第3章5話 またあいつか。どこまでも不愉快なヤツだな
さて、戦闘準備を終えた俺たちは、手を振るニミーに見送られながら、アイシアを先頭にグラットンのハッチをくぐった。
目的地に向かうアイシアの背中を眺めるフユメは、小声で俺に聞いてくる。
「アイシアさんって、何者なんでしょうか? 軍隊とも関係があるような感じですけど……」
「どこぞのお嬢様なのは確かだな。ただ、まともな金持ちの家ではなさそうだ。ま、アイシアが何者であろうと、俺たちはできることをやるだけだよ」
「そうですね」
先ほどのシェノに対するアイシアの言動は、俺たちに敵意を持つ者の言動ではない。
今のアイシアは俺たちの客なのだから、あまり疑うのも失礼だろう。
それでも、まったく警戒する必要はない、とは思えない。
というのも、メイティがアイシアに対する警戒を解こうとしないのだ。
まるで忍び寄る影を監視するかのように、メイティはアイシアから目を離そうとしない。
俺はメイティの勘を信じる。
同時にアイシアも信じる。
――それにしても、サバリクレイは本当に地球にそっくりだ。
立ち並ぶ雑居ビル。街を飾る街灯や街路樹。大通りを走り抜ける乗り物――フロートカー。行き交う人間そっくりのサバリクレイ人。
どれも近未来的ではあるが、その根本にある普遍性とデザイン性には、地球文明と同じものを感じた。
ここが未来の地球と言われれば、俺はきっとそれを信じただろう。
――懐かしい。
地球を離れたのはわずか数カ月前。
今思えば、あまりに唐突な故郷との別れだった。
記憶を辿れば、両親の理不尽な怒りから逃れ、自室で妄想中、手を滑らせ落としたスマホに頭をぶつけ、そのまま『プリムス』に転移した過去が蘇る。
ロクな思い出ではない。
――今頃、地球はどうなっているんだろう? 母さんと父さんは、どうしているんだろう?
一人息子が忽然と姿を消したのだ。
心配、などというありきたりな単語では表せないほど、母さんと父さんの心は乱れてしまっていることだろう。
そう思うと、何やら申し訳ない。
いつかラグルエルにお願いして、母さんと父さんに事の顛末を説明したものだ。
「そろそろ到着ですわね。では、死なないためにも息を潜めてほしいですの」
ターミナルから街を歩き、倉庫街に足を踏み入れた頃、アイシアがそんな不穏なことを言い出す。
けれども俺としては、フユメがいる限り死ぬことはないので、恐怖は微塵も感じていない。
俺は敵に見つかるのが面倒という理由で息を潜めた。
フユメとメイティはアイシアに従い、シェノは拳銃を手に戦闘モードへと移行。
吐息にすら注意を払い、俺たちは足音を立てぬようゆっくりと倉庫街を進む。
見渡す限りのコンクリートと鉄。
生物ではなく無機物が眠る倉庫に囲まれた、汚れの染み込む小道。
そこはかとない怪しさと危険な匂いが、俺たちの緊張感をくすぐった。
青空はだんだんと雲に覆われ、倉庫街は影の中へ。
ふと、アイシアが足を止める。
その直後、怒号が俺たちの鼓膜を震わせた。
「破壊主義者どもが! 何が狙いだ!?」
「少しうるさいぞ。話し中に大声を出さないでくれ」
「何が狙いだと聞いているんだ!」
「アハハ、聞き分けが悪い下等生物だ」
あのふざけた口調と笑いには聞き覚えがある。
そして、響く銃声と男のうめき声は、常にあの狂人の側にあるもの。
声のした場所を覗き込めば、やはりそこにいたのは、複数の兵士を従えたデイロンであった。
おそらく彼に撃たれたのだろう。デイロンの足元には、1人のエルフィン族の男が痛みに悶えている。
「またあいつか。どこまでも不愉快なヤツだな」
「これは厄介ですわね。彼らが囲むフロートカーゴ、あれがわたくしたちが回収しなくてはならない荷物ですわ」
デイロンたちが囲む、コンテナを引いたトレーラーのような乗り物。
よりによって目的の品がすでに帝國の手に落ちているとは、確かに厄介である。
果たしてどうすれば荷物を取り返すことができるのだろうか。
とりあえず、まずはデイロンたちを観察しよう。
現在、辺りを監視しているのは兵士たち。
肝心のデイロンは、ホログラム状の何者か――黒のマントを身につける初老の男と会話していた。
「失礼しました、ハオス提督」
《許そう。しかし、人間に近き存在であるサバリクレイ人ですら、人間の崇高な精神を理解できぬとは、世も末であるな》
「まったくです。まったく」
《それで、例の者たちは現れたか?》
「さあ、姿は見えませんねェ。カーラック司令からの連絡もありません。アハハ、もう待ちくたびれてしまいました」
《オペレーション・トラウトまではまだ時間がある。デイロンよ、もうしばらく例の者たちを待っていろ。例の者たちが現れれば、自由にして良い》
「了解しました」
初老の男――ハオスの指示に頬を歪めたデイロン。
ホログラム状のハオスは消え、倉庫街に沈黙が訪れる。
太陽は雲に隠れたまま。
なぜだろう、嫌な予感がする。
「退屈だ。アハハ、用無しが命を散らす瞬間でも見ていれば、少しは気も晴れるか」
そう笑って、デイロンは地面に倒れた男に銃口を向けた。
ただ退屈な気分を晴らすためだけに、あの狂人はひとつの命を奪おうとしているのだ。
真の英雄である俺と、俺の愛弟子が、そんな暴挙を許すはずがない。
「メイティ! デイロンを止めるぞ!」
「……うん……!」
「ちょ、ちょっと!?」
制止するシェノを横目に、俺とメイティはデイロンたちの前に飛び出した。
こちらに気づいたデイロンは満面の笑みを浮かべるが、知ったことか。
メイティは突き出した両腕からマグマ魔法を発動、マグマの糸が小道を踊り、デイロンや帝國軍兵士たちの武器を溶かし切断する。
続けて俺は、両の手の平を地面につけた。
呼び起こすのは土砂に流された感覚、想像するのは兵士たちを吞み込む大量の土砂。
すると、どこからともなく現れた大量の土砂が、帝國軍兵士たちの足をすくい、彼らの体を土の中に埋めてしまう。
土砂魔法を使うのはこれがはじめてだが、うまくいったようだ。
「アハハ、会えて嬉しいぞ。相変わらずお前たちは、良いものを見せてくれるなァ」
「黙れデイロン。お前はしばらく、そこで土に埋まってろ」
「ふむ、どうやら、そうするしかなさそうだな。だが同志よ、帝國の追撃を甘く見ない方が良い」
「お前こそ、俺たちを甘く見るなよ」
「アハハ、それは楽しみだ」
砂風呂にでも入っているかのように、デイロンは余裕を見せている。
歯ぎしりし土に埋もれた体を必死で動かそうとする兵士たちとは対照的な姿だ。
どうして彼は、感情的なように見えて、一切の感情もないのだろうか。
「ソラトさん! メイティちゃん! 乗ってください!」
「逃げますわよ!」
怪我した男を連れ、フロートカーゴに乗り込んだフユメとアイシアの呼びかけ。
シェノはすでに運転席に座り、フロートカーゴのエンジンをかけている。
帝國軍の兵士たちが無力化されている間に、早くここから逃げ出そう。
俺とメイティはデイロンに背を向け走り出した。
ところがデイロンは、すんなりと俺たちを逃してはくれない。
「おや? おやおや? アハハ! これはこれは、アイシア様ではないですか! 再びお目にかかれて光栄です! アハハ!」
それがふざけたセリフなのかどうか、俺たちには判断できなかった。
少なくとも、アイシアとデイロンが初対面でないのは、これで確定したようなもの。
なおも霧に包まれたアイシアの正体が、ますます不穏な道へと転げ落ちていく。
「あんな男にお世辞を言われても、不快なだけですわ」
デイロンを一瞥し、冷たい目をして吐き捨てるアイシア。
日頃の恨みと疲労に満ちた彼女の表情を見る限り、俺はアイシアを信じる。
今のアイシアは、デイロンのふざけた口調に苛立つような表情をしていたのだ。
その表情に、俺はなんとなく同情してしまったのだ。
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