最終章3話 貴様の肉片が少しでも私の国に残ることが不快だ!

 全ての兵士を行動不能にし、乱雑にハネた髪をかき上げたシェノは、銃口を独裁者に向けていた。


「やめろ! 撃つな!」


 世界から敵視されようと意に介さなかった独裁者は今、1人の少女に怯えきっている。

 こう言うと独裁者が腰抜けな人間に思えてしまう。


 だが、その少女は、会議室にいる兵士全員をたった1人で行動不能にしたシェノだ。

 しかもシェノが持つのはレーザー銃、つまり『スペース』には存在しない銃。

 おまけに撃ち殺したはずの俺が蘇った。この状況、誰であろうと怖がって当然である。


 心が恐怖で満ちたとき、人はその恐怖をどのように紛らわせようとするのか。

 俺はとりあえずコターツのことを考えるが、独裁者は?


「クソ! これも全部お前の責任だぞ! お前が無能な警備兵を集めたから、こんなことになったんだぞ!」


「お、お待ちください! 必ずや、私が閣下をお守りします!」


「黙れ! お前は処刑だ! 全ての責任を取って死ね!」


「処刑!?」


 独裁者の恐怖は、側近への怒りに変換されたようだ。

 敵を前に側近を怒鳴る独裁者を見て、シェノは唖然とした様子。


「なんか、勝手に揉めはじめたけど」


「これで良い。これが俺の狙いだ」


 考えていた方法とは違ったが、俺は無事に独裁者を恐怖のどん底に落とせたようだ。

 銃口を向けられたままの独裁者は、冷や汗を垂らしながら必死の表情。

 もはや彼は、この場をしのぐことだけで精一杯。


「頼む! 私を殺さないでくれ! いくらだ? アメリカにいくらで雇われたんだ? 金ならいくらでもやるぞ!」


 命と比べれば、プライドなど安い物ということか。

 しかし残念。俺たちは独裁者に興味などない。


「シェノ、もう少し脅してやれ」


 そう言った直後、シェノが拳銃の引き金を引いた。

 撃ち出されたのは、ショックモードのレーザーではなく、死への近道となるレーザー。

 赤のレーザーは独裁者の首元を飛び抜け、会議室の壁に焦げ跡を作る。


「や、やめろ! 殺すなら、この無能を殺せ!」


 ついに独裁者は、側近を指さしそう叫んだ。

 先ほどから唇を噛んでいた側近は、表情を歪ませる。


「閣下!?」


「これが済んだら、どうせお前は処刑する! ならば、せめて私の盾になれ!」


「……お主の側近を演じるのも、もはや限界だ。この程度のことで、なんたる無様な姿。この愚か者め」


「な、何を言って……」  


 側近からの不遜な言葉に、独裁者の動きが止まった。

 死人のように冷たい目で独裁者を見下した側近は、独裁者を無視して俺たちを睨みつける。

 一方の俺たちは、禍々しいオーラに思わず身構えた。


 パーティーの主役の登場だ。


「よう魔王、やっと正体を現したな。独裁者の側近はどうだった?」


「世界に危機を振り撒き戦争の火種を生み出すまでは良かったのだが、この独裁者は想像以上に肝の小さき男であったようだ」


「利用する人間を間違えたな。ま、俺としてはありがたいことだけど」


「救世主、お主はどこまでも忌まわしい……」


 そうは言いながらも、側近――魔王はニタリと笑う。


「だが、勝った気にならぬことだ。我は必ずや、お主の故郷であるこの世界をも滅ぼしてやろう。世界が絶望に満ち溢れている様をお主に見せつけ、お主が我に助けを乞うまで――」


「私を無様と言ったな貴様! 許さん! 絶対に許さん! この汚物め! 私の国を汚すな! 処刑してやる! 一片も残らず粉々に吹き飛ばしてやる!」


 せっかくの魔王らしいセリフも、独裁者の怒りに上書きされてしまった。


 魔王だとかなんだとか、独裁者にとっては知らぬ話。

 今の彼の頭には、生き残ることと、現状に対する怒りしか存在しないのである。

 もはや俺たちのことも忘れたか、側近に向けられた独裁者の怒りは増大するばかり。


「貴様の肉片が少しでも私の国に残ることが不快だ! 貴様の血の一滴が私の国の土地に染み込むことが不快だ! ただで済むと思うなよ、ただの処刑で済むと思うなよ! 貴様の家族も、貴様の友人も、1人残らず処刑してやる! 私の国の記憶から貴様を消し去ってやる!」


「うるさいぞ。少しは口を閉じて――」


 我慢も限界に達し左腕を伸ばした魔王だったが、しかし魔法は発動されない。


 よろけた魔王は、右手で頭を抱え、目を見開く。

 彼の体は小刻みに震え、その震えをなんとか抑えようと魔王はあがく。


 それはまるで、自分の体が他人に奪われるのを阻止するかのようであった。


「……なぜだ……なぜこの記憶が蘇るのだ……!」


 俺たちは確信した。

 勝利は目前だ。


「……そうか……お前も……肝の小さき男だったか……!」


 魔王も確信したようである。

 敗北は決定的だ。


「……利用する人間を間違った……救世主よ……お主の言う通りであったぞ……」


 自分の間違いを認めるとは、素直なことだ。


 側近の顔が心の底から悔しそうな表情を浮かべた直後、側近の体から紫の煙が吹き出し、消えていく。

 残された側近の体は膝をついた。


「わ、私は……閣下!?」


「見ろ、側近の元の人格が帰ってきた」


 俺たちは勝利を掴みとった。

 魔王の侵略の魔の手を、『スペース』から追い出すことに成功した。

 これで『スペース』の安全は確保され、魔王の野望の一端を破壊したのである。


 勝利に喜ぶ俺とフユメ、使い魔は、無意識のうちにハイタッチ。

 他方、魔王のことなど知らぬ独裁者と側近の話は終わっていない。


「貴様は処刑する! 今すぐにだ! 慈悲も容赦もない!」


「閣下! 私は閣下に忠誠を誓っています! ですから、どうか命だけは!」


「今さら命乞いか!? この無能め! その汚れた口を今すぐにでも閉ざしてやる!」


「全ての不穏分子は、私がこの手で処断します! 憎き帝国主義者どもは、私がこの手で粉砕してみせます! 領主様が作りし、閣下の聖地であるこの国に、私は絶対の忠誠を誓い、命尽きるまで閣下の忠臣となります! ですから………ですから! 命だけは!」


 数秒前と比べ、命乞いをする側近の背中は丸く小さい。

 独裁者の怒鳴り声に支配された会議室で、フユメは首をかしげた。


 しばしの後、フユメは手を叩き納得する。


「なるほど、側近の保身が魔王の魔核を追い払ったんですね。だからソラトさんはわざと独裁者を怒らせたんですか」


 ようやくフユメは俺の考えを理解したらしい。


「そういうことだ。独裁者の怒りが側近に向けられれば、側近の保身に走りたい気持ちが刺激されると思ったんでな。ま、こんなにうまくいくとは思わなかったが」


「保身で魔王の魔核を追い払おうなんて、よく思いつきましたね」


「以前どっかで見たネットニュースに、某国の側近は保身の塊だ、って書いてあったんだ。それを参考にした」


「そんな出典が怪しい記事で世界が救われたんですか……」


 じっとりとした目をするフユメ。

 拳銃を構えたままのシェノと、羽をぱたつかせる使い魔は、独裁者と側近を眺めていた。


「ねえ、こいつらどうする?」


「まお~?」


 口汚く罵る独裁者と、床に頭をこすりつけ泣きわめく側近。

 なかなかの地獄絵図だが、彼らを放っておくわけにもいかない。

 フユメは困ったように言う。


「このままだと、側近は処刑されちゃいますね。それに、独裁者が勘違いして、戦争が起きてしまったら大変です」


「そうだな……」


 こういうとき、どうすればいいのか。

 アイシアやエルデリアなら分かるのだろうが、俺たちには分からない。


 とりあえず映画やドラマを参考にしてみよう。

 自国で地位を追われた人間がすることと言えば――


「側近をアメリカかロシアかなんかに亡命させよう。あとは世界の諜報機関に任せておけば、なんとかなるだろうし」


「各国に丸投げですか。でも、それ以外に私たちができることはなさそうですね」


「よし、決まりだ」


 ということで、俺たちは独裁者を気絶させ側近を連れ出す。

 そしてグラットンを飛ばし、某諜報機関の建物の前に側近を置いてきた。

 せっかく『スペース』の破壊を阻止したのだから、『スペース』での戦争も阻止したいものである。

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