第3章10話 魔術師は世界を破壊しかねぬ存在

 さて、俺たちが黙り込んでいるのを見かねたアイシアは、本題を切り出した。 


「ドレッド、ソラトさんたちの力を借り、荷物は無事に回収しましたわ」


「素晴らしいお働きです、殿下。魔術師の御一行にも、感謝しなければなりませんな。それにしても、試作品の一部とはいえ、新型エネルギー生成装置を盗み出そうとは、帝國軍も大胆な手に出たものです」


「ですわね。けれどもこれで、帝國軍の例の作戦を妨害することができますわ」


 俺たちの知らない場所で起こる、俺たちの知らない出来事。

 2人の話に俺たちがついていくことはできない。


「帝國の例の作戦についてですが――」


「何かありましたの?」


彼ら・・の言う通り、すでに準備が進められているようです」


「そうですの。それで?」


 ドレッドの表情が強張る。

 おろらく彼は、悪い知らせを伝えようとしているのだろう。

 少し間を置いたドレッドは、一切の装飾を施すこともなく、ありのままの知らせを口にした。


「この件について、国王陛下が殿下をお呼びしております」


「ついに、ですわね。ならば、王宮までの輸送機を」


 決断を下し、さらなる重荷を背負うかのようなアイシアの返答。

 アイシアは、自分にはまだ余裕があると主張する表情を浮かべているものの、その裏には疲弊した心が垣間見える。


 一体、彼女は何をしようとしているのか。

 どこへ向かおうとしているのか。


 そんなアイシアを、尖った耳を持つ1人の男の声が引き止めた。


「輸送機を準備する必要はない」


「カムラ陛下……」


 その名は聞いたことがある。

 カムラ=ランケスター、サウスキア王国の国王だ。


 ゆったりとしたシルバーのローブに身を包むカムラは、物々しい雰囲気の兵下を従え、アイシアの前に立った。

 相手は国王。にもかかわらず、アイシアの瞳は敵に向けられた剣先のよう。

 まさかの国王の登場に、俺たちは開いた口がふさがらない。


 一方でメイティは、毛を逆立て声を震わせる。


「……あの人、危ない……あの人、破壊の上に、立ってる……」


 そう言って俺の手を握ったメイティは、自らの直感に戦慄していた。

 ますます状況が理解できない。


 加えて、カムラの次の言葉が俺たちを混乱の渦に突き落とした。


「アイシアよ、お前は我輩の娘であるぞ。我輩のことはお父様と呼べ」


 分からなかった。

 なぜサウスキアの国王がアイシアを娘と呼んだのか、理解できなかった。


 だが、答えはカムラの言葉のまま。

 アイシアはサウスキア国王の娘、つまりサウスキアの王女であるということだ。


 王女アイシアは、なおもカムラを睨みつけ、冷たく言い放つ。


「カムラ陛下、わたくしに何用でしょうか?」


「……まあ良い。アイシアよ、そこにいるのが魔術師ソラトで間違いないな」


「はい」


「魔術師は世界を破壊しかねぬ存在。彼らを捕らえ、我輩に伝えよと申しつけたはずだが?」


「申しつけは守っていますわよ。こうして、カムラ陛下の前に魔術師ソラトを連れてきているのですから」


「得意の詭弁か」


「詭弁ではありませんの。わたくしは、この魔術師が本当に世界を破壊しかねぬ存在かどうか、観察したかっただけですわ」


「観察した結果は?」


「カムラ陛下の言う通りですわね。魔術師の力は、いずれ世界を破壊しかねませんの。それほどの力を、不幸にも劣等種であるニンゲンが所持しているだなんて、危険すぎますわ。わたくしたちサウスキアが目指す平和な世界に、魔術師は必要ない存在だと思われますの」


 相変わらず、2人の話についていけない。

 それでも、俺たちにとって都合の悪い話であるのは確実だ。


 魔術師は世界を破壊しかねない存在?


 いつの間に俺は魔王扱いされるようになったのか。

 どうやらアイシアとカムラは、俺の敵であったらしい。


「よろしい、魔術師ソラトと、ヤツの従者であるフユメを連行しろ」


「はっ!」


 国王の命令は絶対。

 銃を担いだ兵士たちは、手荒く俺とフユメに手錠をかけようとする。


「おいアイシア、どういうことだ?」


「申し訳ございませんの。わたくし、嘘をついていました」


「待てよ! 俺たちをどこに連れて行くつもりだ! おい! 説明ぐらいしたらどうだ!」


 状況はまるで理解できない。

 俺の頭は真っ白だ。


 一方でアイシアは、申し訳なそうに俺に言う。


「お願いですわ。どうかおとなしくしていてください」


「ふざけてるのか! まさかお前ら、俺たちを罠にはめたのか!?」


 いよいよ俺も我慢の限界だ。

 世界を破壊しかねない力・・・・・・・・・・・、この場で見せてやっても良い。

 俺は両腕を突き出し、このふざけた状況を吹き飛ばす光景を想像する。


 だが、フユメは俺の腕を掴んだ。


「ソラトさん! ここで魔法を使えば、ここにいる皆さんに危険が及びます!」


「当たり前だろ! そうじゃなきゃ、魔法を使う意味がない! 俺はメイティと違ってクソ野郎なこと、忘れるな!」


「もう少し状況を把握してから魔法を使っても、遅くはありません! 今は、おとなしく彼らの言う通りにしましょう!」


「……チッ」


 悔しいがフユメの言う通りだ。

 裏切り者を始末するなら、せめて裏切りの全貌を掴んでからである。

 楽しみは後にとっておこう。


「……わたし、2人を助ける……!」


「メイティ、お前はここに残れ」


「……だけど……」


「お前を地獄絵図に引き込みたくはないんだ」


「……分かった……」 


 俺の気持ちを読み取ったか、メイティは黙って引き下がる。

 アイシアとドレッドは、すでに俺たちへの興味を失ったか、早々と格納庫を去っていった。

 俺とフユメは兵士に手錠をかけられ、カムラも乗り込む1隻の宇宙船に連行される。


 今の俺に恐怖や焦りはない。

 カムラたちの言う通り、俺が世界を破壊しかねない力を持っているのは事実だ。

 その力を使えば、カムラが乗る宇宙船を破壊することなど、小枝を折るようなもの。


――俺を敵に回したこと、後悔させてやる。


 ただそれだけ。俺の心で暴れ狂うのは、ただそれだけの怒りであった。

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