第122話 実力試験

 王立学院では毎年この時期に実力試験がある。

 クレア様と私が最初の勝負をしたのもこの試験だ。

 革命後、王立学院では様々な改革が試みられているが、実力試験があるのは変わっていない。


「ではまず、教養の試験から始めます」


 私はといえば、今日は試験の監督官である。

 学生たちに試験問題を配り、不正がないかを監視する役目だ。

 彼らの様子を観察すると、緊張している者が六割、普段と変わらない者が三割、残り一割がその他といった感じである。


 実力試験自体は変わらずあるのだが、試験内容には変更が加えられている。

 まず、礼法の試験がなくなった。

 これは王国から貴族制度が廃止された影響が大きい。

 特権階級には欠かせない礼儀作法も、貴族制度がなくなった今、必須科目ではなくなった。


 代わりに、魔法力の試験が二種類に分割された。

 それぞれ基礎魔法力試験と魔道具操作試験である。

 これらについての詳細は、以前のクレア様と私が受けたものを思い出して貰えれば幸いである。

 それぞれが独立したのだ。


 学生たちが今受けている教養の科目も、基本的には従来と変わらない。

 学院は次世代を担う人材を育てる所だから、そういった人たちにはある程度教養も求められるからである。

 ただ、問われる教養の内容には若干の変更がある。

 特に歴史に関する設問は、大昔の歴史に関するものが削られ、その分近現代に関するものが増やされている。

 この辺りの流れは、二十一世紀の日本と同じ事情と言えるかも知れない。


「制限時間は六十分です。それでは……始め」


 学生たちが一斉に試験用紙を表替えした。

 その後はカリカリと鉛筆の音だけが静かに響いた。


「……」


 王立学院に入学を許されるような優秀な学生が、カンニングなどという安易な不正をするとも思えないが、一応仕事なので監督作業は真面目にする。

 私は魔法阻害の魔道具がきちんと作動しているかどうかを確認した。

 問題なく作動している。

 これは主に風魔法の念話を想定した不正対策である。

 マナリア様が以前使っていたのをご存知のことと思うが、念話を使うと術者間で不正がやりたい放題になってしまう。

 それ以外にも学院が想定していないような魔法による不正が行われないとも限らない。

 そういったことがないように、教養の試験中は魔法の使用は一切禁止されている。


「……」


 音を立てないように気を付けながら、ゆっくりと学生たちの間を歩く。

 何人か、私の担当する魔法実技を履修している学生の姿が見えた。


 まず、ラナ=ラーナ。

 例のやたら私にアプローチを掛けてくる子である。

 試験開始からまだそれほどたっていないのに、ラナの答案用紙は半分以上が埋まっていた。

 勉強は苦手と言っていたけれど、あれは謙遜だったんだろうか。

 と、思っていたら、鉛筆を転がし始めた。

 うぉい。


「~~~♪」


 そのままどんどん回答欄を埋めていくラナ。

 結果は期待出来そうもない。


 次に姿を見つけたのは、同じくユークレッド出身のイヴ=ヌンだった。

 彼女の答案は三分の一ほどが埋められている。

 軽く流し読みした限り、全て正解だった。

 優秀である。


 ふと、イヴと目が合った。


「……!」


 また憎しみのこもった目で睨まれてしまった。

 ラナによると、私はイヴの恋人を奪ったことになっているらしいが、ホントどうしてそんな誤解が生じているのやら。

 イヴとは一度じっくり話し合いたいのだが、今のところその機会には恵まれていない。


 最後に目に付いたのはヨエル=サンタナ。

 ヨエルは髪をがしがしと書きながら答案用紙に向かっている。

 どうも苦戦しているらしい。

 答案用紙を盗み見ると、まだほとんど埋まっておらず、埋まっている回答にもちらほらと間違いが見受けられる。

 勉強は苦手と言っていたのは謙遜ではないらしい。


 その後は特に問題も起きず、教養の試験は終わった。

 私は解答用紙を回収して、職員室に戻った。


「あ、クレア様」

「レイ。監督役お疲れ様ですわ」


 クレア様がいた。

 答案を抱えているところを見ると、彼女も教養の試験監督を終えた後らしい。


「クレア様もお疲れ様です」

「今年の学生は優秀ですわね。平民とは思えない正答率ですわ」

「クレア様、平民ではありません。市民です」

「おっと。そうでしたわね。失礼しましたわ」


 おほほと誤魔化し笑いするクレア様。

 ちょっと抜けているところも素敵です。


「クレア様のクラスは優秀な子が多いですから。私が見た限りでは普通でしたよ?」

「そうなんですの?」

「はい」


 学院が行った改革の一つに能力別クラス編成というものがある。

 学力に合わせてクラス分けをするというものだ。

 これには反対意見も多かったが、最終的には校長であるトリッド先生が押し通した。

 トリッド先生のことを忘れている方も多いと思うので説明しておくと、彼は王国唯一のトライキャスターであり、王国の魔法文化に多大な貢献をした人物である。


 先生はかねてより学生を画一的にクラス分けすることに反対だったらしい。

 理想としては学生たちを公平に扱うのがいいのだろうが、実際問題として素養や能力には個人差がある。

 その差を無視して同レベルの講義を行うことは、結局、学生たち全てにとって不幸なことだ――というのがトリッド先生の持論である。


 これには私も概ね賛成だ。

 人それぞれレベルにあった授業を受けた方が、絶対に伸びると思う。

 ある段階で躓いている者が、その躓きを放置したままさらに上の段階の授業を受けても良くはならない。

 クレア様はまた別の意見を持っているようだったが。


 と、そんなことを考えつつ、答案用紙を採点係の先生に渡した。


「次は基礎魔法力ですね」

「ええ。今年はどんな逸材が隠れているか、とても楽しみですわ」


 そんなことを言うクレア様は、本当に楽しそうだ。

 クレア様はそれまで日の目を見なかった才能に光を当てることを、無上の喜びにしている。

 以前、自分は教師に向いているかもしれない、というようなことを言っていたが、私も本当にそう思う。

 もっとも、クレア様の場合、期待が大きすぎて教え方が少しばかりスパルタなのが玉に瑕なのだが。


「クレア様、楽しそうですね」

「? ええ。何かいけませんこと?」


 私の一言に、クレア様が不思議そうな顔をした。


「いえ、いけないことはないんですが」

「じゃあ、なんですのよ」

「……いえ、やっぱりいいです」

「なんですのよ。ハッキリ仰いな」


 クレア様が私を促した。

 えー、でもなあ。


「引きません?」

「引くようなことですの?」

「質問に質問で返すのはよくないですよ」

「それを言うなら、最初に質問したのはわたくしですわ。いいから、言いたいことがあるなら仰いなさいな」


 うーん。

 いいや、言っちゃえ。


「寂しいです」

「は?」

「クレア様が毎日充実した教師生活を送っていらっしゃるのは、私としてもとても嬉しいことですが、構って貰える時間が減ったのは単純に寂しいでもがもが」

「ちょ、ちょっとちょっと……!」


 クレア様が慌てて私の口を塞いだ。


「レイ! ここは学院、それも職員室ですわよ!? 突然なにを言い出しますの!?」

「もがもが」

「ああ、ごめんなさい」


 クレア様が手を離してくれた。


「別にいいじゃないですか。隠しているわけでもなし」

「そういう問題じゃありませんわよ」


 クレア様と私は二人の関係を別に隠していない。

 大っぴらにアピールしているわけでもないが、それでも同僚たちのほぼ全員が知っていると思う。

 中には私たちが学院生だった頃からいる先生もいるので、私の熱烈なアプローチを見ていた人も少なくない。


「公私のけじめはつけなさいな。性的少数者が性的な側面だけを強調して見られるのは、レイも嫌うことでしょう? 自ら偏見を助長するようなことしてどうしますのよ」

「だってー」


 クレア様の言うことは全面的に正しい。

 でも私、相当我慢したよ?

 クレア様成分の供給不足が限界なのだ。


「……はぁ……。今日一日我慢なさいな。帰ったらたっぷり可愛がって上げますから」

「ホントですか!?」

「嬉しそうに。レイってば、時々メイやアレアよりも精神年齢が幼く見えることがありますわよ?」

「クレア様にバブみを感じる」

「バブみ……?」

「いえ、なんでもないです」


 いけない。

 自重、自重。


「約束ですよ、クレア様」

「はいはい。だから真面目にお仕事なさいね?」

「もちろんです!」


 私は午後の魔法関連の試験監督も真面目に勤め上げた。

 その日の夜は久しぶりにクレア様を堪能しましたとさ、まる。

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