第99話 刺客

「どういうつもりですの、レイ!!」


 学院の部屋で目を覚ましたクレア様は、私に目を留めると開口一番にそう言った。


「落ち着いて下さい、クレア様」

「これが落ち着いていられますか! あなたともあろう人が、不正に目をつぶるなど!」


 クレア様は私を厳しく糾弾した。


「それでもこのクレア=フランソワのパートナーですか!」


 普段なら茶々を入れるところだが、今そんなことをすれば決定的に信頼を失いかねない。

 きちんと釈明せねば。


「クレア様。私はなにも不正に目をつぶった訳ではありません。サーラスの件もドル様の件も、きちんと不正追及します」

「え……?」


 それまでの勢いが嘘のように、クレア様の語気が弱まった。


「で、でも、レイ? あなたサーラスの口車に……」

「乗ったふりをしただけです。狙いは別にあります」

「狙い……?」


 クレア様の顔に疑問符が浮かぶ。


「はい。それよりも、リリィ様を探すのを手伝って下さい」

「リリィ枢機卿を? 彼女どうかしたんですの?」

「事前に説明しておかなかった私のミスなんですが、クレア様と同じく、私がサーラスの口車に乗ったと思い込んで飛び出して行っちゃったんですよ」

「本当にあなたのミスですわね」


 わたくしにもして欲しかったですわ、とクレア様はこぼす。


「とにかく、彼女を探さないと」

「分かりましたわ。じゃあ、手分けしましょう」

「いえ、それもダメです。多少ですが、危険ですので」

「危険?」

「……すみません、クレア様。説明している暇はないようです」


 私はクレア様の腕を引いてベッドから立ち上がらせると、ドアから彼女を守るようにして身構えた。


「構えて下さい、クレア様」

「え? え?」


 カチリ、とごく小さな音を立てて、ドアの鍵が外れた。


「!?」


 クレア様もようやく事態を悟ったのか、魔法杖を取り出して構えた。

 静かにドアが開き、そこから六人ほどの男が滑り込むように入ってくる。


「何者ですの!?」

「サーラスの刺客です」


 サーラスの部屋にいたあの私兵たちの仲間なのだろうが、紋章付きの鎧など着けてはいない。

 黒いぼろ布を身にまとい、顔には白い仮面をつけている。


 サーラスは取り引きをしようと言ったが、ヤツにそんなつもりはさらさらない。

 その場しのぎの嘘をついて、消してしまおうというのが本音だった。

 口車に乗ったふりをしたのは、私だけではなかったのだ。


「スリーマンセルとはまた徹底してますね」

「す、スリー?」

「なんとしても私たちの息の根を止めようと思ってるってことです」

「まあ、そうでしょうね」


 クレア様は頷くと、男たちに杖をかざしてこう言った。


「さあ、掛かってきなさい! このクレア=フランソワ、逃げも隠れもしませ――」

「きゃあああ! 人殺しー!」


 啖呵を切ろうとするクレア様を遮って、私は大声で悲鳴を上げた。

 クレア様がえええという顔をした。


 この場面、ゲームでは攻略対象と一緒に刺客を退ける場面なのだが、いつも私はこう思っていた。

 どうして助けを呼ばないの、と。

 ここは学院の寮である。

 ということは、当然、たくさんの人がいるわけだ。

 二対六はかなり厳しいが、こうやって声を上げれば――。


「何事です!」

「今の悲鳴は!?」

「ご無事ですか、クレア様!」


 これこの通り。

 人が続々と集まってくるのである。

 ゲームだったら攻略対象の活躍機会を奪って台無しだが、なにも背伸びすることはない。

 クレア様にもしものことがあるくらいなら、私は無理せず助けを呼ぶ。

 まあ、これは平民運動の時の反省でもあるのだが。


「……」


 男たちは一瞬うろたえたが、逃げることはせずに抵抗した。

 恐らく、彼らはサーラスに弱みを握られている。

 それは金かもしれないし、家族の命かも知れない。

 私がそれを知ることは出来ないが、よほど致命的な弱みなのだろう。

 男たちは最後まで降伏することなく戦い続け、取り押さえられそうになると自ら命を絶った。


「むごいことを……」


 クレア様の呟きは、もちろんサーラスを非難しているものだった。


「やー。そのなりふり構わないところ、いいねぇ」


 その場にそぐわない明るい声が響いた。

 それと同時に部屋のドアが勝手に閉まった。

 外からガンガンと扉を叩く音がするが、どうやら開かないらしい。

 さらに、扉のこちら側に取り残された者たちが、次々に倒れていく。


「そこですわ!」


 最後に倒れた人が立っていた方角に、クレア様が威力を絞った炎槍を放った。

 炎槍は部屋の隅の方に飛んでいき、しかし、すうっと蜃気楼のようにかき消えた。


「やあやあ、お二人さん。また会ったね」


 場違いな声色と顔に被った黒い仮面には覚えがあった。


「平民運動の時の……」

「そうそう。あの時は油断したなあ。まあ、今回はリベンジってことで」


 この展開は想定していなかった。

 どうしてこの男がこのタイミングで……?


「レイ、考えるのは後回しですわ。とにかく倒しますわよ」

「かしこまりました」


 確かにクレア様の言うとおりだ。


「おお、こわ。でも、そう簡単に行くと思うなよ?」


 けたけたと笑って、黒仮面はナイフを構えた。


「気を付けて下さい、クレア様。恐らく、カンタレラが塗ってあります」

「ええ」


 セイン様が襲われた時を思い出して、私はクレア様に警戒を促した。

 クレア様は油断なく見つめたまま返事してくる。


「うーん……。どうしすっかなー」

「来ないならこちらから行きますわよ!」


 クレア様が杖を振ると、黒仮面の元に炎槍が殺到する。

 しかし――。


「はは、ムダムダ」


 男に直撃する寸前、先ほどと同じように炎槍の全てが消失する。

 一体、これはどういう魔法なのか。


「大体、攻撃する時に呼びかけてどうすんだ。やるならた――」


 と、言い終わらないうちに男の姿が消える。


「くっ!」

「とえば、こんな風に、ね?」


 あっという間に距離を詰めて、黒仮面はクレア様に斬りかかった。

 クレア様は何とか体をかわして距離を取る。

 武芸に秀でたクレア様ですらギリギリだった。

 私だったら、反応出来るとは思えない。


「凍てつけ」


 私はかつてマナリア様相手に使った水属性魔法「ジュデッカ」を発動して動きを止める。

 このままアースパイクにつなげて「コキュートス」を完成させれば――。


「だからムダだって」


 一瞬凍り付いたかに思えた男だが、瞬時に凍結から回復した。

 まさかこの男、マナリア様と同じスペルブレイカーの使い手?


「んー。でも、めんどいなー。二人一緒相手じゃあ、勝ち目薄そうだ」

「自分から挑んで来ておいてなにを」

「だって命令だしよお。俺だって不本意なんだ」


 緊張感の欠片もないが、クレア様が仕掛けない所を見ると、隙はないのだろう。


「そーだ。そうしよ。やーめた」


 唐突にそう言うと、仮面の男はドアの方に走った。

 そのまま勢いを殺さずにドアを蹴破る。

 ドアが突然開いたことに驚いたのか、廊下でたむろする人だかりが割れる。

 その隙を衝いて男は部屋から脱出した。


「待ちなさい!」

「いえ、クレア様。今はリリィ様の安全確認が先です!」


 追いかけようとするクレア様を私は呼び止めた。

 刺客がサーラスの手の者なら、魔の手はリリィ様にも及ぶはずだ。

 と、思っていたのだが、


「レイさん! クレア様!」


 渦中の人が向こうから現れた。

 リリィ様である。


「よ、よかった……。無事だったんですね」

「リリィ様……。どうしてここに?」


 私は安堵すると同時に、疑問を覚えた。


「や、やっぱり、レイさんが理由もなくあんなことを仰るとは思えなくて……。理由をうかがおうと来てみたのですが、そしたらお二人が男に襲われたと」


 リリィ様はそのまま泣き出してしまった。


「安心して下さい、リリィ様。クレア様も私も無事です。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「ほ、ホントですよぅ……」


 リリィ様が泣き止まないので、仕方なく頭を撫でて上げる。


「レイ。とりあえず寮監に事情の説明を。それからリリィ枢機卿にも説明が必要ですわね」

「そうですね」


 その日は寮中が大騒ぎになった。

 私たちは事態の収拾に追われることになり、自由に動けるようになったのは翌日の昼になってからだった。


 でも、私たちの反撃はここからである。

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