第20話 筆記試験

 明けて日曜日。

 選抜試験の当日である。

 私たち受験者は講義室に集まっていた。


「おはようございます、クレア様。今日は頑張りましょうね!」

「うるさくてよ、平民。わたくしが落ちるはずないじゃなりませんの」

「え? じゃあ私の心配ですか? ありがとうございます!」

「何にも言ってませんわよね!?」


 クレア様と朝の恒例儀式を行っていると、ローレック学院騎士団長がやって来た。

 教卓に試験用紙と思われるものをどんと置き、口を開く。


「みんな、よく応募してくれた。今年の合格者は五名程度を予定している。ぜひ頑張って欲しい」


 受験者の間からざわめきが漏れた。

 思っていた以上に狭き門だったからだろう。

 私は知っていたので驚きはない。


「まず、筆記試験を行う。こちらの試験には足切り基準が設けられているので注意するように。基準に満たなかった者は実技試験を待つまでもなく落選とする。落選した者はまた来年も受験資格が得られるので再度挑戦して欲しい」


 団長が口頭で説明を行うかたわら、学院騎士団関係者とおぼしきはしばみ色の髪と目をした男性が試験用紙を裏向きに配っていく。

 講義室は水を打ったように静まりかえっていた。

 空気が張り詰めていく。


「制限時間は六十分とする。では、始め!」


 筆記試験は学院の規則に関する基本的な理解を問うている。

 例えば――。


 問二。

 朝の始業時間に遅れた場合のペナルティとして許容される罰を三つ列挙せよ。


 のような簡単なものから、


 問十三。

 学院規則第二十一条「魔物討伐の義務」の趣旨を説明せよ。


 のような少し難しいものまでがある。

 難しいといっても、きちんと条項の項目名を書いてくれている辺り、現代日本の受験にたまにある重箱の隅をつつくような悪問とは大きく異なる。

 もっとも、まだ入学したての私たち新入生にはなかなかハードルは高い。

 中等部以前から学院に通っている内部進学組はなんとなく理解しているだろうけど、これまで学院の規則に触れてこなかった外部編入組には特に不利である。


 また、知識を問う問題だけでなく、実務に当たった場合を想定した問題も設けられている。

 例えば――。


 問十八。

 あなたは前任者から仕事を引き継いだ。

 次のうち、優先的に取り組むべき仕事はどれか答えよ。

 1.仕事の具体的な内容の再確認

 2.上司との仕事のすりあわせ

 3.生徒からの陳情書の処理

 4.外部の人間への連絡事項


 などがそれに当たる。

 こちらのタイプの問題は、どちらかというと内部進学組、外部編入組の別を問わない。

 むしろ、雑務をこなしてきた経験の多い、外部編入組の方が有利かもしれない。


 今は全問記述式だが、ゲームでは答えは選択式だった。

 私はこれも全問暗記しているのでそれほど苦戦はない。

 クレア様より点数を取れるかどうかは分からないが、足切りにあうことはまずないと思う。

 怖いのはケアレスミスだ。

 解答後の見直しは丁寧に行う。

 多分、大丈夫なはずだ。


「よし、そこまで。解答用紙を回収する」


 団長の声でやっと空気が緩んだ。

 口々に、どうだったとか難しかったとかいう声が飛び交う。


「採点が終わるまで少し待て。筆記試験突破者は午後までに掲示板に提示するので、各自確認すること。実技試験は午後からとする。以上、解散」


 三々五々、受験者たちが散っていく。


「クレア様、手応えはどうですか?」

「わたくしを誰だと思って? フランソワ家の家名に誓って、足切りなどありえませんわ」

「さすがです、クレア様。でも、こういう時に限って、回答欄を一個ずつ間違ったりするんですよね」

「!? だ、大丈夫ですわ。わたくしに限ってそのような……」


 目が泳いでいる。

 心配になって来たらしい。


「大丈夫ですか、クレア様。お昼、喉を通ります?」

「余計な心配でしてよ! いいから食堂に行きますわよ!」

「クレア様がお食事に誘ってくださるなんて! デートですか? 初デートは学食デートですか?」

「何が悲しくてメイドとデートなんてしなきゃいけませんの!?」


 うんうん、不安な顔のクレア様もいいけど、やっぱりクレア様といったらこっちだよね。


 レーネとも合流して、お昼を簡単に済ませた。

 午後は実技試験なので、動き回ることを考えてあまり重たいものは避けたのだ。

 クレア様も私も、落ちるとは微塵も思っていない。


 正午少し前に掲示板に行くと人だかりが出来ていた。

 どうやら結果が貼り出されているようである。


「すいませーん。フランソワ屋でーす。通してくださーい」

「うちの家名をそんな風に扱わないで下さる!?」


 クレア様からは文句を言われたが、フランソワの家名は効果抜群で、掲示板の前がさっと割れた。

 まるでモーセの十戒のごとしである。

 どもども、と頭を下げながら掲示板の前までたどり着き、結果を確認する。


 ・筆記試験結果―――――――――――――――

  一位:ロッド・バウアー

  二位:ユー・バウアー

  三位:クレア=フランソワ

  四位:レイ=テイラー

  五位:ミシャ=ユール

  六位:セイン=バウアー

  ・

  ・

  ・

  以上、二十名は午後の実技試験に臨むように。

  ―――――――――――――――――――――


 ふむ、四位か。

 まあまあだね。


「おーっほっほ! やはり平民などわたくしの敵ではなかったようですわね!」


 クレア様がどや顔で高らかに笑った。

 単純だなあ。

 好きだなあ。


「クレアたちも通過したようだな」

「よかったね」

「……」


 三王子たちも見に来ていた。

 彼らはまあ、余裕でパスだろう。

 といいつつ、関係者の中では最下位なのがセイン様である。

 やはり気にしているのか、表情は険しい。


「いっそ落ちてくれたら、私の仕事も減ったんだけど……」

「あ、ミシャもパスみたいだね」

「まあ、これくらいはね」


 などと簡単に言うが、ミシャも外部編入組なのだから、ズルしている私はともかくとして五位は立派な成績と言えよう。

 まあ、彼女の場合、幼稚舎まで学院に通っていたという経緯があるのだが。

 ユール家が没落したのはその後のことである。


「まあ、こう言っちゃあなんだが、ここで落ちるヤツには学院騎士団は厳しいな」

「そうだね。問われていたのは、基本的な事柄だったから」

「……」


 などと三王子は言うが(若干一名は沈黙しているものの)、五十人以上いた受験者の中で半数以上が落ちているわけだから、決して簡単だったとは私は思わない。


「筆記試験合格者は実技試験を行う。運動場に集まるように!」


 ローレック様が合格者たちに声をかけた。

 試験への勧誘からこちらずっとローレック学院騎士団長自らが出張っているが、これは一種の伝統のようなものらしい。

 普段はもちろん仕事は分担するし、雑務などは下位の団員に任せるのだが、選抜試験だけは団長が自ら率先して行うことになっているのだ。


「行きましょう、クレア様」

「私に指図するんじゃありませんわよ、平民」

「ふふ、楽しみです」

「?」


 実技試験の内容を知っている私としては、今から笑いがこぼれてしまうのを抑えられない。

 さあ、クレア様を満喫するぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る