最終章19話 ここまで長かったような、短かったような

 目が覚めると、そこはグラットンの操縦室。

 視界いっぱいに広がるのは、ニミーとナツの笑顔。


「おお~! ソラトおにいちゃんがかえってきた~!」


「すごいのです。やりやがったのです」


 仲の良い少女2人のお出迎えとは、ここは天国だろうか。

 だとすれば、俺はまだ死んだままなのだろうか。


 そんなことはない。

 ニミーとナツの背後には、優しく微笑むフユメがいるのだから。


「蘇生完了しましたよ。体に異常はありませんか?」


「いつも通り、なんの問題もない」


 上体を起こし、体を動かし、実際に問題がないことを確認。

 魔王との決戦を終えたばかりとは思えないぐらいに、体は軽やかだ。


 健康な体を早くコターツに入れようと立ち上がると、モニターに映ったアイシアの顔が目に入る。


《ソラさんが帰ってきましたわ! ということは……わたくしたち、ついにやり遂げたのですわね!》


 向こうもこちらの様子が見えているのか、アイシアは笑顔を咲かせていた。

 こちらとしても、アイシアをはじめヤーウッドが無事なのは喜ばしいことだ。


 今思うと、一国の王女様とこんな風に会話ができるなんて、普通のことではない。

 普通ではない出会いが、普通ではない最高の勝利をもたらした。

 コターツに入る前に、俺はアイシアに言っておくべきだろう。


「アイシア、お前がいなけりゃ、『ステラー』の大艦隊が魔王討伐に参加することはなかった。いろいろと感謝してるよ」


《感謝しなければならないのは、わたくしたちですわ。もしソラさんたちと出会えていなければ、『ステラー』は魔王に滅ぼされていたかもしれないですの》


「まあ、俺は真の英雄だからな。世界を救うのがお仕事だ」


《何より、ソラさんのおかげでシェノさんに会えましたの! ああ! シェノさんシェノさん! 英雄シェノさんとの再会が楽しみですわ! ムフフ》


「お、おう……」


 普通ではないにも限度があるような気がしてきた。

 シェノは銃を手に取り操縦席に隠れてしまっている。

 おかげで彼女は気づいたらしい。


「あれ、なんかションリから通信が来てる」


「ションリ? またカーラックに怒鳴られなきゃならないのか?」


 うんざり感が一気に噴出した。

 カーラックからの通信など、できれば無視してやりたいところだ。

 無視したら無視したで、結局は後々に怒鳴られるのだろうが。


 もはや深いため息しか出てこない。


 しかし、シェノとの通信を一刻も早く切りたがったシェノによって、ションリからの映像がモニターに映し出されてしまった。

 俺は反射的に怒鳴られる態勢をとる。


 そんな俺の耳に入り込んだのは、静かで真っ直ぐな声。


《……ソラト師匠、無事だった……良かった……》


 モニターに映っていたのは、猫耳と尻尾を立てた勇者様だった。


「メイティか! お前もよくやったぞ。お前はお前の戦い方を貫いて、カーラックなんて傲慢女まで救い出したんだからな。さすが勇者だ」


《……ありがとう……でも、わたしの隣、カーラック、いる……あんまり、そういうこと言うと、カーラックが、怒鳴る……》


「おっと、それは悪かった」


《貴様ら! 何をコソコソと話して——》


 案の定、怒鳴り声が聞こえてきたが、とっさにメイティが通信を切ったため、俺の鼓膜がダメージを受けることはなかった。


 今頃メイティは、俺の代わりにカーラックに怒鳴られているのだろう。

 まったく、勇者様も大変そうだ。


 あの小さなメイティが、そんな大変な道を、立派な姿で歩み続けているのだ。

 伝説のマスターである俺は、嬉しさでいっぱいである。


 通信が切れ、操縦室に静寂が訪れると、シェノがぶっきらぼうに言い放った。


「この金なしの面倒くさがりが魔王を倒した救世主とか、まだ信じられないんだけど」


 率直なことを言うヤツだ。

 まあ、俺自身も彼女の言葉には同意である。


 と同時に、完全なる偶然でシェノに会えたことに、俺は感謝したい。

 偶然が今の俺たちを形作り、今このときに連れ出してくれたのだから。

 もしシェノと出会えていなければ、今の俺はどこにもいなかったことだろう。


 この際、俺も率直なことを口にしてみるか。


「俺だってまだ信じられないぞ。お前みたいな暴れ馬がニミーのお姉ちゃんなんて」


「え?」


「お、おお、落ち着け、冗談だ。だ、だから銃をこっちに向けるな」


 やっぱりニミーの姉とは思えぬ暴れ馬ではないか、というツッコミは、死にたくないので引っ込めた。

 冗談で危うく死にかけるとは、冗談にもならない。


 シェノが不機嫌になる前に、俺は今度こそ、率直なことを口にする。


「なあシェノ、俺はお前に出会えて良かったと思ってるぞ」


「い、いきなり何!?」


「態度はクソ悪いし、口も悪いが、それでもお前は、俺たちを一度だって見捨てようとはしなかった。だから俺とフユメは魔王に勝てたんだ」


「あ、あんたらがいなくなったら、ニミーが悲しむから仕方なく——」


「お前がニミーのお姉ちゃんらしく、実は仲間思いの優しいヤツなこと、俺たちが知らないとは思うなよ」


「うるさいうるさい! それ以上言ったら、今までの数カ月分の家賃を請求してやる!」


 それは困るので、お望み通り黙っておこう。

 黙ったら黙ったで口を尖らせるシェノだが、知らん。


 俺は俺の望みを叶えるため、コターツに入った。

 体も心も揉みほぐし、眠気を誘う優しい暖かさ。これこそ至福の時間。


 コターツの中でくつろいでいると、隣にフユメがやってきた。

 体を寄せてコターツに入ってきた彼女は、どこか寂しげである。


「ようやく、終わりましたね」


「だな。ここまで長かったような、短かったような」


 ロクでもない思い出ばかりが蘇るが、それもまた大切な思い出だ。


「いろいろあったな」


「いろいろありましたね」


「いろいろと、ありがとな」


「こちらこそ、いろいろとありがとうございました」


 やはりフユメは寂しそうな表情。

 大事な宝物を抱きしめるかのように、彼女はつぶやく。


「これで、魔法修行は終わりです。私の役目も終わりです」


 言われてみればそうだ。

 魔王を倒した俺は、もう魔法修行をする必要はない。

 救世主派遣法の適用外となった俺にとって、魔法修行補佐のフユメはお役御免だ。


 だからって、フユメと一緒にいる理由がなくなったわけではないのだから、フユメが寂しげな顔をする必要はないのに。


「そんな顔をするなって。魔法修行が終わっても——」


 言いかけて、俺の言葉は中断してしまう。

 いつの間に操縦室にやってきていたラグルエルが、俺の言葉に被さったのだ。


「魔王の反応は完全に消え失せたわ。ついにやったわね、クラサカ君」


 相も変わらず唐突な出現である。


「どうも、ラグルエルさん」


「これでクラサカ君は晴れて真の英雄よ。『救世主派遣法』に則って、あなたを『プリムス』人として迎えることも可能だわ」


 なるほど、俺にはそんな選択肢があるのか。


 けれども俺の心は、すでに決まっている。

 それが分からぬラグルエルではない。


「さあ、クラサカ君はこれからどうするつもりかしら? と言っても、クラサカ君の答えは知ってるけどね」


 そう言っておかしそうにするラグルエル。

 彼女が思い浮かべているであろう答えを、俺は一切の躊躇もなく言い放った。

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