って、然るべき手順を定めて、人類の意思決定をさせて頂きますわ」

「……」

「大事なことほど、一人で決めるのは危険ですのよ。責任もリスクも、皆で分かち合わなくては」

「……人間らしいですね」

「ええ」


 クレア様はそう言うと、踵を返した。


「さあ、レイ」

「はい、クレア様」

「帰りましょう……私たちの家へ」

「はい!」


 私はクレア様に飛びつくと、力の限りその身体を抱きしめたのだった。

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