第5章21話 懲りないヤツだな、カーラックは

 デイロンとの戦いに終止符が打たれる一方、もうひとつの戦いを終わらせようとする者がいた。

 手錠をかけられた女将校を前にして、腰に手をやるアイシアだ。


「ケイ=カーラック少将、お話がありますの」


 余裕の笑みと鋭い瞳。

 相変わらずの、優雅さと冷酷さが隣り合った口調。


「あなたは真実を知りましたわ。これから先、どうしますの?」


 カーラックにとっては、あまりに不都合な真実だろう。

 何せ、自分の信じてきたものが一斉に崩れ去ってしまったのだから。


 きっと他の帝國軍兵士たちと同じく、カーラックも呆然としているはず。

 そう思っていたのだが、カーラックもまた相変わらずであった。


「どうしたも何も、私は帝國軍人だ! 私は帝國のために戦い続けるつもりだ!」


「人間でない皇帝を戴いた帝國のために、ですか?」


「馬鹿を言うな! 今の帝國は、断じて帝國のあるべき姿ではない! 魔王とやらに魂を売った大逆人ハオスは、私たちをたぶらかし、我ら人間から帝國を奪ったのだ! ならば、本来の帝國を奪還する! それが私の戦いだ! 今までと何も変わってはいない!」


 人の減った大広間に響くカーラックの怒鳴り声。

 ふと小さく笑ったアイシアは、白く繊細な手を差し出す。


「でしたら、わたくしたちと手を組みましょう。わたくしは、カーラック少将が協力してくれるのを歓迎しますわ」


 敵の敵は味方というやつだ。


 普通ならば、ここでアイシアとカーラックは握手を交わすだろう。

 けれども普通でないカーラックは、アイシアの手を払う。


「ナメるな! 誰が下等生物どもの手を借りるものか!」


「ええ!?」


「この銀河を支配し平和と安定をもたらすのは、我ら人間だ! 我ら人間が下等生物の手を借りるのではなく、貴様ら下等生物が我ら人間の手を借りるのだ!」


「この期に及んで、まだそんなことを言うのですね……」


「我ら人間の手を借りたければ、私たちを解放しろ。そうすれば、貴様らにとっても悪くない未来が待っているのだぞ。さあ、その合理的な頭を動かせ」


 圧倒的に弱い立場も気にしない、なんとも傲慢な言葉が踊った。

 これには誰も彼もが呆気にとられ、困惑する始末。

 俺は、過去の自分の言葉を後悔している。


――どうせ落ちぶれるなら、自分の道を突き進んで落ちぶれろ。


 きっとカーラックは、それを実践しているのだろう。

 幸い、誰も俺のせいだとは気づいていないようなので、俺は口を閉ざした。

 メイティは微妙な表情で俺を見つめているが、何も言わないのでセーフ。


 しばらく困惑した空気が張り詰める中、アイシアは考える。

 考えた結果、彼女は大きなため息をつくのだった。


「はぁ……分かりましたわ。カーラック少将とあなたの部下を解放するよう、銀河連合に掛け合ってみますの」


 疲れた顔をしたアイシアと、勝ち誇ったかのような顔をするカーラック。

 苦労ばかりの王女様と、嫌な女将校である。


「懲りないヤツだな、カーラックは」


 思わずそんな感想が俺の口から飛び出してしまった。

 あの女将校、俺が思っていた以上に傲慢で、悪運の強いヤツだったようだ。


 カーラックの言動に呆れていると、俺の背後に1人の男が近づいてくる。

 魔王ではなく国王の顔をした彼――カムラは、どこか申し訳なさそうに俺に話しかけた。


「君が救世主の、クラサカ=ソラトか」


 思えばカムラと話すのはこれがはじめて。

 今さらではあるが、国王との会話とは緊張するものである。

 無意識に背筋を伸ばした俺は、緊張気味に答えた。


「はい」


「この度は、よくぞ我が国サウスキアを救ってくれた。感謝する」


「そんな、俺はただ魔王を倒したかっただけです」


「我輩が君に感謝するには、それだけの理由でも十分過ぎるくらいだ」


 ちょっと前まで魔王であったとは思えぬ低姿勢なカムラ。

 破壊の使者としての姿しか知らぬ俺からすると、現在のカムラの姿は新鮮だ。


 といっても、彼と俺の関係はまだ浅い。

 しからば当然、話題は共通の存在へ。


「我が娘のアイシアが世話になったようだが、迷惑はかけなかったか?」


「ええと……それは……」


 口が裂けても『いいえ』とは言えない。

 されど『はい』とも言えない。

 この数ヶ月間を、俺は一体どう説明すれば良いのか。


 返答に窮した俺は、結果的に黙り込む。

 するとカムラは、瞳を冷たくさせて言い放った。


「まあ良い。アイシアと君が手を組み、我輩に対してクーデターを起こすよりは、アイシアが君に迷惑をかけていた方がいく倍もマシというものだ」


 冷淡な視線が俺とアイシアに向けられた。

 この意地悪さ、どことなくアイシアらしさを感じる。

 やはり2人は親子だ。嫌な親子だ。


 嫌な親子ではあるが、多少の親近感が湧いた。せっかくなのだから、会話を続けよう。


「あの、ひとつ質問しても?」


「どんな質問でも答えよう。君は命の恩人なのだから」


「なぜカムラ陛下は、魔王に勝てたんですか?」


 今後の魔王との戦いのために必要な情報を揃えるための質問。

 というのは建前で、実際は俺の興味本意による質問。


 兄妹の思い出話が勝利へのトリガーになったとは思えない。これは断言できる。

 では何が、魔王を打ち倒す要因となったのか。


 カムラはどこか遠くを見つめ、落ち着いた口調で答えた。


「亡き妻のことを思い出したのだ」


 そこからはじまったのは、カムラの昔話。

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