第十二章 舞踏会編
第156話 不登校?
「ようちしゃ、いきたくない」
教皇様の暗殺未遂事件から少し経った朝。
目を覚まして来た双子の間から飛び出した言葉がそれだった。
この事態は想定していなかった。
なぜなら、そう言い出したのはメイの方だったからだ。
「どうしましたのメイ。幼稚舎で誰かにいじわるされましたの?」
「ちがう。いじわるされてるのはアレア。アレアのこといじわるするとこになんかいきたくない」
メイはぷうとほっぺたを膨らませて、抗議の意志を示している。
「アレア、意地悪されてるの?」
「いじわるはされていませんわ。でも……」
「されてるよ! みんなしてメイにばっかりかまって、アレアのことほうっておくんだもん! みんなきらい!」
これは根が深そうだ、とクレア様と私はとりあえず今日は二人をおやすみにさせて、じっくり話を聞くことにした。
食事は後回しにし、二人をテーブルにつかせて、クレア様も自分の席に座った。
私はクレア様と自分の分の紅茶を、メイとアレアには温めたミルクを用意した。
「それで、どういうことですの? 詳しく教えてちょうだい」
私が席について全員が揃うと、クレア様がメイに水を向けた。
メイは腹が立って仕方がない、という様子で口を開いた。
「メイね、このあいだまほうがつかえるようになったの。えっと……そりっどしき? っていうほうほうをおぼえたら、なんかうまくいって……」
「! よかったじゃありませんの。おめでとう」
「おめでとう、メイ」
「よくない! ぜーんぜんよくない!」
メイは全身で否定した。
「メイがよっつまほうがつかえるってわかったら、せんせいたちみんなメイにばっかりかまうの。アレアもほかのみんなもたくさんがんばってるのに、メイばっかり。そんなのへん」
メイはそこまで一気に喋ると、気持ちを落ち着かせるようにミルクを一口飲んだ。
帝国の能力主義教育は幼稚舎にも徹底されている。
アレアのような外からの留学生に対しても、分け隔て無くその門を開き、能力を伸ばそうとしてくれる。
ただ、その教育のあり方にはメリットデメリットの両方がある。
メイのような優秀な能力を持つ者にはこの上なく快適な環境だが、そうでない平凡な者にとってはどうか。
恐らく、徒労を感じる環境だろうと思う。
しかし、そうした能力主義が孕む問題を、アレアではなくメイが言い出すとは思わなかった。
アレアは早熟な所があるので、むしろ気付くとしたらアレアだとクレア様も私も思っていたのだ。
「そのうえせんせいたち、メイはアレアとはなれてべつのクラスのじゅぎょうをうけませんかっていうのよ。メイはぜったいイヤ!」
その言葉を聞いて、私はなんとなく腑に落ちた。
メイは別に、公教育が能力主義偏重になっていることの矛盾を糾弾したいわけではないのだ。
単に、大好きなアレアが尊重されないこと、アレアと離ればなれにされることが耐えられないのだろう。
クレア様と私は顔を見合わせてどうしたものかと考え込んだ。
先に口を開いたのはクレア様だった。
「メイ、あなたの言い分にも一理あります。アレアが十分な扱いを受けていないことについては、わたくしから幼稚舎に抗議をしておきましょう。でも、アレアと離ればなれになりたくないというのは、メイのわがままですわ。それは通らな――」
「クレア様、ちょっと待って下さい。私に先に話させて頂けますか」
申し訳ないがクレア様の言葉を遮って、私はメイに話しかけた。
「まず、メイが自分の素直な気持ちを話してくれたこと、クレア様も私も嬉しかった。正直に話してくれてありがとう。アレアのこともちゃんと考えてくれて、そのことも嬉しいよ」
「……うん」
「メイとアレアが今ぶつかっている問題は、ちょっと難しいことかもしれない。でも、クレア様も私も、二人と一緒に考えたいと思う。どうすればいいか、一緒に悩ませてね」
「……うん」
私はまずそこまで言って席を立つと、メイとアレアの席まで歩いて行き、それぞれをハグした。
いつもとは違い、メイとアレアが素直にハグに応じてくれる。
やっぱり、二人とも不安だったのだろう。
「メイはどうしたい? アレアは?」
私は椅子に座る二人と視線を合わせ、見つめ合いながら尋ねた。
「メイはもうようちしゃいきたくない」
「わたくしは……できればかよいつづけたいですわ」
二人の意見は割れた。
「アレアはメイとはなればなれになってもいいの!?」
「そうじゃありませんわ! でも、わたくしのせいでメイがじゅぎょうをうけなくなるのはいやですわ」
飽くまで自分の欲求に正直なメイに比べて、アレアはやっぱり大人びている。
メイばかり贔屓にされて、そのことに思うところがないはずはないのに、こうしてメイのことを案じられるというのは凄いことだ。
「アレアはメイのこといらなくなっちゃったの……?」
「そうじゃありませんわ! わたくしだってメイとはなれるのはつらいですわ」
「なら!」
「でも、メイはマナリアおねえさまとおなじさいのうにめぐまれていますのよ? それをむだにしてはぜったいにもったいないですわ」
「メイのことはどうでもいいじゃない! メイはさいのーとかよりもアレアのほうがだいじ!」
「はーい、ストップストップ。そこまで」
二人が際限なくヒートアップしそうだったので、私はとりあえずそこで待ったをかけた。
「まず、メイはアレアと離れたくないのね?」
「うん」
「で、アレアはメイにもっと才能を伸ばして欲しいのね?」
「そうですわ」
「ふむ……ちょっと待ってね。クレア様と相談させて」
私が二人の側を離れて席に戻ると、隣のクレア様が何か表現しがい表情を浮かべていた。
なんだろう。
「クレア様?」
「え……? あ……。な、なんですの?」
「メイとアレアのそれぞれの言い分はああみたいですが、二人で知恵を絞りたいなと思うのですが」
「え、ええ、そうしましょう。そうですわね……」
少し様子がおかしかったが、クレア様も一緒に考えてくれるようだ。
私一人ではとても手に負えそうもない問題だし、クレア様がいてくれるのはとても心強い。
心強いのだが、少し上の空な様子がある。
はて?
「メイもアレアも子どもが使うには随分難しい言葉を知ってますのね……」
「私たちの会話で分からない単語があると、聞いてくるじゃないですか」
「それにしても、限度というものが……」
「たった二人で裏路地で生きてきた子たちです。知恵を付けることへの執着を侮ったらいけませんよ」
「……そうですわね」
と、納得したような様子を見せるクレア様だが、恐らく彼女の悩み所はそこではない。
とはいえ、今突っ込んで聞いていいものか。
「アレアをメイと同じクラスで授業して貰うというのはダメなんですの?」
クレア様が言う。
ひとまず、このままメイたちについての話し合いを続けても良さそうだ。
「それはどうでしょうね。帝国の方針を考えると、メイが受ける授業は幼稚舎でも最高レベルのものだと思います。アレアには少しきついかもしれません」
「メイ、あなたに確認しますけれど、離ればなれになるというのは、全ての授業ですの?」
「ううん、ちがう。まほうのじゅぎょうだけ」
「それなら魔法の授業だけ我慢するということでよくなくて?」
「……アレアといっしょじゃなきゃやだ」
メイがぐずり始めた。
「ねぇ、メイ。メイはアレアのことが大事だよね?」
「……うん」
「アレアのことが好き?」
「大好き」
「うん、そうだよね。でも、それならアレアを苦しめたくもないよね?」
「アレアがくるしいのはいや!」
「うん。でもね、メイ。メイが魔法の授業もアレアと一緒に受けたいって思うのは、結局アレアのことを苦しめちゃうことになるよ? それでもいい?」
「! ……そうなの、アレア?」
メイは驚いたようにアレアを見た。
「わたくしには、メイがうけるようなまほうのじゅぎょうはりかいできませんわ。わたくしはまほうてきせいがないんですもの」
「……」
「わたくしもメイとははなれたくありませんけれど、まほうのじゅぎょうのあいだは、べつにけんのじゅぎょうをうけたいですわ」
「けん?」
「ええ。メイがべつのじゅぎょうにさそわれたときに、わたくしもべつのじゅぎょうにさそわれましたの。けんのせんせいがけいこをつけてくださるって」
「アレアはそうしたいの?」
「ええ。メイにまけたくありませんもの。でも、メイがわたくしとはなれたくないっていってくれたのはうれしいですわ。ありがとう」
「……」
アレアの言葉に、メイは揺れているようだった。
アレアとは離れたくない。
でも、アレアを苦しめたくない、アレアのしたいことを叶えて上げたい。
そういった思いが、メイの中で葛藤している。
「……まほうのじゅぎょうだけだよ?」
「ええ。そのほかのじかんは、これまでどおりいっしょですわ」
「ううん、これまでいじょうになかよくして!」
「ふふ、メイはあまえんぼうさんですわね」
アレアが笑ってメイの頭を撫でた。
メイはふくれっ面のままだったが、一応、納得はしてくれたらしい。
私としてもほっと一息である。
「じゃあ、メイはちょっと我慢して魔法の授業を別に受ける。その間、アレアは剣の授業を受ける。それ以外のときはこれまで以上。それでいい?」
「……うん」
「はいですわ」
「メイ、我慢してくれてありがとう。アレアもメイのことを考えてくれてありがとうね」
「うん」
「とうぜんですわ。だいすきなメイのことですもの」
「! メイもアレアのことだいすき!」
アレアの言葉に、メイが一気に機嫌を良くした。
こうして、メイの不登校騒ぎはひとまず幕を下ろしたのである。
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