第183話 フリーダの依頼

「精霊教会のお墨付きは確認しましたガ、それだけでワタシたちが協力すると思わないことデース」


 ひとまず話し合いに応じてくれたフリーダだが、彼女は協力関係を結ぶのに難色を示した。


「どうしてですか? あなた方にとって祖国の復興以上の望みはないのではありませんか?」


 フィリーネが素朴な疑問を呈した。

 それはあまりにも相手の感情を無視した疑問だった。

 フリーダは笑顔に見えない笑顔でフィリーネを黙らせた。


「そもそも祖国を滅ぼしたのが帝国なのデスヨ? それを復興してやるから協力しろとは、大した物言いですネ?」

「……私の認識が間違っていました。謝罪いたします」


 これはフリーダの言い分が正しい。

 滅ぼしておいて復興を許し恩に着せるというのは、マッチポンプ以外の何ものでもない。


「とは言エ、現状を打開して祖国復興の悲願が達せられるなら、多少のことには目をつぶりマス」

「……! では――」

「ストップ。話はまだ終わっていまセン」


 はやるフィリーネを、フリーダが制した。


「ワタシの本当の名前を知っているというコトハ、ワタシの立場についても知っているということでいいデスカ?」

「ええ。フリーデリンデ=ウル=メリカ。あなたは旧宗教国家メリカの最高指導者、現人神ですわね?」

「そして今メリカは、キコやダナと結んで反政府勢力を結成している」


 事前知識を活かして、クレア様と私が応えた。

 メリカは精霊教会の一派閥だと既に説明したが、本流である大聖堂と違うのは、精霊神の化身として一人の人間を現人神として崇めているところにある。

 そしてフリーダはその現人神その人なのである。


「本当にどこで聞きつけたのヤラ……。まあ、その通りデース。ワタシはメリカの盟主。ワタシの言うことならば、国民たちは大抵のことは聞いてくれるデショウ」

「なら――」

「でも、ワタシの声が及ぶのは、メリカの国民たちまでデース。今、三宗派はとある問題から瓦解の危機にありマース」

「瓦解の危機?」


 これは原作にはなかった展開だ。

 レボリリでは三宗派の同盟は多生のいざこざはあったものの、問題なく一つの勢力としてまとまっていたはずだ。

 ならばこれはその、多生のいざこざの中身なのだろうか。


「先日、メリカの信者の一人が殺されマシタ。犯人は見つかっていマセン。それだけなら同盟とは無関係な事件である可能性もありマシタガ、殺されたのはメリカにとってとても重要な人物でした」

「それで?」


 クレア様が先を促すと、フリーダは続けた。


「犯人はメリカが同盟の先頭に立つことをよく思わない、他二つの国の者である可能性がありマス。もちろん、キコもダナも否定していますが、鵜呑みに出来るはずもありマセン」

「私たちに何をしろと?」


 話の着地地点が見えず、私は尋ねた。


「信者を殺した犯人を捜してクダサイ。それで誤解が解ければそれでヨシ。同盟は再び連帯を取り戻せますし、もし三者の不和を解決出来たなら、キコやダナも協力するでしょう」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 仮に犯人がキコやダナの人間だったら、どちらにしても同盟に入ったヒビが致命的なものになるじゃないですか」


 リリィ様の言うことはもっともだ。

 捜査して犯人を突き止めても、必ず協力が得られるとは限らないわけだ。


「その時は運が悪かったと諦めて頂くしかありマセーン」

「そんな……」

「いずれにしても、このままだと三宗派の同盟は破談になりマス。そうなってはあなた方も困るのデショウ? ダメで元々で頑張るしかないのデハ?」


 普段の軽い調子からは想像もつかないが、そこはやはり一国を統べる存在。

 フリーダの交渉は巧みだった。


「サア、どうしマスカ?」


 フリーダが問う。


「……分かりました。調査を請け負います」


 答えたのはフィリーネだった。


「でも、フィリーネ様……」

「どちらにしても、放っておくことは出来ない問題です。フリーダたちの協力を得られるかどうかとは関係なく、これは帝国内で起こった殺人事件です。無視は出来ません」


 それは帝室に連なる者としての責任感から出た言葉だった。

 帝国のあり方を変えるという大きな目的の下に行動していても、彼女は足下にある問題も無視しない。

 そのあり方はとても美しいと私は思った。

 ふ、不倫じゃないんだからね!


「ホウ? アナタは帝国に弓引く者にまで情けをかけると?」

「その殺された方は、帝国の侵略行為のせいで国を失ったのです。帝国に対して牙を剥いていたとしても、その方の生死に責任を持つのは帝室に連なる者として当然だと思います」

「……」


 フィリーネの言葉に、フリーダは複雑な顔をした。

 感心したような、それを認めたくないような、そんな顔だった。


「捜査をするに当たって、何か手がかりはないんですか?」


 私はフリーダに尋ねた。

 すぐに犯人が分かるような単純な事件なら、フリーダたちがとっくに解決しているはずだ。

 恐らく、事件は簡単なものではなかったのだろう。

 それならせめて手がかりが欲しい。


「まず、被害者はアルノー=ヤンセン。帝国の一般市民デシタ。元メリカの国民で、商人として働いてイマシタ」


 年齢は二十一歳。

 有能な商人という表の顔を持ちつつ、裏で反政府勢力の物資調達係をしていたらしい。

 死因はナイフによる刺殺。


「容疑者は三人にまで絞られていマース。まだ直接本人たちに接触してはいませんが、動機がありそうなのはこの三人デース」


 フリーダは机の引き出しから紙を取り出した。

 恐らく、捜査資料なのだろう。


「一人目はアヒム=バルツァー。帝都でも有数の力を持つ豪商デス」


 今年で六十歳になるというアヒムは、アルノーの上司だったらしい。

 アヒムには跡取りと目されている一人息子がいるが、アルノーが優秀すぎて、息子よりもアルノーを商会の跡取りにと言われていたようだ。


「二人目はイルザ=グレルマン。帝国の事務官デス」


 イルザは二十五歳。

 帝都の役所で事務仕事をしていて、以前、アルノーと仕事上のトラブルがあったらしい。


「三人目はアナタ方もよく知っている人物デス。アナ=ゲスナー。学館の学生デス」

「アナが容疑者!?」


 フィリーネが動揺の声を上げた。

 アナはフィリーネの数少ない友人の一人で、以前、フィリーネの攻略対象に対する好感度を尋ねたことがある。

 アナは被害者とは男女の関係にあったという。

 最近、別れ話が持ち上がっていたようで、言い争いになっていたのを目撃されている。


「ワタシから提供出来る情報はこのくらいデース。後は皆さんで調べてクダサーイ」

「分かりましたわ」

「他に聞きたいことはありマスカ?」


 フリーダの問いに対して、私は一つだけゲームプレイ時から気になっていたことを尋ねることにした。


「フリーダは現人神、つまりメリカにとっては最重要人物なわけですよね?」

「そうデスネ」

「そんな人が護衛もつけずに、こんな所で一人暮らししていて大丈夫なんですか?」


 普通は一人や二人、同居人と称して護衛の者を置くと思うのだが。

 まあ、それがないことが分かっていたからこそ、こうして皆で押しかけたのだが。


「ああ、そのことデスカ。まあ……ワタシは強いデスカラ」

「確かにフリーダの白兵戦戦力は大したものですわね。でも、それでもやっぱり不用心ですわよ」

「……言いたくありマセン。その話はここで終わりデース」


 フリーダの様子が少しおかしかった。

 なんなら、短剣を振り回していた時よりもよっぽど余裕がなさそうに見えたのだ。

 気になるが、これ以上は何も話してくれそうもない。


「デハ、頑張って犯人を捜して下さいネ」


 後ろ髪を引かれる思いで、私たちはフリーダ邸を後にしたのだった。

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