第3章3話 シェノさんシェノさんシェノさ~ん!

 植民惑星を網目状に走る高速列車。

 窓の外に広がるのは、険しい山脈とは打って変わり、地平線の向こうまで続く広大な平地。


 この平地は、最初から平地であったわけではない。この平地は、すべての山が削り尽くされた結果の平地だ。

 文明の発展と維持のため、余すことなく地表を削られる、植民惑星のまでの過程。それが車窓からの眺めである。


 数十分間、列車に揺られ続けた。

 この間、アイシアのたわいもない話のおかげで、列車内は友達との旅行のような雰囲気に。

 グラットンが待つターミナルに到着し、列車を降りた頃には、俺たちはアイシアとの仲を深めていた。


「やはり、重厚な空気感を持つ映画が至高ですわね」


「その通りだ。暗めの映像に重い展開、そこにド派手なアクションが加われば、もう文句なし」


「泥臭さも追加でお願いしますわ」


「お、そうだった忘れてた」


「泥臭さに垣間見える哀愁……」


「「たまらないなぁ」」


 俺とアイシアは映画の話で持ちきり。

 よく見るジャンルは、俺がアクション、アイシアがサスペンスと違いがあったが、映画の見方は完全に一致していたのだ。

 ここまで話が合う人物も珍しいだろう。


「……ソラト師匠、何を言ってるの……?」


「私にも分かりません。たぶんソラトさんとアイシアさんは、ちょっと違う世界にいるのかもしれませんね」


「……つまり、異世界……?」


「みたいなものかと」


 話に置いてけぼりにされたフユメとメイティは、俺たちと話すのを諦めてしまっている。

 だからだろうか、フユメはメイティの猫耳をモフモフし、メイティは小さくあくびしていた。


 さて、話は尽きないが目的地には到着する。

 鉱石を詰め込んだ大型輸送船がせわしなく入れ替わるターミナル。

 そこでのんきに翼を休め、燃料補給を行っているのがグラットンだ。


 グラットンに到着するなりハッチを開け、船内に入り込む俺たち。


「おーいシェノ! お客さんが来たぞ!」


「おきゃくさん!? おねえちゃん! ソラトおにいちゃんが、おきゃくさんつれてきた!」


「はいはい、ちょっと待って。できれば操縦室まで連れてきて」


 はしごの上から聞こえてくる、ニミーとシェノの言葉。

 俺はシェノの言葉に従い、アイシアを連れて操縦室への梯子を上った。


 操縦室では、ニミーがコターツでお人形遊びをし、シェノがメインコンピューターを入念にチェックしている。


「あそこでコンピューターとにらめっこしてるのがシェノで――」


「シェノさん! シェノさんシェノさんシェノさ~ん!」


 それは、まるで獲物を見つけた鷹のような勢い。

 アイシアはシェノを目にした瞬間、ヒールを鳴らして走り出し、シェノに飛びかかった。


 無防備なシェノはアイシアを避けきれず、彼女の下敷きに。

 シェノに馬乗りになったアイシアは、なぜか鼻息を荒くしている。


「おお~!」


「え!? 何これ!? え!? ちょっと……!?」


 わずか数センチの距離まで近づくアイシアの顔に、シェノは顔を真っ赤にした。

 ついでにフユメも顔を真っ赤にした。

 状況が分からぬ俺とメイティは、ただ呆然としながら、身体は自然にコターツの中へ。

 ニミーはなぜか楽しそう。


 これは、どういうことなのか。


「ねえ……これ……どういうことなの!?」


「まあ! これは失礼しましたわ! まだ初対面だというのに」


 唐突に冷静さを取り戻したアイシアは、密着していたシェノの体から離れ、立ち上がる。

 あんな初対面ははじめて見た。

 俺もフユメも、そしてシェノも、今までとは違う恐怖感を心に宿す。


「わたくしはアイシア=フォールベリーと申しますわ。本日は、シェノ=ハルさんに仕事の依頼をしたくて、ここに来ましたの」


 何事もなかったかのようにそう言ったアイシア。

 シェノは声を震わせる。


「い、依頼って……なな、な、なに?」


 まさか怯えるシェノを目にするときがくるとは思いもしなかった。

 壁際に立ち、肩を震わせ、目を泳がせるシェノは、なんとも新鮮である。


 対してアイシアは笑みを浮かべた。


「惑星サバリクレイで貨物を回収、サウスキアに運んでほしいんですの」


「……貨物って、な、中身は?」


「ヒ・ミ・ツ、ですわ」


「そ、そう……」


 自分の太ももに拳銃がぶら下がっているのを思い出したのだろう。

 拳銃に手を当てたシェノは、多少は余裕を取り戻したようだ。


「中身が秘密ってなると、訳ありでしょ」


「そうですわね」


「サバリクレイで貨物回収ってことは、もしかして軍事関係」


「さすが、目ざといですわ」


「追っ手はタチが悪い? 意地が悪い? それともバカ?」


「意地が悪いですの」


「じゃあ追っ手は帝國ね」


 シェノとアイシアの掛け合いは、とても初対面のそれではない。

 2人ともこの手の仕事には慣れ親しんでいるようだ。


 それにしても、帝國軍の追っ手を引き連れ軍事関係の荷物を運ぶとは、物騒な話である。

 面倒だ、と思ったのは俺だけではないらしい。


「すっごく面倒な仕事になりそうだけど、それ相応の報酬はあるんでしょ?」


「もちろんですわよ」


 相も変わらず報酬の話を投げ込むシェノ。

 これにアイシアは人差し指を立て、ウィンクをしながらささやくのだった。


「同盟軍の超遠望装置を壊して背負った借金、全額返済も可能なくらいの報酬、ですわ」


 つまり100万クレジットは超える報酬額だ。

 宇宙船を数隻は買えるほどの大金だ。


「やる!」


 顔にある全ての筋肉に力を入れ、シェノはアイシアに迫り大声でそう答えた。

 どこかアイシアの顔が火照っているが、気にしない。


 シェノの返答は当然の返答だ。

 俺としても、シェノの借金がなくなれば自由に使える金が増える。

 是非ともシェノには仕事を頑張ってもらいたいものだ。


「ソラト、フユ、メイティ、あんたらも手伝って!」


「は!? なんで!?」


 思わず俺はコターツのテーブルを叩いてしまった。

 できることならば、俺は面倒な仕事に参加などしたくはない。


 しかしシェノは、鬼と悪魔を混ぜたような凄まじい形相をして、俺の目の前に立つ。


「この仕事、絶対に失敗できないからね。魔術師2人は必須でしょ」


「ふざけるな! 俺とメイティは魔法修行をしないといけないんだぞ!」


「さっき魔法修行がサボれるとか言っていたような……」


「だいたい、お前の借金はお前が勝手に作ったもんだろ! 俺たちは関係ない!」


「へ~、あんた、そんなにグラットンから追い出されたいんだ」


「脅しても無駄だぞ。俺がいなくなれば――俺がいなくなれば……ええと……」


「言い返せないんですか!?」


 ともかく、俺は面倒事だけは避けたい。

 アイシアの依頼を手伝うなど、もっての外だ。


「わたくし、思うんですの。健気なお嬢様の依頼を手伝うというのは、とても重い展開で、泥臭さと哀愁に満ちた主人公のすることだと。ついでに、帝國の追っ手と戦えば、ド派手なアクションも可能ですわ」


 水中を漂う煙のようにゆっくりとした口調でそんなことを言い出すアイシア。

 だからなんだというのか。

 俺の答えはすでに決まりきっている。


「いいか、俺は泥臭さと哀愁に満ちた主人公にぴったしの人材だ! だから、アイシアの依頼を手伝うぞ!」


「初対面なのに、アイシアさんはもうソラトさんの操縦方法を知っているなんて……!」


 何やらフユメが目を丸くしているが、知ったことか。

 俺は真の英雄、伝説のマスター、そして泥臭さと哀愁に満ちた主人公となるのだ。


 今度のアイシアの依頼は、夢見てきたあの映画・・・・あの映画・・・の主人公になるチャンスなのである。

 それでどうしてアイシアの依頼を手伝わないという選択肢があるのだろう。


 やると決まれば即行動。


「シェノ! 出発だ!」


「別にあんたに言われなくても、燃料補給はちょうど終わったみたいだし、すぐに出発するから。あんたたちこそ、出発の準備、しておいてよね」


「ニミーはオッケーだよ~!」


「……わたしも、準備、できてる……」


 元気よく手を挙げたニミーと、ぺこりとうなずくメイティ。


「魔法修行は中断ですね。シェノさん、私も準備はできてますよ」


「わたくしも、当然準備は完了していますわ。だからここにいますの」


 明るく微笑むフユメと、妖しく微笑みアイシア。


「だそうだぞ。ほら、出発するぞ」


「あっそう。話が早くて助かる」


 人差し指で軽く拳銃を叩いたシェノは、そのまま操縦席へ。


 シェノが操縦席に座ると、グラットンは休憩時間を終えた。

 船内にはエンジンの起動音が響き、数秒もすれば、窓の外の風景が流れはじめる。

 地上を離れたグラットンは、植民惑星の茶色い大地を背に、宇宙へと上っていった。


 俺たちの新たな仕事が今、はじまったのである。

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