第9話 職業選択の自由。

 奨学金制度の恩恵で学費は免除となっている私だが、当然、学費以外にも諸々の支出は出てくる。

 私ことヒロインの実家は貧しいので、仕送りなどは当然期待できない。

 どうするかといえば、アルバイトをするのだ。

 学院の講義は基本的に午前中で終わりなので、午後はアルバイトに充てることが出来る。

 ゲームではこのアルバイトによっても主人公のステータスが変動したので、どんなアルバイトをするかというのは結構重要な要素だった。


「不採用ですわ」

「そこをなんとか」

「不採用だって言ってますでしょ!」


 私が今何をしているかというと、クレア様のご実家であるフランソワ家のメイド面接を受けているのである。

 もともとは良家の子女しかいなかった学院生には、二人までメイドを連れて行くことが許されている。

 お金に余裕のない奨学生には実質無意味な制度だが、私にとっては大いに意味がある。

 メイドになれば、クレア様のそばにいる大義名分が得られるからだ。


 面接にはクレア様も立ち会っている。

 普通ならメイド長が人事を全て取り仕切るのだろうが、クレア様がいるのには訳がある。

 前もって、私が応募すると宣言しておいたからだ。


「クレア様。この者はどうしてもダメなのですか? 能力的にはピカイチなのですが……」


 メイドに応募してくる人間は、当然、貴族ではなく平民である。

 以前、テストの時にも触れたように、平民で礼儀作法を身につけている者は非常に少ない。

 生粋の貴族に比べれば見劣りするものの、平民にしてはそこそこの礼法を身につけている私はメイドとして貴重な人材であるらしい。

 おまけに私は魔力もあるので、身辺警護も出来てしまう。


「性格に難がありすぎですわ! こんなメイドに四六時中そばにいられたら、わたくしの心が安まる暇がありません!」

「ですが、忠誠心も非常に強いようですし」

「メイド長。忠誠心ではありません。愛です」

「こんなこと言うメイドをそばに置けませんわよ!」


 などとぎゃーぎゃー言っていると、


「どうしたんだね、騒がしい」

「旦那様……」

「お父様」


 クレア様と同じ明るい金髪をオールバックになでつけた男性が部屋に入ってきた。

 中肉中背で身体的な特徴はさしてないが、身につけているものが非常に上等である。

 口ひげを蓄えた表情には、常に尊大な雰囲気を漂わせている。

 この男性こそ、フランソワ家当主にしてクレア様のお父上、ドル=フランソワである。


 ドル様はこの国のナンバースリーである財務卿の地位にいるお方で、貴族勢力のトップでもある。

 能力主義政策に反対する急先鋒の一人で、現国王の目の上のたんこぶと言っても過言ではない。

 ゲームにおけるその行動は良くも悪くも貴族的で、伝統と格式を何よりも重んじる。


「学院でお嬢様につけるメイドの選考をしているのですが、私が選んだメイドがお嬢様にはお気に召さないようでして」

「ふむ。メイド長が選んだのなら、能力的には問題ないのだろうが、クレアはなぜ嫌なんだい?」

「性格に難がありすぎますのよ。いつもわたくしのことをからかって……」

「ふむ……。メイドに主人への敬愛は不可欠なものだ。不適性なのではないのかね、メイド長?」


 ちなみにドル様はクレア様を溺愛している。

 クレア様が傍若無人な性格になってしまった一つの理由は、間違いなくこのドル様なのだ。


「そんなことはありません。この者の応募理由そのものが、お嬢様へ仕えたいからというものでした。ただの金目当ての平民とは一線を画するものです」

「口では何とでも言えるだろう」

「メイドに採用された場合に、どのようにお嬢様にお仕えするかを尋ねたところ、非常に献身的で具体的な答えが返ってきました。口だけとはとても思えません」


 ふむ、とドル様はまた考え込んだ。


「しかし、結局はクレアが気に入るか気に入らないかだろう。クレアが嫌というのであれば、やはり雇うべきではない」

「それは……そうなのですが」

「さすがお父様ですわ!」

「フランソワ閣下。不敬ながら言葉を発することをお許し下さい」


 旗色が悪いと見た私は、カードを切ることにした。

 私の発言に、ドル様が眉をひそめる。


「平民風情が貴族にして財務大臣たるこの私に何を言うというのか。クレアの判断は間違っていないようだ。無礼にもほどが――」

「アーヴァイン=マニュエル」


 私がその名前を口にした瞬間、ドル様の表情から温度が消えた。

 表情こそ嘲りの笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。


「誰だね、それは?」

「三月三日、五十万ゴールド」


 なんのことか分からない、といったポーズをあくまで崩さないドル様だったが、続けて言った私の言葉で押し黙ってしまった。


「お父様?」

「クレア、メイド長。少しこの者と二人きりにしてくれないか」

「そんなことは出来ません! せめて護衛の者を――」

「これは命令だ」


 そう言われてはメイド長に刃向かうすべはない。


「わたくしもいてはいけませんの?」

「すまないね、クレア。少し確認したいことがあるだけだから、我慢しておくれ」

「……分かりましたわ」


 ドル様に猫なで声で言われ、クレア様もしぶしぶ部屋を出て行った。


「さて……。お前は何者だ? 何を知っている?」


 クレア様に言ったのとは打って変わった厳しい口調で、ドル様は私に問いかけてきた。

 答えいかんによっては、私はこの屋敷から生きて帰れないだろう。

 でも、私にはクレア様を愛でて生きるという大いなる目的がある。

 ここで死ぬわけにはいかない。


 私はドル様と三十分ほど話し込んだ。


◆◇◆◇◆


「この者をクレアのメイドとして採用しなさい」


 話を終え、メイド長とクレア様を招き入れたドル様は、開口一番そう言った。


「どうしてですの!?」

「この者は信頼出来る。クレアのメイドとしてふさわしい」

「納得いきませんわ! あなた、お父様に何を言いましたの!?」

「特別なにも。強いて言えば、クレア様への愛を」

「ふざけないで下さる!?」


 いつもよりもさらにヒートアップしているクレア様。

 まあ、無理もないか。

 ついさっきまで自分の味方だった父親が、急に手のひらを返したようにこちら側についたのだから。


「お父様、こんなことをのたまう者を、そばに置けと仰るんですの!?」

「話してみたが、この者のクレアへの忠誠心は本物だぞ?」

「方向性が不純でしょう! この者は私をからかって遊びたいだけなんですのよ!?」

「クレア」


 ドル様が少し声のトーンを落とした。

 海千山千の政治家であるドル様がそうすると、とても迫力がある。


「従順な者をそばに置くのは簡単だ。フランソワ家の長女なら、じゃじゃ馬の手綱を握って見せなさい」

「くっ……」


 フランソワ家の長女、という立場を持ち出されると、クレア様は弱い。

 さすが実の父親。

 クレア様の扱い方が分かっている。


「どうしてもこの者を雇うと仰るのですね?」

「そうだ」

「……分かりましたわ」


 クレア様はまだ不満たらたらのようだったが、それでも顎をくいっと上げてこう言った。


「わたくしのメイドになるからには、わたくしの言うことは絶対ですわよ!? 覚悟することですわ!」

「ありがとございます! 頑張ります!」


 こうして、私は晴れてクレア様のメイドの地位を手に入れた。

 ドル様に何を言ったのかは、今はまだ秘密である。

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