第3章2話 グラットンまで案内してほしいのですけれども

 アイシアの自己紹介に対し、メイティは疑問を突きつける。


「……どうして、あの人たち、働くの……?」


 ここ『ステラー』は、資源と食料が半永久的に取得できる世界。

 労働などせずとも、生命は寿命を全うできる世界。

 それでもなお、重労働に身を費やすのはなぜなのか。


 このメイティの疑問に対し、アイシアはフッと笑って、おとぎ話から遠く離れたことを口にする。


「あの方々は、戦争で故郷を失ったり、ビジネスに失敗したり、マフィアに追われたりして、社会からはじき出されてしまった者たちですわ。何もかもを失い、金を稼がなければ命も危ない。けれどもならず者として生きていく力はない。そんな方々ですの」


 滔々と語るアイシアに、メイティは黙り込む。

 メイティも彼らと同じ、社会からはじき出された者の1人だったのだ。


「サウスキア王国は、そういった方々に、こうした植民惑星で職を与えていますのよ。鉱石の採掘など、ドローンにやらせた方が効率は良いのですから、あまり多くの給与は与えられませんがね。もちろん、最低限の住居と食料は与えていますわ」


 厳しい現実に引き戻された俺は、小さくため息をついてしまった。

 夢の宇宙時代、半永久的な資源と食料があろうと、全生物の幸福は保障されないのである。

 それをおとぎ話のお姫様のようなアイシアに教わるとは、何かの皮肉だろうか。


 俺と同じく、メイティも複雑な表情。

 少しの希望を求めたのはフユメだ。


「あの方たちを直接、救える手はないんですか?」


 切実な願いである。

 対してアイシアは、困ったように笑った。


「マフィアを潰したり、巨大企業や銀行を説得し借金をチャラにしたり、戦争を終わらせたりすれば、可能ですわね。でもそれは、わたくしにではなく、サウスキア王国の王であるカムラ=ランケスター、あるいはベニート=ランケスター王子にお願いすべきですの」


 両の手の平を上げお手上げポーズのアイシア。

 フユメもアイシアの言う通りだと思ったか、口を閉ざしてしまう。

 辺りを漂う重い空気に、俺たちは押しつぶされてしまいそうだ。


「で、アイシアさんはなんで俺たちに話しかけてきた?」


 重い空気を払いのけようと、俺は根源的な質問をアイシアに投げつけた。

 俺たちとアイシアには面識がないのだ。

 それでも俺たちに話しかけたアイシアの心にあるのは、ただの好奇心か、いたずら心か、それとも。


 しばしの間を置き、彼女は答える。


「それは、あなた方が有名人だからですわ。お会いできて光栄です、クラサカ=ソラトさん、コイガクボ=フユメさん、メイティ=ミードニアさん。ハル姉妹はここには不在で?」


 自己紹介はしていない。面識もない。

 だがアイシアは、当たり前のように俺たちの名を口にした。

 ここにはいないシェノ=ハルとニミー=ハルの名すらも、彼女は口にしたのだ。


 面識のない人物に自分の名を当てられるのは、なんとも気味が悪い。

 底知れぬ警戒心が俺の頭を縛り付ける。

 表情を強張らせたフユメは、慎重に聞き返した。


「どうして私たちの名前を……?」


「あなた方に話しかけた理由と同じですわ。ハル姉妹のグラットン、魔術師たちの何でも屋さんの噂が、わたくしの耳にも届くぐらい、あなた方は有名人なんですのよ」


 そんな噂がある、というのは先日エルデリアに教えてもらった。

 シェノも、噂のおかげで仕事が増えたと喜んでいた。

 だからといって、俺たちはならず者の端くれ。アイシアのようなお嬢様・・・に、俺たちの噂が簡単に伝わるとは思えない。


――これは面倒事の前兆だ!


 俺の直感がそう叫ぶ。

 ならば、この面倒事は他人に押し付けてしまおう。


「仕事ならシェノに頼んでくれ。俺たちはやることがあるんでな」


「シェノさんは、今どこに?」


「あっちの方に小汚い輸送船があるはずだ。そいつがグラットンだから、シェノはそこにいるはず」


「まあ! そうでしたの。できればソラさんに――」


「ソラさん?」


「おっと、失礼。できればソラトさんに、グラットンまで案内してほしいのですけれども」


 愛想の良い笑みを浮かべたアイシアを前に、俺は答えを一旦しまい込む。

 そしてフユメとメイティを集め、3人で小会議を開いた。


「どうする? 魔法修行をサボれるし、変な人をシェノに押し付けられるから、俺はアイシアを案内しても良いんだけど」


「ソラトさん、本音をぶっちゃけないでください。それより、アイシアさんは何かを企んでいるように見えますが」


「実は俺もそう思ってる。メイティ、アイシアは俺たちに敵意を抱いてるか?」


「……待って……」


 わずかにアイシアを眺めたメイティ。


「……敵意、感じない……」


「そうか。なら――」


「……でも、ウソをついてる……本心では葛藤してる……それと……すごく、すごくすごく、シェノに会いたがってる……」


「なんだそれ、怪しさ満点だな」


 心の葛藤とウソは両立するだろう。

 では敵意のないウソとは何か。

 シェノに会いたがっている、というのだから、アイシアのウソはシェノに関係することか。


 何も分からない。

 分からないからこそ、俺はアイシアを怪しいと思う。


「お話し合いはまだ終わりませんの~?」


 とてもウソをついているとは思えぬ笑顔と余裕をまとい、アイシアが俺たちにプレッシャーをかける。

 あまり長く会議をやっている時間はなさそうだ。


「ウソをついていても、敵意がないのなら大丈夫だと思います」


「よし、アイシアをグラットンに連れていこう」


 フユメの指摘が俺にそう決断させた。

 まさしくフユメの言う通りだ。

 敵意がない相手の願いを断る理由は、どこにもないのだ。


「アイシアさん、グラットンに案内するから、ついてきてくれ」


「ありがとうございますわ! ムフフ、ついていきますとも」


 なんだろうか、今の粘り気のある笑みは。

 ますますアイシアの怪しさが加速しているが、今は気にしないようにしよう。


 俺たちは鉱山を背に、グラットンが休むターミナルへと向かった。

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