第3章 お嬢様と魔法修行
第3章1話 えっと、どなた様でしょうか?
響き渡る爆発音。
崩れゆく山の斜面。
俺とメイティは、激しく流れる土砂の川に呑み込まれた。
大小様々な土や砂に対し、俺の体は抵抗できない。
どれだけ筋肉に力を入れようと、その努力は無駄となり、ただ土砂の流れに体を持っていかれるだけ。
触覚は冷たさに覆い尽くされ、時折通り過ぎる岩が痛覚を刺激する。
鼓膜を震わせるのは、地面がうごめく轟音のみだ。
そんな鼓膜も、耳に入り込んだ土によって機能は低下していった。
細かな土や砂は体の中に容赦なく侵入、泥臭さが味覚と嗅覚を支配し、すぐに俺の気道は潰されてしまう。
見えるものは何もない。正確に言えば、膨大な量の土砂以外には何も見えない。
死ぬのであれば、もっとあっさりと死にたいものだ。
圧倒的な物量に押し潰され、息もできず、だからといって暴れることもできず、ただただ死を待つ気分は最悪の果て。
俺の五感は、この苦しみをありのままに記憶しているのだろう。
意識は遠く離れていき、すでに何も見えない視界は閉ざされていく。
すでに何度も経験した死の中で、この死は、できれば二度と経験したくないものだ。
『ムーヴ』の真の英雄、『ステラー』の伝説のマスター、ここに死す。
*
目が覚め、息を大きく吸うと、体内に酸素が巡った。
なんでもないはずのこの行為が、こんなにも清々しく解放感に満ちたものであったとは、今はじめて知ったこと。
できることならば、なんでもない行為のままであってほしかったのだが。
「すごい勢いでしたね、さっきの山崩れ。ソラトさんとメイティちゃん、あっという間に土の中に消えてしまいましたよ」
そう言いながら俺の頭上で笑顔を浮かべるのはフユメである。
彼女の背後では、一足早く蘇ったメイティが尻尾をゆらゆらとさせ、こちらを見つめていた。
俺は勢いよく体を起こし、思い浮かんだばかりの言葉を吐き出す。
「なんでちょっと楽しそうなんだよ。俺もメイティも、ひどい目にあって死んだばかりなんだぞ」
「それって、いつものことでは?」
「いつもよりひどい目にあった、って言ってんだ!」
「でも、いつもみたいに蘇りましたよ」
「蘇ったからって、死んだことはチャラにならないだろ。なあフユメ、お前の死に対する概念、完全にバグってるぞ」
「……メイティちゃんも、ソラトさんと同意見ですか?」
ぺこりとうなずくメイティ。
するとフユメは、スイッチが切られたかのように肩を落とした。
「ソラトさんの言っているようなこと、昔は私がマスターに言っていたことなのに……私、順調にマスターのようになっているんですね……」
震える声と泳ぐ視線、引きつる表情。
最後に大きなため息をついたフユメは、沈黙の沼へと沈んでいく。
あまりに激しく落ち込む彼女の姿に、俺は思わず言った。
「お、おい、いくらなんでも落ち込みすぎだろ。そんなに、ラグルエルみたいになるのが嫌なのかよ」
「嫌ではないんですけど……」
そこまで言って口を尖らせたフユメ。
「なんだか、自分が人間じゃなくなってる気がして……」
「ああ、そういうことか。なら気にするな。魔法が使える時点で、俺もお前もとっくに普通の人間じゃなくなってるから」
「もう手遅れってことじゃないですか!?」
先ほどまでの力の抜けた姿はどこへやら。
ブラウンの髪を揺らし力んだ表情をして、フユメは鋭いツッコミを入れてくる。
一方のメイティだが、彼女の丸い瞳は俺たちに向けられていない。
彼女がじっと見つめているのは、崩れた山の斜面を登る数多の人影。
「……みんな、大変そう……」
「鉱山から貴重な鉱石を採取する鉱夫さんたちですね」
俺たちが今いるのは、サウスキア王国のとある植民惑星。
土魔法を覚えたいと口走った俺たちに、エルデリアが紹介してくれた惑星だ。
エルフィン族のランケスター王朝が統治するサウスキア王国は、永世中立を謳う国家であり、銀河連合とエクストリバー帝國の戦争からも距離を置いた国。
落ち着いて魔法修行をするには丁度いい国である。
この植民惑星は、惑星全体で鉱石採取が行われ、すでに惑星の6分の1が削られたような場所だ。土魔法を覚えるには最適な惑星といえる。
先ほど俺とメイティが呑み込まれた土砂も、鉱石採取のため爆破された山から流れ出たものであった。
この調子ならば、数日以内に土魔法をコンプリートすることも不可能ではないだろう。
「お前ら、次の魔法を覚えに行くぞ」
「……待って……」
「どうかしたか? うんこにでも行きたいのか?」
「ソラトさん、もう少しデリカシーというものを持ちましょうよ」
「……私、あの人たち、手伝いたい……」
メイティの言うあの人たちというのは、間違いなく鉱夫たちのことだ。
彼女の気持ちは理解する。鉱夫というのは重労働だ。
俺たちの魔法を使えば、彼らの辛く厳しい労働を少しは楽にさせてあげられるだろう。
それでも、俺は首を縦には振れない。
「ダメだ。俺たちはあの人たちを手伝うわけにはいかない」
「……どうして……?」
「俺たちがあの人たちをずっと手伝えるなら良い。だけど、それはできないだろ。俺たちがあの人たちを手伝えるのは、せいぜい数時間。そんな短い夢を見させて、はい終わり、これから死ぬまで重労働頑張ってください、は残酷だと俺は思うんだ」
善意と希望は、簡単に悪意と絶望へ姿を変えてしまう。
むしろ、はじめに善意と希望を見せてしまった分、それが裏の顔を現したとき、人は憎しみを抱くことだろう。
それはまさしく面倒事だ。
できることなら、そんな面倒事には巻き込まれたくないのだ。
「まあ! なかなかに面白いことを口にしますわね」
ふと聞こえてきた、風にそよぐ優雅な
振り返るとそこには、炭鉱には似合わぬ空色のドレスに身を包んだ、明るい髪色に端正な顔立ち、尖った耳が美しい1人の女性が。
年齢は俺と同じくらいだろうが、彼女が放つ気品は、俺の知らない世界のものである。
フユメは一歩前に出て、ごく自然な質問を女性に投げかけた。
「えっと、どなた様でしょうか?」
「そうでしたわ! あなた方は、わたくしのことを知らないのでしたね。失礼いたしました。わたくしはアイシア=フォールベリーと申しますわ」
スカートの裾をつまみ上品に挨拶する、アイシアと名乗った女性。
ならず者世界ばかり目にしてきた俺からすると、アイシアはまるでおとぎ話に登場するお姫様のように見えた。
エルフを思わす彼女の尖った耳も合わさり、目の前の女性は幻ではないか、とすら思ってしまう。
だが考えてみると、猫耳と猫の尻尾を揺らすメイティも、おとぎ話に登場するキャラのよう。
宇宙世界の植民惑星でおとぎ話の登場人物が顔を合わせるとは、不思議な光景だ。
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