第4章17話 これより作戦フェーズ2を開始する

 回収できたのは、3人分の戦闘服と2人分の制服。制服のうちの1着は、階級章を見る限り大佐のものらしい。

 悪くない組み合わせだ。


 これからは、この軍服を着て帝國軍兵士に偽装し、牢獄に向かうことになる。

 もちろん危険な任務であり、またエレベーターの監視も必要だろう。


 そこで、特殊部隊のリーダーが大佐の制服に、シェノがもう1着の制服に、俺とメイティ、特殊部隊の隊員の1人が戦闘服に身を包んだ。


「わあ! かわいい! メイティちゃんは戦闘服を着ていても、そのかわいさを隠しきれてません!」


「……ふにゃ……!」


 目を輝かせたフユメに撫でられ、どことなく困り顔のメイティ。

 気にせずメイティを撫で続けるフユメは、そのままシェノに視線を向け微笑んだ。


「シェノさんも、制服姿が似合いますね!」


「そうかな? あたしとしては、ちょっと動きづらいんだけど……」


 息苦しそうにするシェノではあるが、今回はフユメの言う通り。

 かっちりとした男物の制服だというのに、今のシェノは歴戦の戦士のようだ。

 死地をくぐり抜けてきた鬼の大尉、といったところか。


「準備は完了したようだな。これより作戦フェーズ2を開始する。行くぞ」


 帝國軍の大佐に化けた特殊部隊のリーダーは、時間を惜しみ出発の態勢に。

 戦闘服を着た俺も、リーダーの言葉に従い倉庫の出入り口に足を向けた。


「フユメ、エレベーターの監視は任せたぞ」


「はい。怪しい動きがあれば、すぐに連絡します。みなさん、気をつけてくださいね」


 普段通りの格好のフユメと4人の特殊部隊隊員は倉庫で待機。

 俺たちは優しい微笑みに見送られながら、ゆっくりと、だが自然に倉庫を後にする。


 それにしても、いくら帝國軍兵士の格好をしていようと、敵地のど真ん中に立つのは緊張するものだ。


 一応、俺たちの周りを歩く数十人の帝國軍兵士たちは、俺たちに特別な視線を向けることはない。

 彼らにとって、今の俺たちは顔も名も知らぬ同僚である。


 けれどもこちらからすれば、彼らは敵。

 いつ正体がバレるかもしれない恐怖に怯えながら、俺は軍帽を深くかぶった。


 対してシェノと2人の特殊部隊は、堂々と廊下を歩く。猫耳と尻尾を隠したメイティも、知らずに見れば立派な帝國軍兵士である。


 なんだかんだと、俺たちはエレベーター前に到着し、エレベーターに乗り込んだ。

 青白い光に照らされた、動く狭い空間。

 わずか数分、されど数分ぶりの敵のいない場所で、俺は一息つく。


「意外とバレないもんだな」


「帝國軍の兵士なんて1000万人以上いるからね。そうそうバレないでしょ」


「まあ、そりゃそうか」


 東京都民とて、東京に住む全ての人の顔を知っているわけではない。

 数人の埼玉県民が混じっていたところで気づきはしない。


 誰も俺たちのことなど興味がないのだ。

 単に俺が心配しすぎなのだ。


 とはいえ、これからの任務は楽観的ではいられないだろう。


「魔術師、牢獄に到着したら、敵を攻撃するのか? それとも、先ほどと同じく敵は殺さないのか?」


 特殊部隊リーダーの質問に対し、メイティはぺこりとうなずいた。

 あくまで不殺を貫き通すメイティ。

 俺はそんな彼女の味方だ。


「じゃ、いつも通りの攻撃で良いんだな?」


「……うん……」


「今回は、そこに電気ショック魔法も追加か?」


「……そう……」


「よおし、伝説のマスターに任せなさい」


 エレベーターのパネルに表示された数字は、牢獄への到着を報せる。


 静かに開いた扉の向こう側には、牢獄の入り口を管理する1体のドロイドが。

 帝國軍の兵士として、俺はドロイドの前に立った。


《何かご用でしょうか?》


「ここに囚われてる銀河連合の囚人と話がしたくて」


《そのような予定はありませんが、緊急の用件でしょうか?》


「ああ、お前と話をしてる暇もないぐらいに緊急だ」


 機械的なことしか言わぬ機械の相手は面倒だ。

 話を手っ取り早く終わらせるために、俺は電気ショック魔法を使いドロイドをショートさせた。


 特殊部隊の2人は制御盤を操作し、牢獄の出入り口を開く。


 花開くかのごとく開かれた何重もの分厚い扉と、一瞬で消えた網目状のレーザー。

 俺たちの前には、数体のドロイドと2人の兵士が仕事する六角形の部屋が広がった。

 殺風景なこの部屋で、2人の兵士は訝しげに俺たちを見つめる。


「……ソラト師匠……!」


「やるか!」


 小細工は不要だ。俺とメイティは腕を突き出し、氷魔法を放った。

 メイティの氷魔法は2人の兵士の脚を凍らせ、俺の氷魔法は数体のドロイドを凍らせる。


 自由を奪われ焦る兵士と、床に落下し金属音を鳴らすドロイド。


 涼しさを増した部屋に鳥肌を立てながら、俺とメイティは身動きのとれぬ兵士とドロイドの側へ。

 続けて電気ショック魔法を発動、彼らは気絶(ショート)し一切の動きを止めた。


「……倒した……」


「掃除は終わったぞ」


「さすがは魔術師のお二方だ」


「さっさと銀河連合の高官、救出しよ」


 特殊部隊の2人は俺とメイティの魔法に感心した様子。

 一方のシェノは、見慣れた魔法などには興味を示さず、制御盤を眺め高官を探しはじめた。


「お宝の在り処は……第三ブロックの……10から14だね」


「分かった。行こう」


 シェノの言葉に従い、六角形の部屋から伸びる5つの廊下のひとつへ。


 まともな明かりもなく、四方を囲む壁に押し潰されてしまいそうな不快感を抱かせる廊下。

 行く手を遮る複数の鉄柵をマグマ魔法で溶かし突破すると、ようやく目的地に到着だ。


「ここか。よし、扉を開けるぞ」


 高官たちが捕まる牢獄と廊下を隔てる固い扉もまた、マグマ魔法で破壊する。

 灰色の無愛想な扉は歪に溶かされ、もはや扉としての機能を失った。


 オレンジ色の輪っかを描く扉から牢獄を覗くと、そこには怯えた様子の人々が。

 人々、と言っても彼らは人間ではない。細い手足と縦長の顔、柔らかい羽毛が特徴の種族――ヨンピュ人たちだ。

 高官の家族というだけあって、牢獄の中にいるのは子供を含む男女5人。


「な、なんだお前らは!?」


「またニンゲンが襲ってきた!?」


「ママ~! 怖いよ~!」


「大丈夫よ。ママとパパが守ってあげるからね」


「劣等種! これ以上、私の家族に手を出すことは許さん!」


 しょっぱなから罵詈雑言とは傷つくものだ。

 だが、これも仕方のないことだろう。

 デスプラネットで帝國の軍服を着た人間を見れば、それが帝國軍の兵士と思うのは当然のこと。


 特殊部隊のリーダーは一歩前に出て、高官とその家族に同盟軍のシンボルを見せ言った。


「我々は銀河連合同盟軍です。皆様の救出に来ました」


「銀河連合同盟軍!? なぜ銀河連合が私たちを救うのだ!?」


「皆様が救うに値する命であると判断したからです」


 反銀河連合的政策を進める惑星の高官は首をかしげ、リーダーは率直に答える。

 あまりに率直すぎるリーダーの答えに、俺は苦笑してしまった。


 ところが、合理で固められた者たちにとっては、リーダーの答えこそ納得できるもの。

 多少の戸惑いを隠しながらも、ヨンピュの高官たちは落ち着きを取り戻した。


「他の牢獄も開けるぞ」


 残る牢獄は4つ。

 俺はマグマ魔法を使って4つの牢獄の扉を破壊し、デスプラネットに囚われていた全ての高官とその家族を解放した。


 大きく真っ黒な目が特徴的なのがゼイ人、5つの脚とうろこ状の肌が特徴的なのがメルガーラ人。


 高官はそれぞれの惑星から2人ずつの6人、それに家族を加えて20人、うち8人は子供だ。


「大所帯だな」


「こいつらを格納庫まで連れて、奪った輸送機で逃げる? ひどいピクニックだね」


「家族で楽しむデスプラネットツアーってか? はあ……面倒だ……」


 救出する高官とその家族の人数が20人であるのは知っていた。

 彼らを無事にデスプラネットの外へ連れ出す作戦も用意している。


 それでも、実際に20人の家族たちを前にすると、作戦が途端に面倒に思えてきた。

 何より、その作戦自体も危ういものなのである。


 特殊部隊のリーダーは、メイティに2着の帝國軍兵士の軍服を持たせ、フユメたちのもとへ向かわせていた。

 そして、たった今、メイティとフユメから連絡が入る。


《……フユメ師匠たち、援護する……》


《私たちはいつでも作戦を開始できますよ》


「了解」


 時を同じくして、帝國軍兵士の格好をした2人の特殊部隊隊員が牢獄にやってきた。


「我々も準備完了です」


「いつでも命令を」


「よし、では作戦フェーズ3をはじめる」


 作戦フェーズ3――デスプラネットからの脱出。

 この難しい任務を成功させることができるかどうかは、もう俺たちの頑張り次第だ。

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