第72話 恋バナ

「はい、レイさん。あーん?」

「いえ、リリィ様。私のような平民に対して、枢機卿たるリリィ様がそのような……」


 リリィ様に懐かれた。

 先ほどの一件から、リリィ様がめっちゃぐいぐい来る。

 可愛い女の子にぐいぐい来られて嬉しくないわけがないが、でも、時と場合というものがある。


「リリィ枢機卿。はしたないですわよ」


 優雅にカップを傾けながらリリィ様をたしなめるのは、我が愛しのクレア様。

 でも、クレア様の内心穏やかではないのは分かっている。

 その証拠に、クレア様が口をつけているカップはとうの昔に空っぽなのだ。

 お代わりを頼むでもなく、空のカップに口をつけるクレア様はどう考えても平常心ではない。


「ご、ごめんなさい。でも、リリィは理想の相手を見つけたのです。リリィはレイさんと結婚します」

「王国では同性とは結婚できませんわよ」

「な、なら愛人でもいいです」

「……いいわけありませんでしょ」


 心なしか、クレア様のこめかみに青筋が浮いている気がする。

 カップを置くときも、普段と違ってカチャカチャ音がしているし。


「クレア様、ジェラってます?」

「ジェラってませんわよ!」


 ならどうしてそんなに機嫌が悪いんだろう。


「大体、ユー様とのご婚約はどうなさるんですの」

「ユ、ユー様との婚約は、親同士が決めたことですから、リリィたち本人の気持ちはないがしろなんです」

「それが結婚というものでしょう?」


 一定の年齢に達すれば両性の合意だけで結婚できる現代日本とは訳が違う。

 この世界で結婚と言えば、家と家との約束事である。

 現代日本でも、結婚式場で「○○家 ○○家」と立て札が出されるのは、その名残だとか。

 とにかく、私がいた日本の結婚観とこの世界の結婚観は大きく異なっている。


「リ、リリィは結婚するなら、お慕いしている方としたいです。その点、レイさんは完璧です」

「……そうですの……。ふーん……」


 パリっと音がして、その直後クレア様のティーカップが机に落下した。


「あら、このカップ、傷んでいたようですわね。取っ手が取れてしまいましたわ。取り替えて下さる?」

「は、はい。……でも、おかしいですね。つい最近おろしたばかりのはずなのですが……」


 いや、明らかにクレア様が壊したでしょう。

 取れた取っ手が一部融解している。

 魔法の暴走としか思えない。


 これはまずい。

 ここははっきりとリリィ様をお断りしなければ。


「リリィ様。私には心に決めた相手がもうおりまして」

「え!? そ、そうなんですか!?」

「はい。私は人生の全てを、クレア様に捧げると決めているのです」


 そう言うと、クレア様はあごをくいっと上げて得意げな顔をした。

 はい、可愛い。


「クレア様、そうなのですか?」

「わたくしにはそんなつもりはありませんけれど、この者がそう思うのは自由ですわ」


 クレア様としては照れ隠し半分、勝者の余裕半分といった所の発言だったのだろう。

 でも、それがまずかった。


「そ、そうなんですね! なら、リリィにもまだチャンスはありますね!」

「あ、あら? えーと……?」

「ま、まだレイさんの片思いなら、リリィはレイさんを振り向かせてみせます」

「いえ、だから私は――」

「だ、大丈夫です! 女性は思い人よりも思われ人と結ばれた方が幸せになれるって聞きました! ときめきよりも慣れです!」


 いや、それはついさっきの自分の発言と、いきなり真っ向から矛盾してやしないかい?

 ますますぐいぐい度が増したリリィ様に、クレア様も私も頭を抱えた。

 内気な臆病小動物キャラかと思っていたら、結構、思い込みの激しい猪突猛進キャラの側面もあったのか、この人。


「それに……ユー様にもリリィとは別に思い人がいらっしゃるようですし」


 その呟きのような一言は、どこか寂しげな響きを帯びていた。


「それはどなたのことですの?」

「ぐ、具体的には存じません。でも、『ずっと好きな人がいるんだ』と仰っていました」


 恐らくそれはミシャのことだろう。

 ゲームの展開と違って、私がユー様になんのアプローチもかけていない以上、相手はミシャしかいないと思われる。

 二人は幼なじみの関係にあるわけだし、ずっとという表現にも当てはまる。


「まあ、リリィ枢機卿がレイと同じく同性愛者であるならば、ユー様は対象外ですわよね」

「え? ……あ、ええ、はい! そうですね!」


 ん? 今、なんか間があったような……。


「そ、それよりもレイさん。どうしたらリリィのことを好きになって下さいますか?」

「無理です。私はクレア様一筋ですので」

「少しは考えろよバカ」

「……それ、わざとじゃないんですよね?」

「あ゛あ゛あ゛……、ごめんなさい。本当にわざとじゃないんです……」


 その割に容赦ない罵声だなあ。


「とにかく、リリィ様は諦めて下さい」

「い、イヤです! こんな気持ち、初めてなんです……。リリィはやっと恋が出来たんだと思います」


 夢見るような目で私を見るリリィ様。

 そう言われてもねぇ。


「初恋は実らないものですよ」

「そ、それなら、レイさんのクレア様への恋も実りませんよね……?」

「いえ、初恋じゃありませんから」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 三人で顔を見合わせてしまった。


「レイ、あなたわたくし以外に懸想したことがありますの?」

「あー……。えっとその……まあ、はい」

「……へぇ……そう……ふーん……?」


 クレア様が微妙に詰問口調になっている。

 あれ?

 私なんか悪いこと言ったかな?


「レイさんの初恋ってどんなだったんですか?」

「いえ、あまり話してもリリィ様の参考にはなりませんので……」

「わたくしも聞きたいですわね」

「えええ……」


 前門のリリィ様、後門のクレア様。


「いや、つまらない話ですよ。仲のいい子がいて、その子に惚れて、振られたっていうだけです」

「も、もっと詳しく聞きたいです!」

「つべこべ言わず、全部白状なさいな」


 えええ……。

 これあんまり愉快な話じゃないんだけどなあ。


「本当につまらない話ですけれど、それでもいいですか?」

「ぜひ」

「さっさとなさいな」

「はあ……。それじゃあ話しますけれど、後から文句言わないで下さいよ?」


 私はしぶしぶ自分の初恋の話をすることにした。


「あれは中等部にいた頃の話です」

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