第109話 拒絶
旧貴族院議会第二庁舎――それがクレア様の身柄が捕らえられている場所だった。
歴史のある古い建物で、王国の国宝にも指定されている建築物でもある。
正面の門はゴシック調めいた装飾が施された大きなもので、その前には衛兵が四人立っていた。
「……! そこのお前、止まれ」
その門に向かって無造作に近づいていく私に、衛兵の一人が気づいて声を掛けてきた。
私は制止を無視して門を目指す。
「レイ=テイラーだな? この建物に近づくことは許されていない。帰れ」
衛兵たちは門の前で陣形を組んでこちらを威嚇している。
身につけている鎧は、一昔前の遺物ではなく魔道具なのだろう。
帯びている剣も恐らく魔道具に違いない。
魔道具で完全武装した衛兵……少し厄介だな、と私は思った。
「私はただ、クレア様にお目に掛かりたいだけです。通して頂けませんか?」
「ダメだ。お前だけは決して通すなと、上から言われている」
「……そうですか」
ならば仕方ない。
「じゃあ、押し通ります」
私は土属性魔法で衛兵四人の足下に落とし穴を作った。
重装備の衛兵たちの姿が地面に消える。
「そう簡単には行かないぞ!」
だが、衛兵たちはすぐさま穴から這い出してきた。
のみならず、そのまま空中に浮かんだ。
風属性魔法の使い手か。
魔道具のフルプレートともなれば重さも相当なものだろう。
機動力を保つために、武装した衛兵に風属性魔法の使い手が選ばれることは多いと聞く。
知り合いの中では、セイン様の戦闘スタイルが一番近い。
「無駄な抵抗はやめろ!」
「……無駄な抵抗? いいえ、これは一方的な蹂躙です」
私は魔法杖を向けて、水属性魔法を放った。
「ジュデッカ」
四人の衛兵が瞬時に凍結した。
「アースパイク」
そこに地面から土槍がつき上がる。
以前、マナリア様と戦ったときに使った連続魔法コキュートスである。
規格外なマナリア様だからこそ簡単に対処できたのであって、初見でこれに対応出来る者はまずいない。
ゲームのヒロインであることの強みを最大限に使った攻撃に、四人の衛兵が倒れ伏した。
魔道具の防具がなければ、それこそ命に関わる威力の魔法だ。
もちろん、手加減はしているので殺してはいないが、それでも、しばらくは身動き一つ取れないはずだ。
「なんだ!? 何事だ!?」
「敵襲! 敵襲ー!」
外の騒ぎに勘づいたのか、建物の中から次々と衛兵が出てくる。
その全てが魔道具とおぼしきフルプレートを身にまとっている。
面倒だな。
「アースファング」
地面からいくつも巨大なトラバサミのようなものが現れ、衛兵たちをその顎にくわえ込んだ。
その場に縫い止められる衛兵たち。
「ぐぬぬ……!」
「そこでおとなしくしていて下さい」
私はそのまま衛兵たちをやりすごし、庁舎の中に入ろうとした。
しかし――。
「おいおい、しっかりしてくれよなー」
聞き覚えのある明るい声と共に、アースファングが元の土塊に戻っていく。
「来ると思ってたぜ」
「リリィ様……」
まるで散歩に行くかのような気軽さで、建物の中から現れたのはリリィ様だった。
「クレアを捕らえたのに、お前が来ないわけないよなー。こっちもそのつもりで俺が配置されてるってわけだ」
「クレア様を返して下さい」
「おかしなことを言うな、お前? クレアは自分の足でこちらにやって来たんだぜ? 手出しをしないっていう約束までしてやったのに。返しては違うんじゃないかなー?」
けたけたとリリィ様が笑う。
愛らしい本来のリリィ様とは違い、その顔はただただ憎たらしいだけだった。
「御託はいいです。どいて頂けないなら、押し通るまで」
「やってみなよ。さあ、衛兵ども、給料の分は働いて貰うぜ」
リリィ様のその言葉と同時に、衛兵たちがこちらに殺到する。
その数、十二人。
「ジュデッカ!」
衛兵たちが凍結して動きを止めた。
私はすかさずアースパイクで追撃しようとするが――。
「甘ぇよ」
コキュートスが完成する前に、凍結はリリィ様によって瞬時に解除された。
動きを取り戻した衛兵たちが素早くアースパイクを避ける。
衛兵たちの練度は決して低くない。
近衛兵ほどではないにせよ、この人数であれば大抵の相手を圧倒できる技量があった。
加えて今はリリィ様のサポートがある。
リリィ様は攻撃魔法こそ使ってこないものの、こちらの魔法を瞬時に解除してくる。
まるでマナリア様と戦っているかのようだ。
「そこだ!」
「……く……っ!」
振り下ろされた剣をとっさに魔法杖で受け止める。
以前にも話したとおり、私の白兵戦の技量は決して高くない。
勝負するなら、飽くまで魔法でだ。
「ジュデッカ!」
凍結の魔法で再び衛兵たちの動きが止まる。
私はその隙に距離を取るが、凍結はリリィ様によって即座に解除されてしまう。
このままではジリ貧だ。
「レレア!」
私はポーチからレレアを出すと、その身体に向かって魔法を唱えた。
「ジュデッカ!」
私の魔法を受けて、レレアは凍結――しない。
代わりにその大きさが五倍ほどに増えた。
ウォータースライムは水魔法を吸収する特性があるのだ。
「な、なんだ!?」
「魔物だ!」
「ウォータースライムか!」
衛兵たちが一瞬動揺する。
そこに――。
「グォーーー!」
レレアのヘイトクライが炸裂する。
衛兵たちが身動き出来なくなるのが見て取れた。
「レレア、リリィ様を飲んで!」
私の指示でリリィ様に襲いかかるレレア。
しかし――。
「だから甘ぇって」
リリィ様は余裕綽々でレレアの体を避けた。
元々、ウォータースライムはそれほど動きが機敏ではない。
サーラスの最高傑作として作られたリリィ様の動きについて行けるはずもなかった。
でも、チャンスはここだけだ。
衛兵たちがレレアのヘイトクライから回復してしまえば、もうこちらに勝ち目はない。
ここはなんとしてもリリィ様を倒すしかないのだ。
「アブソリュートゼロ!」
マナリア様と戦ったときにはまだ使えなかった、水の超適正最大の攻撃魔法である。
対象を瞬時に凍結させ、そのまま破砕する凶悪な魔法だ。
私はそれを、リリィ様の魔法杖に向かって放った。
魔法杖さえなければ、いくらリリィ様とて魔法は使えない。
しかし――。
「だから甘ぇって」
私のアブソリュートゼロは空を切った。
リリィ様はすさまじい速度で距離を詰めると、魔法杖を持つ私の腕を取り地面に組み敷いた。
「そう何度も魔法を使わせるかっての」
身動きの取れない私の上で、リリィ様がそう嘲笑った。
動きの止まったリリィ様に、レレアがのしかかろうとするが、
「お前は大人しくしてろ」
私を組み敷いたままリリィ様が器用に杖を操ると、レレアの体が元のサイズまで小さくなる。
「さて、このまま殺してもいいわけだが」
「くっ……!」
絶体絶命だった。
私にはリリィ様を振りほどく技術などない。
そんなことは、恐らくクレア様でも無理だ。
こんなことで……こんなことで終わってしまうの……?
私は無力感にさいなまれながら唇を噛んだ。
「ぐ……、お前……!」
突然、リリィ様の戒めが解けた。
リリィ様は頭を押さえて苦悶しているようだった。
理由は分からなかったが、私は素早く魔法杖を拾い上げると、リリィ様の体を氷弾で跳ね飛ばした。
私はレレアを回収すると、そのまま建物の中に躍り込もうとした。
そこに――。
「!?」
一筋の閃光が走った。
それは私の行く手を阻むように、私と建物の間の地面を真一文字に焼き切った。
これは――。
「クレア……様……?」
見上げれば、建物二階の窓が割れ、そこに毅然とした顔で立つクレア様の姿があった。
その顔は険しく、私を責めているように見えた。
地面を抉ったのはクレア様のマジックレイだ。
これは……これは――。
(拒絶、だ)
私がいくら救おうとしても、クレア様自身がそれを望んでいない。
私のあがきは、全て余計なお節介にしかならないのだ。
「――!」
私が愕然としていると、第二射が放たれた。
それはまるで、私を遠ざけようとしているかのようだった。
「クレア様……そんなに……そんなに私が……?」
私の問いに答えることもなく、クレア様は窓から姿を消した。
クレア様からの明確な拒絶に、私は力なく膝を折った。
私はその後、しばらくの記憶がない。
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