第137話 パーティー編成

「クレア、おはよう」

「おはようございますわ、フィリーネ様」

「おはようござ――」

「おはよう、レイ。聞いてクレア、あのね――」


 私の挨拶をほとんど流すようにして笑顔で遮ると、フィリーネはクレア様と話し始めた。

 ここ数日、ずっとこんな調子である。

 クレア様への恐怖は、もうすっかり薄らいだようである。

 というか、むしろクレア様にべったりだ。

 今では私をのけ者にして二人で話し込むことが多い。

 二人が仲良くなったことは嬉しいことだが、私は嫉妬を抑え込むのが大変である。


 キンコーンカーンコーン。


 始業の鐘がなった。

 どうでもいいけど、こういうところも妙に二十一世紀の日本っぽいよね。


「もう時間。それではクレア、また後でね」

「ええ」


 名残惜しそうに離れていくフィリーネを笑顔で見送ると、クレア様は彼女から見えないところで少し疲れた顔をした。


「お疲れ様です、クレア様」

「ありがとう、レイ。フィリーネは悪い子ではないのですけれど、あまりにも純粋すぎて少し苦手な部分もありますわ」

「温室育ちの純粋培養お姫様ですからね」


 それを言ったらクレア様だってそうなのだが、クレア様はもう世間知らずの悪役令嬢ではない。

 個人的には悪役令嬢ムーブをもっとして欲しいくらいではあるのだが。


「それに加えて、わたくしたちに下心があることが後ろめたくて。騙しているようなんですもの」

「クレア様、それは違います。嘘と事実全て出ないことは別物です」

「わたくしはそこまで割り切れませんわ」


 クレア様が一つ溜め息をついた。


「まあ、わたくしやレイ、メイとアレアの未来が掛かっているのですから、頑張りませんとね」

「そうですよ。ところでクレア様、フィリーネ可愛いな、なんて思ったりしてませんよね?」

「? フィリーネは可愛いじゃありませんの」

「がーん」

「あ、違いますわよ!? 一般論! 一般論としてですわ」

「クレア様が不倫を……」

「人聞き悪いことを言わないで下さる!?」


 ◆◇◆◇◆


 基本的にホームルームのようなものはない学館だが、この日は伝達事項があった。


「来月、我が国に教皇様がおいでになる。それに当たって、我が学館にも仕事が割り振られる」


 教皇というのは精霊教会の最高指導者のことである。

 普段はバウアーの大聖堂にいるのだが、精霊教会はバウアーだけででなくこの世界で広く信仰されているため、信者のために世界各地へ出かけていくこともある。

 教師の話に寄れば、今回はドロテーアとの会談のために帝都を訪れるということである。

 教会を宗教屋と言い放ったドロテーアに信仰心があるとはとても思えないのだが、一体、何を話すのだろう。


「仕事って何をするんですかー?」


 学生から質問が飛んだ。


「教皇様がお通りになる街道の魔物駆除だ。軍ももちろん駆除に当たるが、彼らはより危険な区域の担当なので、比較的安全な街道沿いを我々は担当する」


 魔物駆除か。

 バウアーのアモルの祭式でもあったが、魔物の駆除は軍だけでは手に負えないことが多い。

 街の自警団など戦う力のある者総出で行うのだ。

 まして帝国は魔物たちの親玉たちの領地、魔族領に近い。

 魔物の数も強さも、バウアーより上なのだ。


「四人一組でパーティーを組んで当たって貰う。放課後までに組んで申告しに来るように。では、講義を始める」


 その後は普通に講義が始まった。

 相変わらずこの教師は無駄が嫌いらしい。

 とはいえ、学生たちの方はそうもいかないようで、


(Hey、レイ、クレア、私たちもパーティを組まないデスか?)

(わ、私もいます)


 唐突に脳裏に響く声があった。

 念話である。

 そういえばフリーダは風適性の魔法使いだった。

 一緒に話に入っているのはフィリーネである。


(わたくしたち四人で?)

(イエース。戦力としては十分ネ!)

(それはそうでしょうけれど、いいんですか? 私たち一応、バウアーの人間なんですけれど)

(What、それが何か?)

(フィリーネ様は帝国の皇女殿下ですわ。つい先日まで敵同士だったわたくしたちと組むことが、果たして許されるのかということですわ)


 こちらとしは親睦を深めるいい機会だが、向こうはいいのだろうか。


(今はもうお友だち同士じゃないですか。全然、問題ないですよ)

(イエース、ノープロブレムデース)


 本当かなあ。

 教師からダメ出しされるんじゃなかろうか。


 などと思っていたのだが、放課後申告しに行くと教師からも特にNGは出なかった。

 それでいいのかナー帝国。


 教師に報告しに行く時に、私はダメ元で、魔物駆除を別の作業で代替させて貰えないかを交渉した。

 魔物駆除にかこつけて、帝国から暗殺されかねないと危惧したからである。

 とは言え、帝国にもバウアーにも体裁というか外交上の建前というものがある。

 私の訴えは虚しく却下され、私は何があってもクレア様だけは守ろうと心に誓った。


「それぞれの戦闘能力を確認しておきましょう。わたくしは魔法が火の高適性、他に白兵戦も少し出来ますわ」

「私は地と水の超適性です。白兵戦は苦手です」

「What!? レイはデュアルキャスターでしたか!?」

「す、凄いですね……」


 魔法先進国の帝国でも、デュアルキャスターは珍しいらしい。


「ワタシは風の中適性ネ。でも、むしろ白兵戦の方が得意デス」

「私は水の中適性です。白兵戦は苦手です」


 クレア様と私にとっては既知の情報だが、知っていることが不自然ではない状態にすることは重要である。


「二人の得意な魔法は? わたくしは攻撃魔法特化ですの。レイは満遍なくなんでもこなしますわ」


 クレア様に褒められた。

 やったぜ。


「ワタシは身体能力の強化が得意デス。ただ、他人に掛けるのは苦手ネ」

「私は治癒魔法が得意です」


 それぞれ得意な魔法の情報も共有する。


「なら、わたくしとフリーダが前衛、レイとフィリーネ様が後衛ですわね」

「それが無難だと思います」

「ワタシも文句はありまセン」

「私もありません」


 と、トントン拍子で話が決まった。


「魔物の駆除は明日からでしたわよね?」

「そう言ってましたね」

「それが何か?」

「なら、少し肩慣らしをしておきましょうか」

「Oh? 肩慣らしデスカ?」


 全員の視線を受けつつ、クレア様が続ける。


「ぶっつけ本番で魔物と戦うのも不安でしょう? チームワークの練習をしておくんですのよ」

「ああ、なるほど」


 帝国にも魔法減衰効果のある結界を張った運動場がある。

 そこで実戦に見立てた練習をしようというのだろう。


「いいと思います」

「楽しそうデース」

「私も異論はありません」


 と言うわけで、運動場に移動して練習することになった。


 結論から言うと、このパーティーはとてもバランスが良かった。

 クレア様の戦闘能力は言うまでもなく、フリーダとフィリーネの二人も十分な戦力だった。


 フリーダの戦闘スタイルはセイン陛下に近い。

 魔法で自らをブーストし、白兵戦で戦うスタイルだ。

 セイン陛下との違いは、彼が肉弾戦を好んだのに対し、フリーダは剣を使うところだ。

 フリーダは剣にも魔法を纏わせて切れ味を増している。

 かかしの代わりに立てた私の土人形は、まるでバターのようにスパスパ両断された。


 フィリーネの治癒魔法も凄かった。

 適性は中適性だということだが、フィリーネは扱える魔法の種類がとても多かった。

 ちょっとした傷を癒やす魔法から、睡魔を払う魔法、毒消し、麻痺無効に集中力増加など、その範囲は多岐に渡った。

 一応、自慢しておくと、私は主なバッドステータスを全て回復出来る上級治癒魔法を使えるので、種類を増やさなくても対応は出来る。

 しかし、フィリーネのように中級の魔法で対応出来れば、その分魔力の消費が抑えられるので、どちらがいいかと言えばフィリーネの方が正解なのだ。

 後で魔法を教えて貰おう、と私は思った。

 ちなみに、フィリーネの治癒魔法も私の上級治癒魔法も、月の涙には及ばない。


「まあ、こんなものですわね」


 一通りの練習を終えて、クレア様が言った。


「これだけ動ければ大丈夫でしょう。本番はよろしく頼みますわよ?」

「クレア様は絶対に守ります」

「レイ? ワタシたちも守ってクダサーイ?」

「あはは……」


 そりゃ守ろうとは思うけど、優先順位がね?


 日が暮れてきたので、その日はお開きとなった。

 私は久しぶりに激しい運動をしたので、次の日は筋肉痛に悩まされることになった。

 クレア様はそんなものとは無縁だったことも書き記しておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る