最終章 魔法修行の成果

最終章1話 うう……救世主は辛い仕事だ……

 最高の2時間であった。


 暗闇の中、巨大スクリーンに映る銃撃戦の映像。

 実際の銃撃戦に身を投じるよりも、俺の心は踊り狂っていた。


 エンドロールが終わり、淡い光が灯されると、俺は席を立ち、廊下に出た。

 そして、思わずつぶやいてしまう。


「良い映画だった」


 故郷『スペース』における映画館での映画鑑賞。

 数ヶ月も映画体験から離れていた俺は、満足感に浸っている。


 満足感に浸っているのは、俺だけではない。


「良い映画でしたわ」


 隣のスクリーンの出入り口でそうつぶやいたのは、パーカー姿に明るい色の髪を垂らした少女だ。

 お忍び中の王女様である彼女に、俺は話しかける。


「おいアイシア、こっちの世界の映画はどうだった?」


「古典的な2D映画というものが、これほど素晴らしいものだとは思ってもみませんでしたわ!」


 実は『スペース』と『ステラー』の映画は、その形態がまったく違う。

 もはや『ステラー』では、巨大スクリーンに映画を映し出すという文化が存在しない。


 つまり、アイシアははじめての映画館を堪能したということ。

 その感想を、アイシアは目を輝かせて口にした。


「何より、物語がとても魅力的ですの! 物語に引き込まれて、気づけばまるでスクリーンの中に入り込んでいるような感覚でしたわ! 立体映像に包まれずとも、2Dであろうとも、映画の世界に入り込めるだなんて、わたくし、はじめて知りましたの!」


「うむうむ、こっちの世界の映画の魅力が伝わって何よりだ」


「こんなに素晴らしい映画をたくさん見てきただなんて、ソラさんが羨ましいですわ」


 キラキラとした瞳で俺を見つめるアイシア。

 続けて彼女は質問してくる。


「ソラさんは、どんな映画を見てきましたの?」


「アクション映画だ。ざっくり言えば、殺し屋が暴れ回る映画だな」


「なるほど、アクション映画ですの。興味深いですわ」


「じゃあ、ちょうどこれからはじまる『008 スカイダウン』なんか見てみたらどうだ。長いシリーズものだけど、一作でも十分に楽しめるぞ」


「分かりましたわ! ソラさんのオススメに従いますの!」


 完全に映画の虜となったアイシアは、凄まじい勢いでチケット売り場へ。

 俺も時間を確かめ、チケット売り場へと向かった。


「さてと、俺も次の映画を――」


 ところが、俺がチケット売り場にたどり着くことはなかった。

 突如として俺は何者かに服を掴まれ、映画館の出入り口に引きずられてしまったのである。

 振り返ればそこには、俺の服をつかみ頬を膨らませるフユメと、フユメの肩に乗る、ぬいぐるみのフリをした使い魔の姿が。


 フユメは怒りと呆れを織り交ぜ口を開く。


「もう時間です! 魔王の魔核の退治に行きますよ!」


「まお~」


「待ってくれ! 新作映画を見て回るチャンスなんだ! あと10時間ぐらい遅れても大丈夫だろ!」


「10時間も映画を観るつもりだったんですか!?」


「まお~!」


 無情にも、俺の訴えはフユメには届かない。

 そして、こういうときのフユメの腕の力には勝てない。

 抵抗も虚しく、俺は映画館の出入り口へと引きずられていくのだ。


「シェノさんたちも待っていますし、メイティちゃんやニミーちゃんだって別の世界で魔核退治を頑張っているんです。ソラトさんも、自分の仕事ぐらいは真面目にやってください」


「うう……救世主は辛い仕事だ……」


 今、俺は救世主の道を歩んだことを後悔している。


 12時間、たった12時間・・・・・・・だけ映画を見ることも許されないのだ。

 世界を救うため、スクリーンの向こう側で世界を救うヒーローたちの姿を見ることを、俺は諦めなければならないのだ。

 そう思うと、なぜだか目から水が零れ落ちるのだった。

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