第101話 急転直下

「サーラス! リリィ枢機卿に何をしましたの!」


 豹変したリリィ様を油断なく警戒しながら、クレア様がサーラスを問い詰めた。


「そっちの平民は二重属性持ちデュアルキャスターでしたね」

「わたくしの質問に答えなさい!」

「答えていますとも。学院時代の私の専門は暗示でね。テーマは“多重属性の人工的な実現”だったんですよ」


 サーラスは昏い笑みを浮かべながらそう言った。


「近衛兵、サーラスとリリィを取り押さえよ」


 陛下が告げると、近衛兵がサーラスとリリィ様を取り囲んだ。

 しかし――。


「こんなザコどもに俺が止められるかよ」


 どこに隠し持っていたのか、小ぶりのナイフを一閃すると、近衛兵たちが一気に押される。

 こう書くと近衛兵たちが本当に小者にしか見えないかも知れないが、近衛兵に配属されるのは王国選りすぐりの精鋭である。

 一対一ならともかくこの人数を相手に立ち回ったら、私はおろかクレア様でもまず負ける。

 近衛兵たちが弱いのではない。

 リリィ様が規格外なのだ。


「リリィ枢機卿、おやめなさい!」

「ムダですよ。あれはリリィであってリリィではない」


 くっく、とサーラスは笑う。


「二重属性を人工的に作り出す……その試みは半分だけ成功しました」

「どういうことですか?」


 私が問うと、サーラスは出来の悪い生徒に説明するような口調で続ける。


「私は暗示によって人の中にもう一つの人格を作り出すことに成功しました。そして、現れた新しい人格は、新たに魔法適性を獲得することが分かったのです」


 つまり、こういうことか。

 リリィ様は水の適性を持っていた。

 そこにサーラスが暗示を掛けて新たな人格を生成し、別の属性を持たせることに成功した。

 ということは――。


「あの仮面の男の正体は、リリィ様だった、と?」

「その通り。私に対する不正追及をしながら、その実、その捜査情報は私に筒抜けだった、というわけですよ」


 最後の最後に裏をかかれましたがね、とサーラスは苦笑した。


 そういうことか。

 サーラスの部屋で最初に帳簿を調べたとき、何一つ欠点のない完璧な帳簿だったのは、リリィ様経由でサーラスに情報が漏れていたからか。


「でも、姿が全然違いますわよ! 変装程度でどうにかなるような差では……」

「多分、魔道具です。ほら、ユー様の事件の時に、リリィ様から借りたじゃないですか」


 私がユー様と入れ替わるときに使ったものだ。

 あの時はなんであんな便利なものをリリィ様が持っているのかと思ったが、元々、こっちが本来の使い方だったということだろう。


「自分がこんな状態であることを、リリィ様はご存じなんですか?」

「知らないですよ。知っていたら、あの子は自ら命を絶ってしまうでしょうからね」


 なんという残酷なことをするのか。

 あの心根の優しいリリィ様を、自らの駒にするために暗殺者に仕立てるとは。


「さあ、リリィ。こいつらを全員始末しなさい」

「簡単に言ってくれんなあ。ここにはレイとクレアがいるんだぜ?」

「お前ならなんとか出来るでしょう」

「出来なくはないが、てめぇの安全を保証できねぇぞ?」

「ふむ……」


 近衛兵を一人、また一人と倒しながらサーラスと会話するリリィ様は、完全に別人のようだった。

 その口調をどこかで聞いたことがあると思ったが、時折リリィ様が漏らしていた罵声に近いようだった。

 もしかしてあれも、暗示や人工的な二重属性が原因となった弊害のようなものではないだろうか。


「ならリリィ。ここは脱出を優先することにしましょう」

「逃しませんわよ!」


 クレア様の方を見ると、その周囲にフランソワ家の紋章が浮かんでいた。

 マジックレイの発射態勢に入っている。


「サーラス、リリィ枢機卿。わたくしのこの魔法は手加減が出来ませんわ。命が惜しければ投降なさい」


 クレア様は二人を視界に収める位置に移動しながら、そう警告した。


「だ、そうですが?」

「お前もちっとは働けよ……な!」


 リリィ様は自分を取り囲む近衛兵の最後の一人を打ち倒すと、サーラスを囲む近衛兵たちに斬りかかった。


「やめなさい、リリィ枢機卿! 次に戦闘行動を起こしたら撃ちますわ!」

「やってみな」

「!」


 クレア様の最後通告にも関わらず、リリィ様はナイフを止めなかった。

 クレア様は一瞬だけ躊躇したようだが、


「……くっ、ごめんあそばせ!」


 やむなく、リリィ様にマジックレイを放った。

 しかし――。


「なんですって!?」


 マジックレイの光はリリィ様を焼き貫くことなく、その直前で幻のように消えてしまった。

 火炎槍レベルならともかく、マジックレイすら無効化するとは、やはりリリィ様はスペルブレイカーを……?


「このリリィは私の最高傑作でしてね。マナリア王女には及びませんが、勝るとも劣らない魔法を使うんですよ」


 サーラスが愉悦に染まった笑みでそう言う。


「スペルブレイカーではないんですか?」

「あそこまで常識外れな魔法ではありません。このリリィの適性は風の高適正。得意な魔法は時間操作です」


 時間操作か!

 仮面の男と最初に会った平民運動の時、やつは私が破壊したはずの魔鈴を復元して見せた。

 あれは要するに、魔鈴の時間を巻き戻した、ということなのだろう。


「最高傑作、と仰いましたね? つまり、リリィ様だけではないんですね?」

「当たり前ですよ。我が子で最初に試す親がどこにいますか。リリィに施術したのは、研究が完成してからですよ。もっとも――」


 そこでサーラスは言葉を切って、


「研究完成の為には随分掛かりました。廃人となった孤児は、十や二十じゃ効かないでしょう」


 涼しい顔でおぞましいことを平然と口にした。


「この外道!」


 クレア様はサーラスをきっと睨むと、マジックレイをサーラスに向けて放った。


「おっと」


 近衛兵を全て打ち倒し、リリィ様がすんでの所でマジックレイを無効化した。

 恐らく、マジックレイを時間逆行させ、魔力に戻して霧散させているのだろう。


「レイ、サーラスを狙いなさい! 手数重視で!」

「はい!」


 私は氷矢を二十ばかり生成すると、サーラスを取り囲むようにそれを放った。


「ちっ……、さすがに戦いなれてやがんな」


 氷矢は無効化されるが、リリィ様はサーラスの元から動けない。

 足止めは可能だ。

 クレア様と私はサーラスとリリィ様に立て続けに魔法を放ち、リリィ様はそれを無効化する。

 状況は膠着状態に陥った――かというと、そうでもない。


「諦めなさい、リリィ枢機卿」

「なんでだ?」

「このままなら、あなたの方が先に魔力切れになります」


 そうなのだ。

 向こうはリリィ様一人、こちらはクレア様と私の二人がかりだ。

 しかも、使っている魔法はこちらは基本の魔法矢である。

 時間操作で消費する魔力量がどんなものかは分からないが、魔法矢よりも少ないということはないだろう。


「リリィ様、もう、やめて下さい」

「俺だって別に好きでやってるわけじゃあ、ねえけどな」

「なら!」

「けどよ」


 そこでリリィ様は言葉を切って、


「こんなんでも、父親なんだわ」


 懐からポーション瓶を取り出すと、ひと思いにあおった。


「まさか、カンタレラ!?」


 すわ、ルイ戦の再現かと思いきや、そうではなかった。


「違げーよ。こいつは超級の魔力回復ポーションだ」

「そんな貴重品、いくらも持っていないでしょう」

「ところが、俺の場合はなんとかなっちまうんだな、これが」


 リリィ様はポーション瓶に視線を送ると、それを強く見つめた。


「!? そんなインチキ!?」 


 殻のポーション瓶がみるみるうちに満たされていく。

 おそらく、時間を巻き戻したのだろう。


「まあ、こういう使い方も出来るわけだ」

「くっ……」


 これはまずい。

 超級の魔力回復ポーションは魔力をほぼ完全に回復する。

 このままだとじり貧になるのは私たちの方だ。


「つっても、このままじゃあ、長期戦は覚悟しねぇとなあ」

「……」


 クレア様とともにリリィ様を油断なく警戒する。

 その時――。


 地面が、激しく揺れた。


◆◇◆◇◆


 突然の揺れに誰もが動揺する中、おそらく私だけが違うことを考えていた。


(そんな……早すぎる!)


 私には揺れの正体が分かっていた。

 ロッド様やリリィ様が危惧していた、サッサル火山の噴火による地震である。

 私は次に起こることを予想してクレア様を押し倒すと、そのまま彼女をかばうように地面に伏せた。


 ガシャン、と音がして謁見室の窓ガラスが割れた。

 室内に無数の石つぶてが飛来する。

 噴石である。


「一体、何が……」


 体の下でクレア様が動揺の声を上げる。

 私はといえば、土魔法で小さな防壁を張りつつ、ひたすら揺れが収まるのを待っていた。

 噴石は数分ほど続いた。


「もう、大丈夫なはずです」


 時期のズレは気になるが、この地震に余震はないはずだった。

 私はクレア様の上からどくと、立ち上がって状況把握に努めた。

 きらびやかだった謁見室は見るも無残に変わり果てている。

 調度品は壊れ、赤いカーペットの上には大小さまざまな噴石が転がっていた。


「陛下!」


 近衛の一人が異変に気付いた。

 ロセイユ陛下が王座から倒れて地に伏している。

 ――頭から血を流して。


「レイ、治療を!」


 クレア様に言われるまでもなく、私は陛下に近寄って治癒魔法を試みた。

 しかし――。


「……ダメです。お亡くなりになっています」

「なんてことですの……」


 この展開は、ゲームの通りだ。

 とすると――。


「そうですわ、サーラスとリリィ枢機卿は!?」


 広間には二人の姿はすでになかった。

 ゲームではリリィ様の存在こそなかったが、どさくさに紛れてサーラスは逃亡していた。

 これもゲームの通り。


(こうならないように急いだのに……)


 サッサル山の噴火までには、まだ数日あるはずだった。

 リリィ様との戦闘がなく魔力が万全であれば、この謁見室ごと防御魔法で覆うこともできたはずなのだ。

 どうしてこんなに早く……?


「レイ……、レイ! しっかりなさいな」


 気が付くと、クレア様を見上げていた。

 私はいつの間にか膝をついていたらしい。


「サーラスとリリィ枢機卿のことはいったん忘れなさい。しなければならないことは山ほどあります」

「……クレア様」

「これから王国は危機に瀕するでしょう。過去の歴史によれば、サッサル山の噴火の後、大飢饉が起こったと聞いています」


 そう、噴火そのものの被害よりも、その後の方が問題なのだ。

 火山灰が王都周辺を覆いつくし、農作物がダメになる。

 まして、今王都は収穫期の真っただ中だ。

 私はゲームの知識としてそれを知っていたが、クレア様は歴史からそれを知っていた。


「王国はこの危機を乗り越えなければなりません。しかも、ロセイユ陛下抜きで」


 そう。

 賢王だったロセイユ様はもういない。

 私たちは新たな王を選ばなければならないのだ。


「近衛兵、貴族院議長に連絡を。緊急の議会を招集します。それから、ロッド様とセイン様の安否を至急確認するように」


 クレア様は的確に指示を飛ばしていく。

 その様子を、私はぼんやり見つめていた。

 すると、頬に痛みが走った。


「しゃきっとなさい! わたくしを支えてくれると言ったあの言葉は嘘だったんですの!?」


 クレア様はそう言って私を見つめた。

 私を叩いた手は赤くなっている。

 細い手だ。

 こんなか弱い人が、今、必死に王国の危機に立ち向かおうとしている。


 誰が支える?

 決まっている。


「申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」

「よろしいですわ」


 そういうと、クレア様は少しの間だけ私をハグしてくれた。

 その体が震えていることに気付いて、私はしっかりと抱き返した。


「乗り切りますわよ、この危機を」

「はい!」


 私たちはすぐに行動を開始した。

 クレア様の的確な指示もあって、初動の遅れはなかった。

 しかし、やがて一つの報告が届いた。


 それは、ロッド様が行方不明だという知らせだった。


――――――――――――――――――――


 お読み下さってありがとうございます。


 今話で第七章は終了です。

 お楽しみ頂けていることを願ってやみません。

 ご評価やご感想などを頂けると、作者としましては大変励みになります。


 次回更新まではまたしばらくお時間を頂きます。

 気長にお待ち頂ければ幸いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る