第3章4話 まるで地球だな

 ハイパーウェイを通過すること約3時間。

 解氷が滑るフロントガラスの向こう側に、白い雲が模様付けした青と緑の惑星が現れる。


「惑星サバリクレイ、到着しましたわね」


 この3時間、片時もシェノの側から離れなかったアイシアの一言。

 どうやらあの惑星こそが、俺たちの最初の目的地らしい。


 ただし俺とフユメは、サバリクレイを前に故郷を思い出してしまう。


「まるで地球だな」


「はい、とても地球に似ていますね」


 故郷――地球の全体像を実物で見たことはない。

 それでも、図鑑や写真、テレビなどで見た地球と、目の前にあるサバリクレイが似通った姿をしているのは分かる。

 ガガーリンやアポロ計画のクルーたち、スペースシャトルのクルーたちも、このような景色を目にしたのだろう。


 もはや見慣れてしまった惑星の姿も、地球に似ているとなると、少し特別に見えるものだ。

 何もかもが懐かしい、とはこういった感覚なのか。


 故郷を懐かしむ俺とフユメを見て、アイシアがサバリクレイの説明をはじめる。


「惑星サバリクレイは、人間が住むアースとよく似た惑星ですわ。そこに住む種族、サバリクレイ人も、人間に似た種族ですのよ。もちろん、文明レベルも同等」


「へ~」


「みなさんは、先日のデスプラネットでの戦いに参加していたはずですわね。そこでみなさんを護衛していた、ヤーウッドという軍艦は覚えていらっしゃいますの?」


「ああ、そういやそんな名前だったな、あの軍艦」


「艦長は……たしかジェイムズ・ドレッドさんでしたよね」


「フユメさんが口にした、そのドレッド。彼がサバリクレイ人ですのよ」


「はぁ」


 声だけしか知らぬ人物がサバリクレイ人だと言われても、俺は反応のしようがない。

 結局、サバリクレイ人がどれほど人間に似ているかは分からずじまいだ。


 しばらくすると、グラットンは大気圏を抜けサバリクレイの大空へ。


 グラットンを包み込む薄い雲、眼下に広がる大海原、かすかに見える緑の大地。

 窓から見えるあらゆる景色が、俺の心に地球の景色を思い浮かべさせる。

 まだ地上に降りてもいないのに、サバリクレイには親近感が湧くばかりだ。


 さらに数分もすれば、グラットンはサバリクレイの街上空を飛ぶ。


「工場が多いな」


「サバリクレイは積極的に企業を誘致し、工業国家として栄えている惑星ですのよ。工場が多いのは、サバリクレイが安泰な証拠ですわ」


 宇宙時代になろうと、経済システムの根幹までは変わっていないらしい。

 繁栄を手に入れたいというのなら、人や企業を集めろということ。

 そんな乾いた現実もまた、地球にそっくりである。


「あ、シェノさんシェノさん、あそこのターミナルに着陸してほしいですの」


「はいはい」


 操縦桿をひねり、アイシアが示したターミナルへグラットンを傾けるシェノ。


 日の光に照らされた銀と灰色の工業地帯は、俺たちへ関心を向けることもなく、淡々と仕事を続けていた。

 自然を押し潰した無機質な世界を行き交うのは、無骨な見た目に薄汚れた輸送船たち。

 同じ輸送船であるグラットンは、サバリクレイの工業地帯にぴったりだ。


 親戚の中に紛れ込んだグラットンを止める者はどこにもいない。

 これといった苦労もなく、自然とターミナルに着陸したグラットン。

 エンジン音が空気へと溶けていく中、アイシアはいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「戦闘準備は、できていますの?」


「は? 戦闘準備?」


「先ほど、ターミナルまで荷物を運んでくださるはずの方から連絡がありましたの。道中、帝國軍の兵士に止められ困っているそうですわ」


「マジかよ……」


「その方を救うために、戦うんですか?」


「違いますわ。わたくしたちが救うのは、あくまで荷物の方ですの」


 合理的かつ冷酷なアイシアの判断。

 対してメイティは、力強く宣言した。


「……私が、みんなを救う……!」


 自慢の弟子の宣言に、俺とフユメの表情が緩む。

 命を救わず荷物だけを救うのは、凡人・・のやることだ。

 勇者ならば、メイティの言葉こそ正しい。


「メイティの言う通りだ。俺たちは誰も見捨てないぞ」


「まあ! 頼もしいことですわ! やっぱり、魔術師さんはそうでなくてはね」


 ふわりとした笑みを浮かべるアイシアに、俺は肩透かしを食らった気分。

 てっきりお嬢様のキツイお叱りがあるものかと思っていたので、彼女の言葉は想定外である。


 数ヶ月も『ステラー』に住んでいると、合理性に欠けた感情優先の判断は、人間以外には常に劣った考え方・・・・・・として捉えられるのが普通になってしまった。


 しかし、エルフィン族のアイシアは、俺たちの考え方に賛同してくれたのだ。

 いや、むしろ俺たちの考え方を期待していたかのような、そんな表情をしている。


 アイシアの背後で腕を組むシェノは、軽い口調で言い放った。


「あたしは好きに戦うからね」


「そうですわ! 地獄を作るのが、シェノさんらしさですもの!」


「あ、あの……顔が近い」


 鼻息を荒くしたアイシアは、シェノの顔面に迫っていた。

 困ったシェノは頬を赤くしながら、人差し指をアイシアのおでこに当て、彼女を押しのける。

 なぜだろう、押しのけられたアイシアの鼻息がさらに荒くなった。


「おねえちゃん! ニミーはおるすばん?」


「うん、頼むからグラットンでおとなしくしててね」


「わかったー! ニミー、おともだちとあそんでる~!」


 にんまりと笑ったニミーはいつもの通り。


 俺は戦闘準備をはじめた。

 戦闘準備と言っても、たった一言の呪文を口にするだけなのだが。


「ラーヴ・ヴェッセル。フユメ、魔法使用許可が下りたら、教えてくれよ」


「はい、お任せ――って、ウソ!?」


「どうした?」


「許可、もう下りました」


「早い! ラグルエルもたまには仕事するんだな」


 ラグルエルのあまりの仕事の早さに、俺とフユメは不安を抱く。


 今日は嵐でもやってくるのではないか。

 まさか不幸に見舞われやしないだろうか。

 せめて仕事に支障をきたすような不幸だけは勘弁してほしいものである。

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