第130話 謁見を終えて

「なるほど……、あれが皇帝ドロテーアか。確かに暴君だ」


 ユー様が噛みしめるように言った。

 ミシャが着替えを手伝っている。


 ここはバウアーの留学生団に与えられた寮の一室である。

 寮と言っても学生寮として建てられたものではなく、元々は宿屋だったものを今回の交換留学に合わせて改装したもの、という説明を受けた。

 どの部屋も王立学院の寮より広々としていて、帝国の国力の高さが知れるというものだ。


 ドロテーアとの謁見を終えた私たち四人は、その寮の広間に集まって着替えをしつつ、ドロテーアについて感想を述べ合っていた。


「まさか外交儀礼を一切無視してくるとは思わなかったですね」

「彼女にとってはあれが合理的なんだろう。腹芸に頼りがちな私としては、やりにくいことこの上ない相手だよ」


 礼服をミシャに脱がしてもらいながら、ユー様が溜め息をついた。

 確かに、今日の謁見ではユー様はあまりいいところがなかった。

 ドロテーアに翻弄されたあげく、つまらないとまで言われて、ほとんど無視されていた。


「レイとは相性が良さそうだったね。今度からドロテーアの相手はレイに任せよう」

「そんなこと仰らないで下さい。レイが羽目を外すことが出来たのは、ユー様が最低限の外交儀礼を果たしたからこそです」


 珍しくしょげている様子のユー様を、ミシャが慰めている。

 ホント仲いいんだなあ。


「クレア様、私のことも慰めて下さい」

「なんでですのよ。あなた別に落ち込んでませんでしょ」


 クレア様にじゃれつこうとしたらすげなく却下された。

 悲しい。


「みんなから見たドロテーアの印象はどうだったかな? まず、ミシャ?」


 ユー様が皆から意見を求めた。

 ミシャ思慮深い顔で少し考えてから口を開いた。


「傍若無人ではありましたが、君主としてはあれも一つの形なのかなと思いました」

「というと?」

「下々の意見に真摯に耳を傾けるタイプの君主ではありませんが、確固たる目標を持って皆を引っ張っていくには、あれくらいの性格でないといけないのかもしれません」


 故ロセイユ陛下やセイン様とは真逆のあり方ですね、とミシャは皇帝をそう評した。


「確かにね。ドロテーアは臣下の意見をまとめられないとか、板挟みになって苦悩するとか、そういったこととは無縁そうだね。いい意味でも悪い意味でも迷いがない」

「はい」

「単純に言えば独裁者なんだろうけど、ただの独善者ではないし、民をないがしろにしているわけでもない。ミシャ言うとおり、あれも一つの君主の形なのかもね。クレアはどう?」


 水を向けられて、クレア様は顔を曇らせた。


「私とは相容れない、と思いましたわ」

「それはどういった意味で?」

「価値観の相違ですわね。ドロテーアには相手に対する敬意というものがほとんど感じられませんもの。礼節を軽んじる方は、わたくし嫌いですわ」


 以前クレア様は、メイとアレアに礼儀作法というものを説明する際に、礼儀作法を知らないということは服を着ていないのと同じ、と説明していた。

 古き良き貴族の価値観を有するクレア様にとって、あの傍若無人さは許しがたいものがあるのだろう。


「ただ、魅力的な人物である、と評される理由も少しは分かりますわ。ああいった人物について行きたいと思う人もいるのでしょう。特に、能力はあっても目的に迷うような人にとっては」


 それは帝国の能力主義の根本を表してもいるようだった。

 明確な目的を皇帝が設定し、国民はその目的の実現のために協力・邁進する。

 そのためなら国籍は問わず人材を登用し、差別などは決して許さない。


「そうだね。正直、私も自分では目標を設定出来ないタイプだから、ああいった人物に一種の憧れはあるよ。私たち王子王女の中では、ロッド兄さんが一番近いかな」


 確かにロッド様とドロテーアには近いものを感じる。

 どちらも周りを引っ張っていくタイプだし、自分からぐいぐい行くところも似ている。


「レイはどう思った?」

「なんか……子どもみたいな人でしたね」

「……子ども?」


 私の感想はあまりよく伝わらなかったのか、ユー様が首を傾げた。

 ミシャやクレア様も怪訝な顔をしている。


「だってそうじゃないですか。したいことをする。周りの言うことを聞かない。その癖、周りの人には手伝って貰う。子どもそのものだと思いますけど」

「……その考え方は盲点だった」


 ドロテーアはもう大人だし、怖さを感じる美貌に誤魔化されがちだが、私の第一印象はそんな感じだった。

 ユー様は苦笑しつつも、確かにそういう側面もあるかも、と頷いてくれた。


 ドロテーアはその立場もあって色々と神格化されているし、その振る舞いによって翻弄されてしまうが、彼女の核の部分はシンプルだと思うのだ。

 彼女が言っていた合理的というのも、あれは多分、自分のしたいことをして余計なことはしたくないという、ただそれだけのことなのではないだろうか。


「まあ、曲がりなりにも国の頂点にいるわけですし、そんじょそこらの子どもとはわけが違うとは思いますが、それを言うならウチの子たちだって凄いですし」

「それは親馬鹿発言と受け取っておくよ」


 ユー様が苦笑する。

 親馬鹿じゃないんだけどなあ。


「結局、皇帝の魅力が魔法ではないか、という疑いは晴れたということでいいんですの?」

「そうだろうね。あれは単純に、彼女が魅力的であるというだけの話なんじゃないかな。確かに彼女にはカリスマ性がある」


 レイには通じなかったようだけどね、とユー様が笑った。


「せっかく持って来た月の涙だけど、無駄になってしまったね」

「いえ、ここは敵国です。これからまだ使う機会がないとも限らないかと」


 指輪を仕舞った箱を手で弄びながら言うユー様の一言に、ミシャが異を唱える。

 残念ながら、ミシャの言う通りだろう。

 油断は出来ない。


「ともかく、みんなお疲れ様。明日からは帝国国学館だね。今夜は十分に休んで、明日からに備えて」


 ユー様の言葉で、その場はお開きになった。


「クレア様、お疲れになっていませんか?」


 部屋へ戻る道すがら、私はクレア様を気遣った。

 運動能力は人一倍高いし体力もあるクレア様だが、王国からの長旅に加えてあの謁見だ。

 気疲れくらいはしているのではないか、と思ったのだ。


「大丈夫ですわ。ありがとう」

「ホントですか? 強がっていません?」

「レイに強がってどうしますのよ。本当に平気ですわ。それより、荷物はもう部屋に届いていますかしら?」

「ええ、そのはずです。メイとアレアが悪戯してないといいんですけど」


 言いながら、私は部屋のドアを開けた。

 広々とした部屋が目に飛び込んでくる。

 室内には荷物が運び込まれており、メイとアレアの姿は見えなかった。


 クレア様と私、そしてメイとアレアは同じ部屋で寝泊まりすることになっている。

 ユー様が気を利かせて大部屋を譲ってくれたのだ。

 バウアーの我が家ほどの愛着は持てないだろうが、今日からここが仮の我が家である。


「メイー、アレアー?」

「はーい!」

「はいですわー!」


 二人を呼ぶと、奥から二つの小さな人影が駆けてきた。

 そのままクレア様の胸に飛び込む。


「どーん!」

「おかえりなさいですのー」

「ただいまですわ、メイ、アレア。いい子にしていまして?」

「うん!」

「もちろんですわー」


 結構長い時間二人だけで待たせてしまったはずだが、メイもアレアも特に気を悪くした様子はない。

 考えてみれば、王国でもクレア様と二人で家を空けて留守番して貰うことも多かったし、このくらいは大したことはないのかもしれない。


「さ、ご飯にしましょう。レイ、お願い出来る?」

「任せて下さい」


 皇帝との謁見という堅苦しいイベントで辟易していた所だ。

 クレア様や子どもたちだって疲れていないはずがない。

 今日は腕によりを掛けよう、と思いながら、私はキッチンへ向かうのだった。

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