第3章23話 思い出すだけでも胸糞悪いな
ヤーウッドに住み着いてから数日。
この数日間、俺たちは平穏な生活を送っていた。
ニミーはヤーウッドを冒険し、早くも乗組員たちのアイドルに。
シェノはアイシアの
メイティは艦橋が気に入ったのか、操舵室でドレッドと一緒にいることが多かった。
フユメはヤーウッドのAIと話し込み、あらゆる情報を仕入れてくる。
そして俺は、コターツの中でグダグダとするだけだ。
しかし、いつまでも平穏が続くわけではない。
《ハイパーウェイ、順調に航行中! ドゥーリオ到着まで約30分です!》
《救世主から、ドゥーリオに帝國軍出現の報告があった。我々はドゥーリオ到着後、すぐさま過去の救世主の援護を開始する。万が一に備え、乗組員と戦闘員の諸君は戦闘の準備を》
艦内に響き渡るヤーウッドのAIとドレッドの声。
日付から考えて、今日は過去の俺たちがドゥーリオで帝國軍と戦う日だ。
タイムスリップした帝國軍が、これを機に過去の俺たちを攻撃する可能性は十分にある。
だからこそ、今の俺たちを乗せたヤーウッドはドゥーリオに向かうのである。
ドゥーリオ到着までの戦闘準備。
俺とフユメはグラットンが待つ格納庫へと急いだ。
「あのときって、確かデイロンと戦ったんだよな」
「はい、ドゥーリオの住民に危害を加えていた帝國軍兵士を、ソラトさんとシェノさんのグラットンが倒しました」
「あの住民殺しか……思い出すだけでも胸糞悪いな」
デイロンに関する記憶に良いものなし。
今日もまた、泥沼に足を取られたような嫌な思い出がひとつ増えてしまうのだろう。
テンションが下がった俺は大きなため息をついた。
ヤーウッドの廊下を走り格納庫へ。
整備員たちの間を縫い、格納庫に置かれたグラットンへ乗り込むと、そこはふんわり空間。
「おお~! プーリン、クリームといっしょにたべると、すごくおいし~!」
「プーリンおいしいプーリンおいしい」
「……クリーム多め、喜んでくれて、良かった……」
幸せそうな表情をするニミーと、狂気的な勢いでプーリンにがっつくシェノ。
そんな2人を見て尻尾をフリフリするメイティは、俺たちにも気がついたようだ。
「……あ、ソラト師匠と、フユメ師匠……プーリン、食べる……?」
「もちろんだ」
「いただきます」
メイティからプーリンとスプーンを受け取り、コターツに潜ると、そこからは至福の時間である。
コターツとプーリンという2つの古代兵器の威力は抜群だ。
嫌なことは全て忘れ、ふんわり空間を漂う俺たち。
もしヤーウッドのAIが黙ったままであれば、俺たちはいつまでもこうしていたことだろう。
《ハイパーウェイを抜けます!》
直後、小刻みに揺れるヤーウッド艦内。
どうやら至福の時間は終わってしまったようだ。
ヤーウッドのAIに続きグラットン船内に響き渡ったのは、アイシアとドレッドの指示である。
《ドゥーリオに到着しましたわ。グラットンのシェノさんたちは、地上に降りて帝國軍の動向を探ってほしいですの》
《発艦許可はすでに出ている。出撃せよ》
できればもう少しだけ、ふんわり空間を漂っていたかったものだ。
しかし、ドゥーリオの地上では、帝國軍が過去の俺たちを狙っている頃合い。
のんびりとしている場合でもないのだ。
シェノは心のスイッチを切り替え、操縦席に座り、グラットンのエンジンを起動させる。
修理がまだ完全ではないのか、エンジンの起動音には嗚咽するかのような不安定な音が混ざっていた。
それでもグラットンは順調に飛行し、ヤーウッドの格納庫を後にする。
フロントガラスの外に浮かぶのは、灰色の雲に全体を包まれ、至る所に稲妻が走る惑星。数か月ぶりのドゥーリオだ。
数か月ぶりとはいえ、その数か月前と同じ日のドゥーリオ。当然、代わり映えはしない。
ドゥーリオの大気圏に突入すると、シェノは無線を通しヤーウッドに伝える。
「帝國軍にこっちの位置を知らせたくないから、レーダーも無線も切るよ」
《え!? それでは、わたくしはシェノさんの勇姿を見ることができない――》
「じゃあね」
ヤーウッドから聞こえるアイシアの言葉は、一方的に遮断されてしまった。
揺れる船内、近づく分厚い雲、山の頂。
久々の光景を前にして、俺は過去を思い浮かべる。
あのときはまだ、俺はグラットンの居候ではなく、シェノの客であるエルデリアのおまけのような存在であった。
それが今や、シェノとともに宇宙を飛び回り、挙句にタイムスリップをする始末。
地上にいる過去の俺は、シェノとニミー、グラットンにこれだけお世話になるとは予想だにしていないことだろう。
俺と同じく、シェノも久々の光景を前に昔を思い浮かべていた。
「そういや、この辺りから疫病神が取り憑いたんだっけ」
遠くを見つめ、ふとつぶやくシェノ。
心の底から這い出す彼女のつぶやきを、俺は聞かなかったことにした。
山のすぐ側にまでやってきたグラットンは、誰にも見つからぬよう山頂へと着陸する。
帝國の巡洋艦は雲の中に隠れたままだ。
ニミーとメイティに留守番を任せ、俺とフユメ、シェノはグラットンを降りる。
薄い雲を抜けた俺たちは、すぐさま山の空洞を見下ろす位置――狭く小さな谷地へ。
銃のスコープを使い、空洞の壁に築かれた街を眺めれば、そこには思い出したくもない光景が。
「いたぞ、デイロンたちだ」
「民間人は無事ですか?」
「無事じゃない。クソ、もう広場に集められて、何人かが殺されてる」
「そうですか……」
「まったく、胸糞悪い」
何度も目にしたい光景ではない。
罪のない者たちが殺されていく瞬間など、一度でも十分過ぎるくらいだ。
俺の心には怒りが湧き、体が勝手に乗り出す。
「ラーヴ・ヴェッセル。民間人の救出に向かうぞ」
「ソラトさん、待ってください」
立ち上がった俺の服の裾を掴んだフユメ。
今の彼女の瞳は、冷酷な現実を俺に突きつけていた。
「あのとき、未来の私たちが戦いに介入した痕跡はありませんでした。ということは、過去を変えないためにも、私たちは民間人の救出に参加するべきではないと思います」
「は? じゃあ、民間人を見捨てろと?」
「そうではありません! あのとき、過去のソラトさんたちは民間人を救いました。だから、民間人の救出は過去のソラトさんたちに任せるべきだと思うんです」
「……なるほどな」
まったくもってその通りだ。
俺たちがここにいるのは、過去を変えないためだ。
過去に失われた命を救えば、それは過去を変えたことに他ならない。
だからこそ、今の俺たちは民間人を救ってはならないのである。
俺の脳はフユメの言葉に納得し、心は怒りを抑えつけ、体は申し訳なさに沈んだ。
救いがあるとすれば、あのときの俺たちが民間人を救ったこと。つまり、スコープの先に見えた民間人は救われるということ。
民間人の救出はなしと決まった。ならばと、ライフルのバッテリーを確認するシェノは俺に聞いてくる。
「で、これからどうすんの?」
「とりあえず、どっかに帝國軍が隠れていないか――」
これからの方針を口にしようとした瞬間、背後から人の気配が。
俺とフユメは嫌な予感を胸に振り返り、シェノはとっさに銃を構えた。
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