第23話 実技試験~クレアvsレイ~

「おーっほっほ! わたくしが直々に引導を渡してあげますわ」


 不敵に高笑いをするクレア様。


「そうは行きませんが、たくさん遊びましょうね」


 私はにこにこしながらそれに応じた。


「遊び、ですって? 平民風情が、わたくしを簡単に倒せると思わないことですわ」

「ふふ、頑張ってください」


 そして簡単に挑発に乗るクレア様。

 うん、可愛いね。


「両者準備はいいですか?」

「よくってよ」

「はい」

「では、最終試合……始め!」


 合図があったが、クレア様も私も動かなかった。

 お互いに、相手の出方を窺っている。

 普段の言動から先制を取りそうなクレア様だが、こと戦いにおいてクレア様はそこそこ冷静である。

 私が行かないのは、ただ少しでも長くクレア様と遊びたいだけだが。


「来ませんの?」

「クレア様こそ」

「わたくしのは余裕というやつですわ」

「そうですか」


 流れる沈黙。


「あなた、ホントに来ませんの? 勝負にならないじゃないですの」

「や、私はクレアを眺めているだけでも幸せなので」

「おちょくってますわね!?」


 ムキーと地団駄を踏むクレア様である。


「まあでも、こうしていても何ですし、私から」


 しかたない。

 私はクレア様の方に片手を掲げた。


「閉じろ」


 声とともにクレア様の姿が突然現れた岩の中に消える。

 土属性の防壁の応用で、クレア様を閉じ込めたのだ。


 だが、岩はすぐに内側から壊されてしまった。


「ふん、こんなもの」


 クレア様がぽんぽんとホコリを払いながら出てくる。

 岩はどろどろに溶解していた。

 クレア様の火属性魔法である。


 いくら土属性が火属性に弱いと言っても、岩石の融点は低くても七百度から八百度、高いものでは千二百度にもなる。

 炎の温度は普通千四百度を超えるとは言え、ずっとあぶり続けたわけでもないのに岩石を溶解させるのは至難の業だ。

 それを簡単に実現してしまうクレア様の魔法の火力は、疑いなく高いといえる。


「ではさらに嫌がらせを」


 私は魔法で小さな石の矢をいくつも作ると、クレア様にけしかけた。


「無駄ですわ」


 石矢はクレア様が展開した炎の防壁に、全て遮られてしまった。

 本来、堅い実体を持たない炎の防壁の防御力は高くない。

 なのに、石を瞬時に溶解させるほどの高温の防壁を展開するとは、さすがクレア様である。


 クレア様の戦闘スタイルは、スタンダードな魔法使いタイプ――通称、紅蓮の女王である。

 炎を支配して自在に操ることからつけられたその戦闘スタイルは、攻めにも守りにも特化しない万能型である。


「今度はこちらから行きますわよ」


 クレア様はさっと片手手を上げた。

 ウォータースライム戦でも見せた、特大の炎の槍である。

 地球における中世の騎士が使っていた馬上槍のような形をしている。


「貴族たるもの。魔法ですら芸術的にですわ」

「さすがはクレアさま! センスは別としてハイレベルな制御能力ですね!」

「だまらっしゃい!?」


 こほん、とクレア様一つ咳払いして、


「消えなさい!」


 なかなかに物騒なことを叫びながら炎槍を放った。

 私は土魔法の防壁を作ることで対応した。


「おバカさん! 先ほど溶かしたのを忘れましたの!?」


 勝利宣言とばかりに笑うクレア様だったが――。


「!? 溶けない!? なぜ……!?」


 防壁は炎槍に溶かされることなく、私の身を守った。

 土属性の防壁というのは、この世界だと一般的に岩石で生成することが多いのだが、私が作り上げたのはタングステンカーバイドの防壁である。

 タングステンカーバイド――炭化タングステンとも言う。

 鋼の約二倍の強度を誇り、その融点は実に二千八百度にも達する。

 さすがのクレア様でも、これを溶かすのは無理だった。


 この世界では科学があまり発達していないので、タングステンカーバイドなど知られていない。

 岩石の防壁でも普通の火属性魔法なら防ぐことが出来るので、それ以上を求められることはほとんどないのだ。

 タングステンの防壁は科学の発達した現代日本の知識を利用した、ちょっとしたズルである。


「腐っても超適性ということですわね。でも、いくらでもやりようはありましてよ?」


 クレア様はまた特大の炎槍を生成すると、明後日の方向に向けて放った。

 槍は私の方を大きく逸れて通過する。


「曲がりなさい!」


 炎槍が鋭く曲がり、私の背後に迫った。

 炎槍は火属性魔法の基本、炎の矢の発展系である。

 ただ飛ばすのは簡単だが、こうやって精緻に制御するのはなかなかに難しい。

 私はとっさに背後にもタングステンカーバイドの防壁を展開した。


「弾けなさい!」


 槍が防壁に衝突する直前で、クレア様が指を鳴らした。

 特大の炎槍は、無数の小さな炎弾となって防壁を回り込んできた。


「とりましたわ!」


 またも物騒なことを言うクレア様。

 しかし――。


「はい、惜しい」


 私は全方位から襲い来る炎弾を、瞬時に展開したタングステンカーバイドの弾丸で撃ち落とした。


「おいおい、あそこから間に合うのかよ」


 ロッド様の呆れ声が聞こえる。

 まあ、これもズルの一種で、私はクレア様がどういう戦い方をするかを熟知しているのだ。

 だから、クレア様は奇襲のつもりでも、大体先がなんとなく読める。


「ぐぬぬ……。平民のくせに……」

「あれ? どうしました? もう終わりですか?」

「まさか」


 クレア様はたくさんの炎弾を生成した。


「ロッド様、ご無礼を」

「あ?」


 炎弾が私の周りに殺到する。

 私はそれを防壁で防いだ。


「まだまだ!」


 炎弾は途切れなく生成され続け、私の周りの防壁に次々と着弾しては炸裂する。


「なるほどね」


 ユー様が納得したような声を上げた。

 そう、これはロッド様の焔の軍勢のコピーだ。

 クレア様適性こそ高いものの、さすがにロッド様ほどの魔力容量はないので完全なコピーは無理だが、一時的に真似をするだけなら造作もない。

 クレア様の狙いは、第九試合でロッド様が見せた酸欠戦法だろう。


「じゃあ、こうかな」


 防壁を私のごく近くから外側に移動させ、炎弾を押し返しつつ空間と酸素を確保する。

 さらにそのまま防壁を拡大し、回り込ませるようにクレア様を飲み込もうとした。


「そうは行きませんわよ?」


 初手で閉じ込められていたからか、クレア様は足を使って回避する。

 風魔法のブーストが使えなくても、クレア様の身体能力は女性にしてはかなり高い。

 文武両道のお嬢様なのである。


「オレたちみたいな派手さはないが、玄人好みの見応えのある試合になったな」

「そうですね」


 ロッド様とミシャが完全に観客なセリフを言っている。


「この……。生意気な」

「さあ、クレア様。次は何を見せて頂けるんですか?」

「調子に乗るんじゃなくてよ」


 そういうとクレア様は両手を横へふわりと伸ばした。

 光る紋章が四つ生まれて、クレア様の周りに浮かぶ。

 クレア様のご実家、フランソワ家の紋章である。


「平民相手にこれを使うことになろうとは……。光よ」


 その言葉とともに、四つの紋章からそれぞれ熱線がほとばしった。

 私は咄嗟に防壁を展開しようとしたが、とても間に合わなかった。


「今のは警告ですわ」


 熱線は私のすぐ脇にそれて地面を焼く……どころか蒸発させていた。

 これがクレア様の切り札、マジックレイである。

 その正体は超高出力のビーム砲である。

 現実世界のビームとは異なり純粋に魔法的な存在であるが、それゆえに威力も現実のそれとは比べものにならない。

 瞬時に発生するため、見てから躱すのはほぼ不可能である。


「わたくしでもそう何度も撃てるものではありません。でも、威力は分かりましたでしょう? 結界があるとはいえ、直撃したらただでは済みませんわよ? 降参なさいな」


 クレア様が降伏勧告をしてくる。


「うーん、そうですね。それもいいんですけど……」

「けど?」

「やっぱり悔しいので勝ちに行きます」


 私はパチンと指を鳴らした。

 クレア様の足下の土が瞬時に消え失せる。


「きゃあ!」


 可愛らしい悲鳴を上げて、なすすべもなく落下するクレア様。

 クレア様が底まで落ちたのを確認すると、私はそのまま穴を二十メートルほど掘り下げた。


「ちょっと! こんな地味な魔法で!」

「でも、有効ですよね?」


 セイン様のように空中を移動できるのでもないかぎり、この落とし穴というものは意外なほどに対処法がない。

 炎属性で足場を形成するのは無理だし、ロケットの要領で垂直の推進力を得ようとしても、穴が狭ければ崩れて圧死してしまう。

 水属性であれば水を徐々にためて浮かぶことも出来るだろうが、それも穴を掘り下げるスピードを上回るのは困難だし下手すると溺れてしまう。

 極論、土属性か風魔法が使えないと、対抗するすべがないのである。


「認めませんわよ、こんな決着!」

「じゃあ、脱出してみて下さい」

「待ってなさい! こんなもの魔法で穴を広げて――」

「……諦めろ、クレア」


 それまで一言も喋らなかったセイン様が口を開いた。


「何を仰いますのセイン様。わたくしはまだ――」

「……気づいていないのか。レイはお前の炎属性に有効な水属性の魔法を一度も使っていないんだぞ?」


 クレア様の息をのむ声が聞こえた。

 うん。

 実は私、縛りプレイしてました。


 火属性は水属性にめっぽう弱い。

 なので、水属性魔法を使えば、初手からクレア様を完封することは出来た。

 でも、それじゃあ面白くない。

 私の目的はクレア様と遊ぶことなのだから。


 もっとも、ゲームのレイはこんなにすぐには魔法を使いこなせていなかったけど。


「あなた……手加減していましたの?」

「はい!」

「くうぅぅぅ! 馬鹿にして……!」

「で、クレア様、まだやります?」

「当然ですわ!」


 まだまだやる気のクレア様。

 クレア様はじりじりと火属性魔法で周囲の土を除去しているようだ。

 穴を窪地に変えることで脱出を試みているらしい。


「クレア様、がんばれー」

「ほんっとうに性格悪いですわね、あなた!?」


 私はといえば、クレア様が除去した分だけ土を追加するだけの簡単なお仕事である。


「ムキー!」

「クレア様、申し訳ありませんがレフェリーストップとさせて頂きます。勝者、レイ」

「お疲れ様でした」


 というわけであっけない幕切れでクレア様と私の模擬戦は終わった。

 クレア様を地上に出してあげる。


「わたくしは認めませんからね!?」


 怒り心頭のクレア様は、土埃でよれよれになっていた。

 でも、そんなクレア様もいいと私は思う。

 綺麗なクレア様だけで満足出来るほど、私は初心者ではないのだ。


◆◇◆◇◆


 結局、学院騎士団試験に合格したのは、最後の三戦を戦ったロッド様、セイン様、ユー様、クレア様、ミシャ、私の六人だった。

 学院騎士団の証である徽章を受け取って、この日の選抜試験はお開きとなった。

 でも、私にはまだやることがある。


「クーレーアーさーま!」

「分かってますわよ。なんなりと仰いなさい」


 勝負は私の勝ちなので、クレア様に一つお願いを聞いて貰える。

 何を頼むかは、すでに決めていた。


「私の願いは、以前と同じです」

「え?」

「何があっても、諦めないでください」

「ちょっと、どういうことですの? それは前回お約束したでしょう」


 確かにそうなのだが、これでいいのだ。


「いいんです。同じで。もう一度約束して下さい」

「構いませんけれど……。本当にそんなことでいいんですの?」

「はい」

「分かりましたわ。わたくし、クレア=フランソワは、神に誓って諦めたりしません。いついかなる時も希望を捨てず、最後まであがき続けることを誓いますわ」

「結構です」


 これで本当の本当に試験は終わりだ。


「クレア様、お腹がすきました。食堂に行きましょう」

「あんな卑劣な勝ち方をしておいて、悪びれもしませんのね」

「ありがとうございます! 頑張りました!」

「褒めてませんわよ!?」


 いつもの通りギャーギャー言い合う私たち。


「ずっとそのままのクレア様でいてくださいね」

「はあ? 何を突然」

「いいえ、なんでも。さ、行きましょう、クレア様」

「ちょっと! 気安く触るんじゃないですわよ、平民!」


 今はまだ、クレア様の知らなくていいことだ。

 いずれは逃れられないことだとしても。


 今日もクレア様を堪能した。

 明日もいっぱい愛でることにしよう。

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