第134話 フィリーネの好感度
レボリリには三人の攻略対象が登場する。
まず一人目は先日謁見した皇帝ドロテーアである。
主人公であるフィリーネからすると実の母に当たるわけだが、母娘の禁断の恋というのがこのルートの売りだった。
実際に謁見してみて、あのドロテーアと恋愛というのはかなり難儀そうだが、まあそれでもプレイヤーには人気があった。
ドロテーアはあの性格なので、クレア様にぞっこんな私の琴線に触れるかと思いきや全く食指が動かなかった。
クレア様とドロテーアの間には、私の中で明確な差がある。
ドロテーアは推せない。
二人目は帝国の官僚であるヒルデガルト=アイヒロート。
帝国の女性官僚である彼女は、成り上がるためにフィリーネを利用しようと近づいてくる野心家だ。
ヒルデガルドルートは野心と打算に満ちた関係から、本当の恋へと関係性が変わっていくのが売りで、私は彼女のシナリオが嫌いではない。
彼女とはまだ面識がないが、いずれ会うこともあるだろう。
そして最後の一人、三人目は国学館生のフリーデリンデ=アイマーである。
その彼女が、今、目の前にいる。
栗毛、鳶色の瞳をした女性だ。
「Hi、レイ。おはようございマス」
「おはよう、フリーデリンデ」
「ノンノン、ワタシのことはフリーダとお呼びクダサイ」
「分かりましたわ、フリーダ」
このいささか特徴的なイントネーションで話す女の子がフリーデリンデ――愛称フリーダである。
名前こそ典型的な帝国人だが、彼女は私たちと同じく帝国外の出身なのである。
今は朝、場所は国学館の教室である。
今朝はメイとアレアがとてもお利口さんだったので、随分早く着くことが出来た。
「Oh、レイもクレアも今日もとても美しいデスネ。ワタシ、目が幸せデス」
「ありがとうございますわ。お母様のお陰ですわね」
「どうも……」
フリーダが歯の浮くようなセリフを口にした。
クレア様は鷹揚に流しているが、私はちょっと慣れない。
というか、会っていきなり容姿に言及してくる人ってどうなんだ。
もうお分かりかと思うが、フリーダは若干、ナンパなところがある。
女の子が大好きな恋愛脳で、暇さえあれば誰かを口説いている。
ゲームの攻略対象として見ている分にはまだいいのだが、実際に人として接するとこれはなかなかにキツい。
「お二人とも、今夜のご予定ハ? お時間があれば、ワタシと一緒にディナーでもいかが?」
「お誘いありがとうございますわ。でも、残念ですがわたくしもレイも、子どもたちのお世話がありますのよ」
「What!? お二人とも、ご結婚なさってイマスカ!? その歳でもうお子さんガ!?」
「ええ、血は繋がっていませんけれど」
そう言えば、メイとアレアのことは、まだクラスメイトに話していなかった。
「Wonderful! お二人の子なら、きっと麗しい子たちデショウ!」
「いえ、ですから血は繋がってないんですってば」
「ノンノン、血は繋がらずとも子は親に似るものデース。どうデショウ、お子さんたちも交えて、ディナーというのハ?」
「いえ、遠慮しておきます」
私は彼女を娘たちに近づけたくない。
フリーダのシナリオはかなり特殊で、いわゆるヤンデレルートなのだ。
陽気に見えるフリーダだが、その生い立ちは非常に複雑で、彼女は祖国では王族の娘だったのである。
彼女の祖国であるメリカは帝国に最後まで抵抗をした結果、属国化ではなく滅ぼされてしまった。
フリーダはそのことを深く恨んでおり、フィリーネに対し非常に複雑な感情を持ってしまう。
彼女のシナリオのいくつかのバッドエンドは、非常に怖いと有名だった。
そんな人間を、娘たちに近づかせたくはない。
「Oh、残念デース。それではそれはまたの機会デスネ。お二人はもう帝国には慣れマシタカ?」
しつこく食い下がるようなことはせずあっさりと話題を変え、フリーダは私たちを気遣うような言葉を掛けてきた。
ヤンデレキャラだが、普通に接する分にはいい人なのである。
「ええ、だいぶ。想像以上に暮らしやすい国ですわね、帝国は」
クレア様が思ったことを素直に口にする。
その答えに、フリーダがほんの一瞬、分からないくらいに顔を強ばらせた。
すぐに笑顔の仮面を被り直したのだが、私は見逃していない。
クレア様は気づかなかったようだ。
ヤンデレ、業が深い。
「イエース、帝国はベリーベリー、暮らしやすいネ。バウアーもベリーいい国と聞いていますが、帝国もとても良い国ヨ!」
そう言って明るく笑うと、フリーダはクレア様の肩を気安く叩いた。
「フリーダ、クレア様は私のものなので、あまり気安く触れないで下さい」
「Oh、これはソーリー。でも、これくらいは友人同士のスキンシップなのデハ?」
「そうですわよ、レイ。あなたは神経質になりすぎですわ」
「レイは独占欲が強いネ。束縛し過ぎるはノットグッドヨ?」
お前にだけには言われたくないわ。
「Oh、フィリーネ! おはようゴザイマース!」
「お、おはようございます……」
珍しく、フィリーネが私たちよりも後に登館してきた。
心なしか元気がない。
そういえば、彼女は低血圧だったか。
フリーダのテンションに気圧されているように見える。
「フィリーネ、あなたは今日も美しいネ。ワタシは目が幸せデース」
このセリフ、きっと会う女性全員に言っているんだろうなあ。
「ど、どうも……」
フィリーネはたじたじである。
気の毒に。
フリーダのターゲットがフィリーネに移ったので、私はようやくひと心地つけた。
「ドロテーアといいフリーダといい、その攻略対象とやらは一筋縄ではいかなさそうな方ばかりですわね」
「ええ。攻略対象というのはキャラが立っていないといけませんので」
それにしてもレボリリはちょっと登場人物に癖がありすぎる。
実際、レボリリのキャラに対する評価は賛否が分かれている。
もっと普通っぽいキャラが欲しかったとか、王道キャラがいないとか言った意見は多い。
それでもレボリリが名作と言われるゆえんは、シナリオの良さと革命ルートの完成度が素晴らしいからである。
「で、わたくしたちが目指すのは革命ルートでよろしくて?」
「はい」
革命ルートへ入る条件はいくつかあるが、まず最低条件として他の攻略対象の個別ルートに入っていないこと、が挙げられる。
今は五月だから、個別ルートへの分岐はまだまだ先だ。
それでも、現時点のフィリーネの好感度はチェックしておきたい。
「どうやって確かめますの?」
「
私はフィリーネの後ろの席に座っている赤毛の子に声を掛けた。
「あ、レイ。おはよ」
「おはよう。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「うん、フィリーネ様のことなんだけどね」
「フィリーネの?」
私が切り出すと、アナは首を傾げた。
「アナはフィリーネ様と仲がいいでしょ?」
「うん、まあね」
「フィリーネ様って、今誰か好きな人っているの?」
「え、恋バナ?」
アナは身を乗り出してきた。
このアナは無印でいうミシャに当たる子――つまり、主人公の親友ポジだ。
彼女からは色々な情報が得られるが、特に重要なのは攻略対象の好感度情報である。
「そうだねぇ。今は多分、この人が特にっていう人はいないと思うよ」
「そうなの? じゃあ、その中で一番仲が良さそうなのは?」
「やっぱりフリーダじゃないかなあ。フリーダが一方的に好いてる感じではあるけど、引っ込み思案なフィリーネが話す数少ない相手だし」
ふむ、フリーダなのか。
「ドロテーア様とはどう?」
「陛下? 陛下は……うーん。ちょっと上手く行ってないみたいだね。なんかわだかまりがあるみたい」
ドロテーアとはまだまだ、と。
「そうなんだ? ヒルデガルト様とはどう?」
「え、レイってヒルデガルト様と面識あったっけ?」
「ないけど、なんかフィリーネ様が言い寄られてるって聞いたからさ」
「なるほどね。ヒルデガルト様とは……まあ、普通なんじゃない? 一方的に言い寄られてるのはフリーダも同じだけど、ヒルデガルド様はちょっと怖いみたい」
「ふーん?」
まとめると、フリーダ>ヒルデガルト>ドロテーア、くらいの順番で好感度が高いということか。
「ああでも、もっと好印象持ってる人がいるよ」
「誰?」
「クレアだよ」
「なん……だと……?」
ちょっと待って欲しい。
「フィリーネ様、クレア様のこと怖がってなかった?」
「うん、怖いには怖いみたいなんだけど、一方で興味も強いみたい。ほら、フィリーネって優しいけど内気な子でしょ? クレアみたいなタイプには憧れがあるんだよ」
ヒルデガルト様みたいに氷雪系でもないし、とアナは教えてくれた。
これは何やら妙なことになってるぞ。
主人公と悪役令嬢がひっついてどうする。
って、私にそれを言う資格はなかった。
「まあ、クレアにはレイがいるって分かってるだろうから、恋人関係を望むとかそういうことはないと思うよ。飽くまで友人としての興味じゃないかな」
「ふーん……」
とは言え、警戒しておくに越したことはない。
万一、クレア様ルートなんてことになったら、私は血で血を洗う戦いをしなくてはならない。
いや、そんな物騒なことにはならないと信じているが。
「なーんか、妙なことになったなあ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます