第125話 帝国籠絡作戦

「……派生作品……?」

「はい」


 一家で帝国に乗り込むと決めた次の日の夜、私はクレア様にこれからの計画について相談していた。

 メイとアレアは既に寝ている。

 リビングのテーブルには、私が用意したが広げられていた。


「革命の際にご説明しましたが、私はこの世界で起きることについて、ある程度事前知識があります」

「そう言ってましたわね。予言書のようなものを前世で見た、とかなんとか」

「そうです」


 実際には乙女ゲームなのだが、クレア様にはそう伝えた。


「その予言書はRevolutionというのですが、それの派生作品にRevolution Lily Sideというものがあったんです」


 Revolution Lily Side――通称、レボリリは乙女ゲームであるRevolutionから派生した別作品である。

 タイトルからお察しのことと思うが、レボリリは百合ゲームである。

 実は私はRevolutionよりも先にこのレボリリの方を先にプレイしていたのだ。

 私はゲームならほぼなんでもござれな雑食のオタクだったが、自身の性的指向もあって百合ゲームも嗜んでいた。

 当時はまだ百合ゲームはそれほど数が多くなかったのだが、そんな中で名作百合ゲームとして名高かったのがレボリリである。


「Revolution Lily Side――長いのでレボリリと略しますが、レボリリには帝国についての情報がありました。それを活用していこうと思います」


 レボリリはRevolutionが人気を博してから作られた数ある派生作品の一つで、ナー帝国を舞台としている。

 主人公は帝国の皇女となって、帝国の皇帝や官僚、学校の同級生などと恋愛を繰り広げるのだ。

 もちろん、主要登場人物は全て女性である。

 私はまずこのレボリリをプレイしてから、そこにゲスト出演していた国外追放されたクレア様にハマり、Revolution無印をプレイした、という流れなのだ。


「帝国の皇女はフィリーネというんですが、彼女を上手く誘導すると、帝国が体制崩壊します」

「そ、そんなことが出来ますの?」

「出来ます」


 これはレボリリにおける革命ルートである。

 レボリリは普通に攻略対象と恋愛を楽しむことが出来るのだが、それ以外に無印と同じく誰とも恋に落ちないが革命の旗印となって帝政を打倒する、というルートがあるのだ。

 丁度、私がバウアーでの革命の際に利用したルートと同じである。


「まあ、帝国を体制崩壊させてしまうと、それはそれで色々問題があるので、そこは追い追い考えますが、ひとまず目標として帝国の侵略体質をなくすことを掲げましょう」

「異論はありませんわ」


 クレア様からしたら雲を掴むような話に感じられているのに違いないが、それでも彼女は私の意見に同意してくれた。


「好きです」

「な、なんですの、いきなり」

「いやあ、信頼されてるなあって思いまして」

「当たり前じゃないですの」

「くふふ」


 クレア様の愛情を再確認したところで私は続ける。


「帝国の無力化に当たって、キーとなる人物は何人かいますが、一番重要なのはこのフィリーネです」


 私は資料にある名前一覧の一つを指さした。


「彼女は基本的に大人しく、引っ込み思案で、気の弱い子です」

「そんな人が革命なんて起こせるんですの?」

「いや、そういう子が成長していくのが面白いんじゃないですか」

「……成長? 予言書の話ですわよね?」

「ああ、失礼。こちらの話です」


 これは多分に独断と偏見が入った話になるが、乙女ゲームの主人公というのは、没個性というか中身の薄い子が少なくない。

 個性が強すぎるとプレイヤーが感情移入しづらいかららしいが、私はあまりこのタイプの主人公が好きではない。

 レボリリの主人公であるフィリーネも最初はその没個性的な主人公のように振る舞うのだ。

 ところが、物語が進行する内に、フィリーネはどんどん自立した一人の女性として成長していく。

 攻略対象とのストーリーでもその傾向は強いが、一番の見所はやはり革命ルートである。


 ちなみに、ゲスト出演のクレア様は、フィリーネの最大の障害として立ち塞がる。

 無印と同じく悪役令嬢ポジだが、無印よりもカッコイイシーンが多い。

 フィリーネに断罪されて処刑されるシーンで、高笑いしながら首をはねられるシーンは、何度見たか分からない。

 ……まあ、その度に三日くらい鬱になるんだけどね。


「まあとにかく、私たちはフィリーネと接触して、彼女を上手いこと誘導する必要があります」

「分かりましたわ。それで、わたくしは何をすればいいんですの? レイばかりに仕事を押しつけるわけにはいきませんわ」


 頼もしいことを言ってくれるクレア様。

 一人で奮闘していた革命前とは雲泥の安心感だ。

 これなら何でも出来そうな気がする。


「まず、私が知っている歴史と、今の歴史との違いから確認しますね。私の知っている歴史では、クレア様は帝国の有力貴族です」

「帝国の!? どんな流れになったらそんなことが起きますの!?」

「まあ、そこは端折ります」

「気になりすぎるんですのよ!?」

「端折ります」

「……解せませんわ」


 だって、長くなるんだもん。


「とにかく、今のクレア様とはお立場が違います。予言書のクレア様はどちらかというと帝国の体制側ですが、今のクレア様は真逆ですからね」

「そうですわね。だとすると、レイの知識は今回あまりアテには出来ませんの?」

「以前の革命の時と比べれば確かに。でも、何の役にも立たないということはないと思います」

「頼りにしてますわ」


 どうしよう、超嬉しい。

 脈絡なくクレア様を抱きしめたくなったが、真面目な話の最中なのでぐっと我慢する。


「まあ、そんなわけで、クレア様はお立場が違うのですが、それはそれで逆にやりやすくもあるんです」

「どういうことですの?」


 クレア様が首を傾げて続きを促す。

 はい可愛い。


「フィリーネは内気な子ですが優しい子でもあるので、今の帝国の侵略的な外交方針には否定的なんです」

「それで?」

「そんな彼女にとって、帝国に真っ向から反対し無血革命を成し遂げたクレア様は、かなり魅力的に映るでしょう」

「そうかしら……?」


 クレア様は首をひねっている。


「まあ、話はそこまで単純ではないとは思いますが、少なくとも彼女は関心は持ってくれるはずです。そこを利用しましょう」

「なんだか無垢な子につけ込んで騙す、悪い大人みたいになってますわよ、レイ」

「実際、大差ありません。なりましょうよ、悪い大人に」

「……まあ、なりふり構っていられませんものね」


 とりあえず、クレア様も大体の方針には賛同して貰えるようだ。

 クレア様が紅茶を一口飲むのを見ながら、私は続ける。


「私たちは交換留学生として帝国に行くので、恐らくそこでフィリーネと接触出来ます。そこからは流れですね」

「結構、行き当たりばったりなんですのね」

「臨機応変と仰って下さい。それと、クレア様にはこれから私が書き出したレボリリの内容を徹底的に頭にたたき込んで貰います」

「いいんですの? 確か、わたくしが知ってしまうと、レイのアドバンテージが消えてしまうとかなんとか言ってませんでした?」


 クレア様、よく覚えてるなあ。


「あの時はことがクレア様ご自身のことだったからですよ。今回は二人で協力してフィリーネを攻略しましょう」

「その攻略っていう言い方はやめなさいな。なんかやらしいですわ」

「……クレア様のえっち」

「そう、火傷したいんですのね?」

「冗談です、クレア様。マジックレイは勘弁して下さい。家が燃えます」


 頭上に浮かんだフランソワ家の紋章に怯えつつ、私はクレア様をなだめた。


「まずはフィリーネに関する事柄からいきましょう。結構ありますよ」

「覚えるのは得意ですわ。任せてちょうだい」


 そうして、その日から私たちの帝国籠絡作戦が始まったのだった。

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