第206話 クーデター
「軍には……フィリーネを支持するグループがあるんだ」
オットーはなかなか話そうとしなかったが、クレア様と私がしつこくせがんだ結果、ぽつぽつと話し始めてくれた。
「派閥のようなものですの?」
「そんな大層なものじゃねぇ。軍事教練所にある、一種の偶像崇拝みたいなもんだ」
「偶像崇拝?」
「クレア様、あれじゃないですか? いつだったかフィリーネが話していた、軍の中で人気者扱いされてるっていう」
「ああ、そんなこと言ってましたわね」
帝国籠絡作戦の作戦会議をした時の話だ。
フィリーネは下士官や兵の一部に人気があるというような話をしていた。
確か必要以上のシゴキをしていた教官に異を唱えたのがきっかけだったとか、そんな話だったと思う。
「ああ、それだ。軍事教練所ではその時の話が語り継がれてんだ。教練所は厳しい所だからな。毎日毎日、心身共に限界まで追い詰められる。訓練を受けるヤツらにとって、フィリーネの存在は救いみたいなもんだった」
それでフィリーネを支持するグループが形成されていったのだ、とオットーは語る。
「姉貴もそのグループの一員なんだ。フィリーネが助けた下士官っていうのが、姉貴の先輩だったらしい。いつの間にか姉貴も熱心なフィリーネ信者になってやがった」
「そうですの……。でも、そのことがどうしてドロテーア陛下暗殺なんていうとんでもない行動に繋がりますの?」
クレア様の疑問はもっともだ。
二つの事柄は少しも繋がらない。
「フィリーネが追放されたろ? あれで教練所のフィリーネグループの不満が爆発した。そこにフィリーネ暗殺の一報だ。お前らも噂ぐらい聞いてるだろ?」
「ええ。でも、噂でしょう?」
「フィリーネグループはそうは思っちゃいねーよ。ドロテーア陛下がフィリーネを追放したせいだ。しかも、外国人であるお前らは見逃したのに……って完全に頭に血が上ってやがる」
「あちゃあ……」
フィリーネを信奉する彼女たちからすれば、ドロテーアはフィリーネを見殺しにしたも同然、おまけに外国人をえこひいきしている、というわけだ。
オットーの話によると、フィリーネを慕うグループは憂国の士の集まりのようになっているらしい。
「思い詰めたフィリーネグループは、クーデターを起こそうと考えてる」
「く、クーデター!?」
話が突然大きくなった。
ドロテーアにもの申すくらいかと思っていたら、まさかの国家転覆とは。
「いくら何でも無謀じゃありませんの? フィリーネグループとやらがどれくらいの数いるのか知りませんけれど、相手は世界有数の強さを誇るナー帝国軍とドロテーア陛下ですわよ?」
「ああ、無謀だよな。フィリーネグループの連中も、クーデターが成功するとは思っちゃいねーよ」
「なら、どうして……」
「軍人ってよ、どうして軍人になるんだと思う?」
「えっ……?」
オットーが唐突に話題を変えた。
「それは……国を守りたいと思ったからじゃありませんの?」
「そうだ。家が代々そうだとか、金のためだとかいうヤツも中にはいるだろうが、そういうヤツらだって最終的には国のために軍人になる。それがなきゃ、きつい訓練に耐えられねぇ」
「そうですわね」
「そんな守りたい国が悪くなろうとしてる。しかもその頂点にいるヤツに直そうって気が微塵もねえ。あまつさえ、変えようとしてくれたヤツを見殺しにして」
「……」
「クーデーター計画は、ヤツらなりの『言葉』なんだろうよ。この国を守ろうとするヤツらの、精一杯の嘆願さ」
つまり、オットーの姉たちはクーデターの成功など微塵も考えていないのだ。
自分たちはこれくらい本気だ、とドロテーアに訴えるつもりなのだろう。
まさに命を賭けた忠言だ。
「でも、ドロテーア陛下がそんなものに耳を貸すとは思えませんわ。犬死にになるのではなくて?」
「……正直、俺もそう思う」
「なら、オットー。あなたがすべきことは、クーデターに参加することではなく、お姉様を説得することですわ」
「俺はクーデターにゃ参加しねーよ」
「え?」
オットーの言葉は意外なものだった。
私はてっきり、オットーはお姉さんと一緒に行動を共にするのかと思っていた。
「でも、この紙に書いてあるの、帝城の見取り図と見張りのシフトだよね? 別に書き込まれてる矢印は、さしずめ潜入経路ってところでしょ?」
「なんでお前がそんなこと知ってんだ」
「わたくしたち、法王様の行幸の警備責任者でしたの」
「それでか……。ちっ、面倒なことになったなあ……」
オットーは髪をがりがりとかきむしった。
「遺書を見つけちまったんだ」
「遺書?」
「姉貴が書いた、俺たち家族あての遺書だよ」
「! ……それは……」
「一週間前、定例の一時帰宅のとき様子がおかしかったんだ。普段は俺になんて見向きもしねぇくせに、妙に優しくてよ。おかしいと思って姉貴が教練所に戻ったあと、こっそり部屋を調べたら机の中に隠してあった」
家族の遺書を見つけるなんて、トラウマ並みの出来事だ。
目にした時のオットーの心境はいかばかりか。
「譲れないものがあるから私は逝くけど、俺は好きなように生きろ――だとよ。勝手なことばかり言いやがって……」
オットーは拳を握りしめて俯いた。
泣いているのかも知れない。
表面上は悪し様に言っているが、言葉の端々から覗えるこの感情は――。
「お姉様のこと、好きなんですのね、オットー」
「なっ……! バカ言うんじゃねぇ!」
「いや、紛れもないシスコンでしょ」
いや、茶化してしまったのは私の悪癖だが、オットーは紛れもなくお姉さんのことを案じている。
それが恋愛感情なのか家族への親愛の情なのかは、私にはまだ分からないが。
まあ、彼は恋愛脳ではないと言っていたし、親愛の情だろう。
「つまり、オットーはお姉さんが死なないように、先にドロテーア陛下を殺そうっていうの?」
「悪いかよ」
「悪いよ。無謀過ぎる」
「んなこたぁ、俺が一番分かってんだよ!」
それでも、彼は何もせずにはいられないんだろう。
「お父様に相談しましょう」
「……そうですね。ドル様なら何か名案があるかもしれませんし」
「……協力してくれるのか?」
オットーが意外なものを見たような顔をする。
そりゃあそうだろう。
私たちには一ゴールドの得もない。
でも――。
「暗殺には協力できませんわ。でも、クラスメイトが困っているところに手を差し伸べるのは、当然ではなくて?」
「俺は……お前に殴りかかったこともあるんだぞ?」
「赤子の手をひねるように制圧されてたけどね」
「う、うるせーな!?」
あ、赤くなった。
かわいい。
私は転生者だから、実年齢からするとオットーくらいの男の子なんて随分年下な感じなんだよね。
「オットー、クーデターの決行日はいつか分かりますの?」
「スースとかと首脳会談があんだろ? その当日らしいぜ」
「あんまり時間がありませんわね。レイ、今日は早退させて頂いて、寮に戻って対策を練りましょう」
「分かりました」
「俺は何をすればいい?」
オットーが意気込んで聞いてくる。
しかし――。
「オットーはとりあえず何もしないこと。無茶な真似をしたら、全てが台無しになると思いなさいな」
「ぐっ……」
「悪いようにはしませんから、大人しくしていて下さいな。お姉様を助けたいなら、ね」
「……分かった。頼むぜ」
オットーはこれでひとまず無茶なことをしないだろう。
問題はフィリーネグループの方をどうするか、だ。
昼休み終了のチャイムが鳴った。
「ではオットー。先生に私たちの早退を伝えておいて下さいな」
「ああ」
「レイ、急ぎますわよ」
「はい」
全く、クレア様ってばお人好しだなあ。
でも、そんなところがたまらなく好きです。
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