第3章6話 追っ手を撒くから、少し揺れるよ

 くだらないデイロンの言葉など無視である。

 俺とメイティはすぐさまフロートカーゴに乗り込む。


「せ、狭い……」


「さすがに6人で乗るのは無理があったみたいですわね……」


「……うう……ソラト師匠に、押しつぶされる……」


 救世主、救世主補佐、ならず者、勇者、お嬢様、怪我人がそれぞれ1人ずつ。

 アイシアの膝の上にメイティが座り、メイティとドアの間に俺が挟まってようやく、6人全員がフロートカーゴに収まった。


 もしフユメとメイティが小柄でなければ、定員3名のフロートカーゴに全員が乗り込むことはできなかっただろう。

 密着する体から感じる少女たちの体温は、もはや暑いと形容できるほど。


「ここは我慢です! 他に方法はありませんから!」


「フユの言う通り。ってことで、出発進行!」


 運転席の狭さなどお構い無し。

 自動運転機能をオフにしたシェノは、フロートカーゴのAIすらもシャットダウンし、アクセルを力強く踏み込んだ。


 エンジンはうなり声を上げ、どっしりとした車体は加速をはじめる。

 土に埋まるデイロンと帝國軍兵士を置き去りにし、フロートカーゴは小道を進んでいった。

 向かう先は、もちろんグラットンの待つターミナル。


「追っ手は?」


「今のところはいないみたいだが――いや、ちょっと待て」


 窓を開け後方を確認。

 すると、筋肉質とでもいうべき4台のフロートカー――灰色のゴツいワゴン車が俺の目に飛び込む。


 次に俺が目にしたのは、ワゴン車から体を乗り出す帝國軍兵士と、その兵士が放った赤のレーザーであった。

 運悪く、そのレーザーは俺の右目を貫く。


「クソッ!」


「ソラトさん!? すぐに治療します!」


「……うう……今度は、フユメ師匠に、押しつぶされる……」


「はわわ、メイティさんのモフモフが鼻に入りますわ! くしゃみが出そうですわ!」


 脳まで焼いたレーザーの痛みにもがく俺。

 治癒魔法を使おうと、メイティを乗り越え俺に手を伸ばすフユメ。

 メイティとアイシアは、もがく俺と治癒魔法を使おうとするフユメに押しつぶされ、息をするのもやっと。


 十数秒して、俺の右目の視界は戻り、脳も元の形に、顔にあいた穴は綺麗さっぱり消え失せた。

 治療を終えたフユメは元の位置に戻り、メイティとアイシアも苦しみから解放される。


「すまん、油断した。追っ手は帝國の車が4台だ」


「分かってる、あたしも確認した。追っ手を撒くから、少し揺れるよ」


 ニタリと笑ったシェノは、急ブレーキと同時にハンドルを大きく回した。

 当然フロートカーゴは急減速、車体を大振りしながら小道の交差点を左折する。


 だが、大きな車体が小さな交差点を曲がるのは、やはり無理があったらしい。

 曲がり切れなかったコンテナは倉庫の壁に激突してしまう。

 大太鼓を鳴らしたかのような音ともに、強い衝撃が俺たちを襲った。


 それでもシェノはアクセルを踏み込む。


「あんた、あいつら攻撃できる?」


「もちろんできるが……やれってか?」


「そう」


 短く答え、またもブレーキを踏み、フロートカーゴを右折させるシェノ。

 突然の右折に頭をぶつけながら、俺は小さくため息をつく。


「はぁ。仕方ない、やってやるよ!」


 先ほど俺の頭を撃ったヤツに借りを返す良い機会だ。

 俺は開いたままの窓から体を乗り出し、フロートカーゴを追う4台のワゴン車に向け右腕を突き出した。


 せっかくである。覚えたばかりの岩魔法を使ってみよう。

 土砂に呑まれた際、俺の体を破壊した大岩の感覚を思い出す。

 そして小道に置かれた大岩を想像する。


 空想は魔力を通し、別次元と繋がり、あり得ないはずの存在を具現化。

 1台のワゴン車の進路を、突如として現れた大岩が塞いだ。

 回避も間に合わず正面から大岩に衝突したワゴン車は、フロントを歪ませエンジンを潰され、沈黙する。


「よし! 1台撃破!」


 帝國軍も黙ってやれられるほど愚かではない。

 俺と同じく窓から体を乗り出した彼らは、ライフルを撃ち放った。

 数多のレーザーはフロートカーゴやコンテナに突き刺さり、焼け跡を残していく。


 当たりどころが悪ければ、フロートカーゴが故障する可能性は十分あるだろう。

 無事に逃げ切るため、俺は容赦しないつもりだ。


「次だ!」


 最もフロートカーゴに迫ったワゴン車に向け、俺は右腕を突き出す。

 今度は使い慣れた氷柱つらら魔法の出番だ。


 宙に浮かび上がった無数の氷柱は、1台のワゴン車に殺到。

 鋭く尖った氷柱に叩きつけられ、ワゴン車のフロントガラスは粉々に砕け散る。

 ワゴン車に乗っていた者たちも氷柱に貫かれ、運転手をなくしたワゴン車は明後日の方向へ進み、倉庫の壁に衝突した。


「2台目も撃破したぞ!」


「やるじゃん!」


 敵を半減させた俺に対し、ハンドルを掴み前を見続けるシェノはそう言って笑った。

 シェノに素直に褒められたのは、これがはじめてではないだろうか?

 人生初の出来事に少しだけ喜びながら、俺は次の標的を狙う。


「あと2台か……ならいっそ!」


 ここは倉庫街である。俺たち以外に、人はどこにもいない。

 ならば、規模の大きい魔法を使っても問題はないはず。

 ワゴン車1台1台を撃破するのも面倒なため、2台まとめて破壊してしまおう。


 両腕を突き出すため、俺はさらに体を乗り出した。

 思い浮かべ想像するのは、地面を吹き飛ばす小規模な火山。


 だが魔法を使う直前、フロートカーゴがスピードを緩めることなく右折する。

 右折の勢いに抗いきれず、俺の体は車内に振り戻され、メイティやアイシア、フユメ、シェノ、挙句に怪我した男の体に覆いかぶさってしまう。


「な! 邪魔!」


 怒りをぶつけられ、シェノに荒々しく払われる俺。


「お、男は趣味ではない!」


 おかしな誤解を解く間もなく、怪我した男に力一杯に払われる俺。


「あわわ! ソラトさん、変なところを触らないでください!」


 不可抗力という言い訳は届かず、フユメに反射的に払われる俺。


「重いですわ」


「……よいしょ……」


 冷淡な文句を浴びせられ、メイティとアイシアにゆっくりと払われる俺。


 気づけば窓際に戻されていた俺は、再び窓から体を乗り出し、今度こそ魔法を発動した。


 俺が発動したのはマグマ魔法である。

 マグマ魔法により小道を覆うコンクリートはめくれ上がり、煮えたぎるマグマが吹き出した。


 吹き出したマグマは2台のワゴン車に覆いかぶさり、その車体を溶かしていく。

 水をかけられたアイスクリームのように溶けていくワゴン車は、もう俺たちを追うことはできない。


「どうだ! 追っ手を全滅させたぞ!」


「まあ! さすが魔術師さんですわ! 相変わらずお強いこと!」


 両手を合わせ、アイシアは俺の手柄を褒め称えてくれる。

 一方で、フユメたちの意識は未来に向けられていた。


「ターミナルまでは、あとどのくらいですか?」


「数分で到着すると思うよ」


「そうですか。これ以上、追っ手が増えないことを祈りましょう」


 これで仕事が終わったわけではない。

 まだ俺たちは、サウスキアへ運ぶための荷物を回収しただけなのだ。

 これから俺たちは、フロートカーゴが引くコンテナをグラットンに積み替え、サウスキアに向かわなければならないのだ。


 小道を抜けたフロートカーゴは大通りを走る。

 所々をレーザーに焼かれたコンテナとフローロカーゴは、街中では異様な存在。

 平穏な生活の中に切り込まれた戦場の傷跡に、人々の視線が注目している。


 あまり悪目立ちもしたくない。

 シェノは法定速度の限界までアクセルを踏んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る