第42話 事件の収束

 一瞬、もうダメかと思ったが、クレア様を殺めるはずの刃は力強い腕で食い止められていた。


「セイン様!」

「……ぎりぎりだったな」


 黒仮面のナイフはセイン様の腕に突き立てられていた。

 鮮血がしたたり落ちる。


「これはこれは、落ちこぼれ王子様じゃありませんか」

「……賊か」


 セイン様は黒仮面の言葉には構わず、魔力を込めた拳を繰り出した。

 黒仮面は躱そうとしたが、仮面を浅くかすめた。

 仮面が欠けて、男の素顔がちらりと覗く。

 男は慌てて顔を押さえた。


「おやおや。完全に見切ったと思ったのに、なかなかどうしてやるねぇ」

「……じき軍もやって来る。観念するんだな」


 軍にも優秀な魔法使いはいるが、セイン様の身体強化魔法は相当なものだ。

 足が速い分、先に着いたのだろう。

 それにしたって、王子ともあろう身分の人が先行してしまうのは頂けないが。


「そうかいそうかい。じゃあまあ、逃げられるだけ逃げてみるかねぇ」


 相変わらず場違いな明るい声で、黒仮面は言った。


「……逃げられると思うのか?」

「まあ、何とかなるんでない? それに、目的は達せられそうだし」

「……?」

「貴族を出来るだけ殺すってのが、まあ当初の狙いだったわけだが……思わぬ収穫だったな」


 黒仮面の言うことを怪訝に思っていると――。


「……ぐっ」

「セイン様!?」


 セイン様が突然膝を突いた。

 クレア様が慌てて駆け寄る。


「……毒……か……」

「ご名答。まだ解毒法が見つかってない特別製だ。よーく味わってくれよな」


 楽しげに言い捨てて、男は夜闇の中に消えた。

 遅れて軍の兵士が駆けつけ、仮面以外の男たちとランバート様、レーネを捕縛した。


「セイン様! セイン様!」


 クレア様が倒れたセイン様にすがりついて名前を呼んでいる。

 だが、反応がない。

 呼吸が荒く、額にはびっしりと汗をかいて、時折苦しそうに声を漏らしている。

 肌には黒く禍々しい斑点が浮き出てきていた。


 これは――。


「医者を! 早く医者を呼びなさい!」

「クレア様、離れて下さい」

「でも、セイン様が!」

「大丈夫です。解毒出来ます、多分」


 愛する人が死の淵に立たされているとあって、完全に取り乱しているクレア様をなんとか引き剥がした。

 この毒は多分あの毒だ。

 私は解毒の水属性魔法を編んだ。

 多分、この構成であってるはず。


「! 斑点が!」


 セイン様の肌を冒していた斑点は徐々に薄れ、目を覚ましていないものの、セイン様の呼吸も穏やかになった。


「やっぱり、ナー帝国の毒ですね」

「なんですって!? じゃあ、あの者はナー帝国の者ですの!?」


 私はこくりと頷いた。

 以前に少しだけ触れたが、ナー帝国とは王国の東に位置する強国である。

 このゲームで起こるいくつかの事件の裏には、敵国であるナー帝国が絡んでいる。

 そして、ゲーム後半のとある事件で使われたのがこの毒――カンタレラである。

 地球上で実際に使われていたカンタレラという毒物は一説によると亜ヒ酸だったようだが、この世界のカンタレラの製法は知られていない。

 ただ、魔法による解毒法をヒロインが突き止めるので、その方法を知っていた私には解毒することが出来たのである。


「どうしてあなたがそんな知識を……」

「それについてはノーコメントです」

「大体、あなたはどうしてあんな場所に一人でいたんですの? まるでレーネたちの裏切りを最初から知っていたみたいに」

「ランバート様を怪しんでいましたから。レーネのことはさすがに驚きましたが」


 事実と嘘を微妙に混ぜる。

 クレア様は単純だけど、頭は回る人なので誤魔化すのも一苦労である。


「あなた……もしかして――」

「……う……ん」


 クレア様が何か言いかけたところで、セイン様が目を覚ました。


「セイン様!」

「……クレア……か。無事だったんだな。よかった」

「何を仰いますの! 危険な目に遭われて……。御身にもしもの事があったらどうなさるおつもりでしたの!」


 クレア様はセイン様の胸にすがりついて泣いた。

 セイン様は困ったようにしていたが、やがて抱きしめて頭を撫でてやった。


「……心配を掛けたようだ」

「本当に……セイン様が亡くなったら、私……私……」

「……すまん」

「あのー、お取り込み中すいません」


 ヒロインをほったらかしで盛り上がっている二人に、私は極めて空気を読まない発言をした。


「とりあえず、移動しませんか。ここ寒いです」

「あ な た ね ぇ ……!」


 夜叉もかくやという形相でクレア様に睨まれたが、春とは言え夜の空気はホントに寒かったのだ。

 決してセイン様が羨ましかったとか、そんなことではない。

 ないったらない。


「どうやら一通り片付いたようだな」


 ロッド様たち学院騎士団の残りの面々もやってきた。


「話を聞かせて貰おうか」


◆◇◆◇◆


「――ということだ」


 私たちは学院騎士団の会議室に集まり、一連の騒動の事後処理についてロッド様から説明を受けていた。


 事件は急速に収拾していった。

 学院になだれ込んでいた市民は事件の真相が明らかになると、平民運動家の中から犯罪者が出たということで大義面分を失い解散していった。

 中庭事件から急激な盛り上がりを見せていた平民運動は、一旦、下火になっているようである。

 平民の貴族に対する不満は今なお根強いが、それでもこんな事件があった直後だ。

 みな自重しているように見える。

 あちこち壊された学院の一部に爪痕は残ったが、それ以外、学院は嘘のように静けさを取り戻した。

 今は修理に当たる建築ギルドの職人が木材やレンガを運びこむなどしている光景が見られるが、これもその内に落ち着くだろう。


「……」


 クレア様は物憂げな顔をしていた。

 ロッド様の話を聞きながら、ときおり左の方を落ち着かない様子でちらちら見ている。

 そこは、いつもレーネが控えていた場所だ。


 レーネとランバート様は国家反逆罪の罪で逮捕された。

 彼女たちも脅されてはいたのものの、外患誘致と王族・貴族の殺人未遂を行ったのは事実である。

 貴族ならまだしも、彼らは平民だ。

 情状酌量があったとしても良くて死罪、悪ければ一族郎党皆殺しである。

 オルソー商会も一夜にしてその勢力を失った。

 魔法石の採掘・流通権は国に接収され、今は国の沙汰を待っている状態である。


「オルソー家は……やはり取り潰しですの?」


 クレア様がロッド様に尋ねた。


「その可能性が高いな。あいつらにも事情があったんだろうが、さすがにやっちまったことが大きすぎる」

「……そうですわよね」


 会議室が沈黙に沈んだ。

 レーネを可愛がっていたクレア様だけではない。

 ランバート様は学院騎士団の人間から信頼が厚かった。

 そんな人物が極刑に処されると聞けば、たとえその処分に正当性があるにしても、割り切れない思いが残るのが人間というものだ。


「そうだ、クレアとレイ。お前らには褒美が出るらしいぞ」


 暗い雰囲気を打ち払うように、ロッド様が明るい声でそう言った。


「褒美……ですの?」

「ああ。事件の首謀者をいち早く見抜いてキマイラを倒した。おまけにレイに至っては王子であるセインの命を救ってる。これで褒美が出ない方がおかしいだろ」

「近々、王宮に呼ばれると思うよ。陛下が直々に会って褒美を取らすそうだから」


 クレア様の疑問にロッド様とユー様が答えた。


「わたくしは大したことしてな――もが」

「そうですか。名誉なことです。ありがたく頂戴します」


 余計なことを言いそうなクレア様の口を塞いで、私は言った。


「ちょっと、何をしますのよ!」

「クレア様、私にいい考えがあります」


 私はクレア様に思いついたことを耳打ちした。


「なるほど……やってみる価値はありますわね」

「でしょ?」


 クレア様も賛同してくれるようだ。


 そして数日後、王宮からの呼び出しがあった。

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