第185話 遺言

 聞き込みを行った二日後の夜。

 その人物は帝都の外にあるとある商人の元を訪れるところだった。

 辺りを落ち着き泣くキョロキョロと見回し、いかにも挙動不審である。


「……どうしてこんなことに……」


 その人物は何かに怯えるように頭を抱えた。

 そんなの耳元に、届く声があった。


『アヒムさん……どうして……』

「うぅ……」


 その人物はアヒム=バルツァー。

 彼は今、聞くはずのない声を聞いている。


「アルノー……お前は死んだはずじゃ……!」

『はい……。あなたに殺されました……』

「あ、あれは……仕方がなかったんだ! ああしなきゃ俺は、息子を――!」


 声から逃れるように耳を塞いで頭を振るアヒム。

 声は続く。


『どうして殺したんですか……私はあんなに商会に尽くしたのに……』

「仕方なかったんだ! ああしなきゃ俺は……俺は……!」

『そう……あなたが殺した……あなたが……』

「もうやめてくれ……やめてくれ……!」


 アヒムは声から逃げるように帝都からどんどん離れていく。

 彼はどうやら目前に迫った建物を目指しているらしい。


 しかし――。


「その話、詳しく聞かせて下さいませんこと?」

「!?」


 暗闇を割くような凜とした声は、もちろん我らがクレア様だ。

 アヒムが聞いた声は一緒にいるミシャの風魔法の産物である。


「お、お前ら……。どうしてここに……?」

「アヒム=バルツァー。アルノー=ヤンセン殺害容疑で、あなたを逮捕します」

「お姫さん……」


 フィリーネの通告に、アヒムは何かを悟ったようだった。


「先ほどのあなたの言葉は、自白と同義です。罪を認めて下さいますね?」

「……」


 二十一世紀の民主主義国家なら、自白だけでの逮捕などもっての外だが、ここは異世界である。

 物証と同じくらい、自白の持つ意味合いは重い。


「……どうして俺だと分かった……?」

「あなたはご自分でこう仰っていました。自分はとても忙しい商人で、スケジュールはいっぱいだと」

「言ったが、それがどうした」


 私の言葉にアヒムはまだ分からないという顔をした。

 私は続ける。


「なのにあなたはアリバイを聞かれたとき、手帳などを確認することもなく、すぐにアリバイを証言しました」

「そんなの、俺の記憶力が優れてるだけかもしれねぇじゃないか。俺は商人だぞ?」

「あなたはこうも仰っていました。最近、記憶が曖昧になることがある、と。殺人事件の容疑のアリバイなんていう大事なことを、ちゃんと確証もなしに言うとは考えられません。それこそ、商人だからこそ、です」

「アナタのアリバイを証明していたカトも白状しましたわ。金を握らされて嘘の証言を強いられた、と」

「……そうか……。革命の乙女は伊達じゃないな。あんたらなら……託してもいいかもしれない」


 アヒムがよく分からないことを言った。


「託す? 一体なんのことですか?」


 フィリーネが尋ねる。


「それは……」

「おや? アヒムさんじゃないですか」


 建物の中から、顔を出す人物がいた。

 アヒムのアリバイについて嘘の証言を強いられたというカトだった。


「……」

「どうしたんですか、こんなところまで?」

「カト……! 助けてくれ!」


 それまでの落ち着いた様子から一変し、アヒムはカトにすがりついてみっともなく訴えた。

 はて?

 この状況で逃げられると思っているのだろうか。


「そういうことですか。……私に触れるな、人間風情が」

「! アナタ、まさか!?」


 口調の一変したカトに、クレア様が何か勘づいたように構えを取った。

 私たちも臨戦態勢に入る。


「色々策を弄してみたが、なかなか上手くは行かないものだ」


 カトの外見がみるみる変わっていく。

 液体金属のようなつるりとした表皮に、大きな一つの目玉。

 そしてコウモリの羽根を持つその異形の姿は紛れもなく――。


「魔族!」

「カトと呼べ、人間」


 どういうこと?

 この事件に魔族が関わっていた……?


「汚らわしい人間どもめ。このカトが皆殺しにしてくれる。……ええい、アヒム! いつまでもしがみつくな! しくじりおって」


 カトは汚物でも見るような目でアヒムを見ると、片手を振り上げた。

 その手はいつの間にか長剣のように変わっている。

 私は慌てて氷矢を放とうとしたが間に合わない。


 しかし――。


「……いいや、計画通りだよ」

「なに?」

「カト、貴様が事件の黒幕だ!」


 アヒムがその言葉を口にした瞬間、アヒムの身体が燃え上がった。


「グァァッ!? 貴様……!」

「革命の乙女! 私のデスクに手紙がある! 後は頼んだ!」


 カトごと炎に包まれながら、アヒムはそう叫んだ。

 炎は自然のそれとは違うようで、アヒムは一瞬で燃え尽きた。


 私たちは何がどうなっているのか分からない。

 分からないが、しかし、やることは決まっている。


「クレア様、コイツを倒しましょう!」

「ええ! リリィは前衛を! ミシャはレイとともに後衛に! わたくしは中衛を務めますわ!」

「は、はい!」

「わかりました」


 私たちが布陣を整えている間に、カトはアヒムの身体を引き剥がした。


「おのれ……人間風情が……! 舐めるなぁ!」


 アヒムの炎に焼かれたせいで、カトの翼はボロボロになっていた。

 二人の間の事情は分からないが、お陰でカトは逃げられない。


「この程度の傷、貴様らを始末するに何の支障もない!」


 カトの腕が長く伸びた。

 その先端は槍のように鋭く尖り、クレア様とリリィ様を貫こうとする。


「あ、当たりませんよ!」


 リリィ様は身を翻してそれを交わすと、すかさず距離を詰めた。

 速い。

 どうやらミシャが身体強化の風魔法を掛けているらしい。


「いいや、貰ったぞ、聖女!」


 リリィ様の横を通り過ぎたカトの腕がぐにゃりと曲がり、背後からリリィ様に襲いかかる。


「し、しまっ……!」

「させませんわ!」


 クレア様がすかさず炎槍を放ち、カトの腕を焼き溶かした。


「ぐわぁっ!?」

「今です、リリィ!」

「は、はい!」


 リリィ様はカトの目の前まで来ると、右手の短剣を振りかぶった。


「……なんてなぁ!」


 カトの顔が愉悦に染まった。

 その胸からも槍のようなものが突き伸び、リリィ様を串刺しにしようとした。


「!?」


 しかし、カトの槍は空を切った。

 カトの足下が頭一つ分高くせり上がっている。

 私のアップリフトの魔法である。


「終わりです」


 瞬時に背後に回り込んだリリィ様が両の短剣を十字に構えた。

 次の瞬間、カトは心臓の辺りを中心に四つに切り裂かれていた。


「人間め……なぜ滅びの運命を受け入れない……」


 地面に落ちたカトの首が、恨み言を吐く。

 私はまだ警戒を解かずに答えた。


「なぜも何も、進んで死にたがる人の気持ちなんて分かりませんよ」

「レイ=テイラー……貴様はいつか知るだろう」

「何をですか?」

「終わりを求めることの意味を、だ」


 意味深なことを言い残して、カトは塵になった。

 一体、どういう意味だろう。


「クレア様、リリィ様、お怪我はありませんか?」

「わたくしは大丈夫ですわ」

「わ、私もです」


 どうやら今度の魔族戦は無事に終わったらしい。

 やはり三大魔公と比べると、一般魔族は劣るようだ。


「私はあまり役になかったわね」

「そんなことないよ。ミシャがいなかったら、そもそもアヒムさんを追い詰められなかったわけだし」

「そのアヒムですけれど……彼、気になることを言っていましたわね?」

「え、ええ、後は頼んだってどういうことでしょう……?」


 四人で首をひねった。

 とは言え、


「とりあえず、帝都に戻りましょうか」


 事件の真相はまだ見えてこないが、私たちはひとまずその場を後にした。

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