第91話 成敗
この「Revolution」の世界は中世的な要素の多い世界である。
しかし、二十一世紀の日本で作られたゲームの世界であるためか、変な所で日本的な部分があるというのはこれまでにも度々指摘してきたと思う。
トンプソン男爵家の帳簿を見ながら、私はまた一つ日本的な要素を見つけた。
それは複式簿記とそこから作られる財務諸表である。
詳しい説明は省くが、これらは二十一世紀の日本でも使われている財務記録の書式である。
もしこの世界の帳簿類が中世ヨーロッパのそれと同じように書かれていたら、私には多分どうしようもなかった。
でも、複式簿記と財務諸表があるならば、私でもなんとかなる。
「どうですかな? 何かおかしな事は見つかりましたかな?」
余裕綽々に微笑みすら浮かべてウェッジ様が問うてきた。
私たちは手を止めると、ウェッジ様を見た。
「ええ、色々なことが分かりました」
ウェッジ様の問いには、クレア様ではなく私が答えた。
「ほう、何が分かったかね?」
特務官とは知ったが、平民に敬語を使うつもりはさらさらないらしい。
私もその方がやりやすいので助かる。
「例えば、ここ数年、トンプソン家の財政状況は芳しくないようですね」
「そうなのだよ。領地で不作が起こってね。お陰で家計は火の車だ」
頭が痛い、とウェッジ様は首を振る。
「そ、その割には調度品は豪奢ですし、高価なお菓子を買う余裕もあるんですね……?」
「リリィ様。教会の方には理解出来ないかもしれませんが、調度や菓子は貴族の格に関わることです。たとえ家計が苦しくても、質を落としては家格に関わります」
「そ、そうですか」
もっともらしいことを言うウェッジ様と、あっさり引き下がるリリィ様。
何度でも繰り返すが、それでいいのか枢機卿。
さて、ここからが本番だ。
「もういいですかな? 私も暇ではないのでね。調査がこれまでならお引き取り願いたいですな」
言外にさっさと出て行けと言っている。
「クレア様」
「……本当にやるんですの……?」
「はい。絶対です」
「……はあ。分かりましたわ」
大きな溜息を一ついて、クレア様も覚悟を決めたようだった。
「控え控えー! 控えおろー! この紋所が目に入らぬか!」
私は立ち上がると、フランソワ家の紋章の入ったピルケースを示しつつ、ウェッジ様に強い口調でそう言った。
「な、何だと言うのだ……?」
「このお方を誰と心得る! 現財務大臣が息女、クレア=フランソワ様にあらせられるぞ!」
「いや、知っているが……」
「ええい、頭が高い! 控えい! 控えおろー!」
ウェッジ様は困惑の極地にいるようで、リリィ様に助けを求めるような視線をよこした。
「あの……。リリィ様はこれが何かお分かりになりますか?」
「え、ええと……。なんでも、ミト=コウモン様ごっこだそうで。リリィにもよく分からないのですが……」
残念。
困惑しているのはリリィ様も同じだった。
「クレア様。お戯れはほどほどにして頂きたい」
「まあ、わたくしもそう思うんですけれど、レイがどうしてもやれってうるさいんですのよ……」
あれ、クレア様まで困惑してた。
おっかしいなあ。
「まあ、いいです。ウェッジ様、粉飾決済しましたね?」
「粉飾決済?」
「帳簿を誤魔化して、財務状況をわざと悪く報告しましたねってことです」
「!?」
実際には粉飾決済には色々な種類があり、帳簿を誤魔化すことそのものを言うのだが、ここでは詳しい説明は省く。
「何を根拠に!」
「こちらにロッド様が調べた、トンプソン男爵領からの税収をまとめた資料があります。これとこの家にあった帳簿の数字に大きく矛盾があります」
女こどもとなめてかかったウェッジ様が悪い。
ウェッジ様のあの余裕は、私たちに帳簿など読めないと侮っていたのだろう。
私が社畜OLだったということはすでに説明したと思うが、より詳しくに言うと総合商社の財務部監察課にいたのだ。
帳簿を見るのは大得意である。
魑魅魍魎どもが跋扈するあの世界に比べたら、この帳簿程度の粉飾は可愛いさすら感じるほどだ。
電卓が欲しいところだったが、そこはリリィ様が役立ってくれた。
なんとリリィ様、フラッシュ暗算が出来る方だったのである。
記憶力も抜群で、私はリリィ様電卓を片手に次々と帳簿を読み解いていった。
クレア様?
天使はそんな俗っぽいことしなくていいんです。
粉飾の目的は色々あるが、売り上げ――ここでは税収だが――を低く報告する意図は大体決まっている。
「トンプソン男爵家は脱税をしていますね」
「! ち、ちが……!」
課される税金を低く抑え、誤魔化した収入も懐に入れてしまう。
典型的な私服の肥やし方である。
「ここ十年の脱税額はざっとこれくらいでしょうか。そうすると、追徴課税金額はおよそこのくらい。まあ、大変。家が傾きますね」
具体的な金額を上げてみせると、ウェッジ様の顔色が土気色になった。
「その税収の資料とやらは本当に信頼できるのですか!?」
「ロッド様連れて来ましょうか?」
「ぐぐ……」
なおも抵抗しようとするウェッジ様だったが、ロッド様の名前を出したら大人しくなった。
「さて、トンプソン男爵。申し開きはありまして?」
「……ありません。罪を……認めます……」
がっくりとうなだれるウェッジ様。
私は陛下から貰った録音の魔道具に、ウェッジ様の自白を記録した。
「私を……どうするおつもりですか……?」
「当然、王宮に報告して罪に問いますわ。覚悟なさいな」
固い声でそう死刑宣告をするクレア様だったが、
「と、言いたいところですけれど、恩赦の可能性があるのでしたわよね、レイ?」
その言葉に、ウェッジ様はうなだれていた顔をぱっと起こした。
「恩赦ではなく、司法取り引きです。クレア様」
「そうそう、それ。何でも、条件次第で罪を減免するそうですわよ?」
「何でもします! 何でも仰って下さい!」
なりふり構わず、ウェッジ様はクレア様の足にすがりついた。
「レイ、聞きたいことがあるそうね?」
「はい。帳簿を見ると、使途不明金があります。恐らく他の上級貴族への闇献金と思われます」
「その献金先を知りたいんですのね?」
「はい」
クレア様は頷くと、すがりつくウェッジ様を振り払って、見下ろしながら訊いた。
「誰に献金しましたの?」
「そ、それは……」
「あなたの代でトンプソン男爵家を取り潰すおつもり?」
「……イェール伯爵家です」
観念したのか、ウェッジ様はとうとうその名前を吐いた。
どうでもいいけど、ひざまずく大の男を見下ろして詰問するクレア様は、ちょっとどうかと思うくらい様になっていた。
脳裏に女王様という単語が首をもたげる。
さて。
私たちの調査の基本方針はこれだ。
ロッド様が調べ上げて証拠の挙がっている末端貴族を取り調べ、司法取り引きで情報を引き出してまだ証拠のない貴族も芋づる式に捕まえていく、という方法である。
イェール伯爵はトンプソン男爵家よりも上位の貴族だ。
これで一歩、ドル様やサーラス様に近づいたわけである。
もちろん、これを考えたのは私だけの力ではない。
こんなことを思いつくあの人は、本当に怖い人だと思う。
「捜査へのご協力ありがとうございましたわ。トンプソン家へのお沙汰は、後ほど王宮からあるでしょう。罪状減免については、わたくしの方からくれぐれもよろしく言っておきますわ」
「クレア様の寛大なお心に感謝いたします」
ここに来たばかりの尊大な態度はどこへやら。
ウェッジ様は床にうずくまってクレア様に平伏してしている。
「これにて一件落着!」
「……ねえ、レイ。そろそろ、先ほどの茶番が何なのか、説明してくれないかしら?」
「あれ?」
水戸○門を知らないクレア様からしたら、そりゃそう思うか。
「屋敷内には使用人がたくさんおりますよね?」
「ええ」
「人の口には戸が立てられないものです。クレア様の大きく名乗った上であれだけ大騒ぎすれば、この人不正してたんだなって周囲に印象づけられますでしょう?」
「なるほど。意味がありましたのね」
いやまあ、クレア様で遊びたいだけのでっち上げなんですけどね。
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