第2章27話 ……だから、これからも魔法修行、頑張る……

 デスプラネットの残骸での戦いから数日。

 この数日間、俺とフユメ、メイティの3人は魔法修行に勤しみ、シェノは金稼ぎに汗を流し、ニミーはよく遊ぶ。

 つまりはいつも通りの生活だ。


 さて、本日はグラットンにエルデリアとHB274が訪ねてきた。

 2人の訪問は、メイティの修行がどこまで進んでいるかの調査が目的。

 コターツの中で、エルデリアは事務的に言う。


「どうなんスか? メイティさんの訓練、うまくいってるッスか?」


「ああ、順調だぞ。順調すぎるくらいだ。もしかしたら、この世界で最も強いヤツになってるかもしれないな」


 ただし、一番強いのは俺だが。

 さすがのメイティでも、俺ほどの大規模魔法は使えない。

 こればかりは操作できる魔力の限界だろうと、フユメは分析していた。


 それでも俺の次に強いということは、メイティが『ステラー』で最強の人物であるのは間違いないだろう。

 エルデリアはコターツに体を乗り出し、目を泳がせる。


「この世界で最も強い!? それって、例えじゃないッスよね!?」


「本気で言ってるぞ」


「ただの親バカじゃないッスよね!?」


「否定はしにくいが、メイティが最強なのは確かだ」


 しかしまだ、エルデリアは俺の言葉に半信半疑。


「……具体的に言うと、どう強いんスか?」


「まずマグマを自由自在に操れる」


「マグマ……!?」


「それと、俺よりもピンポイントで相手を氷漬けにする」


「氷漬け……!?」


「魔法を駆使して料理もできちゃう」


「料理……!?」


「何より、1人の命も奪わずに戦いに勝っちゃう。これは俺よりも優れた点だ」


「すごいッス……メイティさん、すごすぎッス!」


 興奮から体を小刻みに震わせるエルデリア。

 第三者から弟子を褒められると、伝説のマスターとしては自然と口元が緩んでしまう。

 俺たちの話が聞こえたか、後方で作業中・・・のフユメも、自分が褒められたかのように微笑んでいた。


 一方で、同盟軍の一員であるエルデリアの反応は、俺にとっては心配な部分もある。

 後腐れないよう、ここははっきり言っておくべきか。


「なあ、メイティの将来について、話がある」


「なんスか急に?」


「いいか、メイティは軍隊に戻る気はない。もしお前ら同盟軍がメイティを強制的に軍に戻そうとすれば、俺は許さない。許さないぞ、絶対に! メイティは誰にも渡さんぞ!」


「別に良いッスけど」


「え?」


 あれだけメイティを戦力として欲していた同盟軍のことだ。

 そう簡単に同盟軍がメイティを諦めるとは思えなかった。

 最悪、同盟軍と一戦交える決意もしていた。


 しかしエルデリアの答えは、不安や決意を嘲笑でもするかのようにあっさりとしたもの。

 呆気にとられた俺に対しエルデリアは説明する。


「まだ伝えてなかったスか。いやね、最近、同盟軍に強力な助っ人が現れたんッスよ。その人たちも十分に強いんで、同盟軍はメイティさんから興味を失ってるみたいなんッス」


「なんだと!? メイティが不要だと言いたいのか!?」


「それはそれで怒るんッスね」


 苦笑いするエルデリアに、俺は自分の言っていることの理不尽さに気づかされた。

 続けてエルデリアは可笑しそうに笑う。


「ソラトって、メイティさんのことになると必死になるッスよね。最初は面倒だとか言ってたのに」


 何も言い返せぬ俺。

 加えて、ニミーから解放されたHB274が言い放った。


《面倒くせえからの親父気取りか? ったくよ、理解できねえぜ》


「まあ、ソラトのそういう合理性もへったくれもないところが、メイティさんの修行が順調な理由だったりするんッスよね」


《人間特有の感情優先ってヤツが、あのニャアヤのお嬢ちゃんの能力を開花させたってことかよ》


「HB、正解ッス。こればっかりは、人間じゃないボクたちには真似できないことッスよ。というわけでソラト、メイティさんの将来のためにも、フユメさんとメイティさんとの家族生活・・・・、続けてくださいッス」


「お前ら……好き勝手なことを……!」


 だんだんと顔が熱くなってきた。

 これ以上は、エルデリアとHB274のイジリに耐えられそうにない。

 誰か俺を助けてくれ、などと思っていると、


「みなさん、メイティちゃんがプーリンを作ってくれましたよ」


「……みんなに、喜んで、ほしい……」


「おお~! プーリンだ~!」


「おお~! 食べる! すぐに食べる!」


 美味しそうなプーリンを運ぶフユメとメイティ、無邪気に喜ぶニミー、一瞬でコターツに入り込んだシェノ。

 エルデリアとHB274も、プーリンという単語に釘付けだ。


「待ってたッス! この前に差し入れでもらったプーリン、激ウマだったッスからね! ケイナさんも、差し入れのプーリンを喜んでたッス!」


《今日はプーリン目当てに来たようなもんだからな。おいらはドロイドだから食えねえけどよ》


 どうやらエルデリアも、そしてケイナも、すでにプーリンの犠牲者・・・になっていたらしい。


 仕方のないことだ。

 メイティのプーリンは、まさに古代兵器級の美味しさ。虜にならない方がどうかしている。

 あのシェノをも狂わせる味は、伊達ではない。


 コターツの上にはプーリンとスプーンが並べられ、俺たちはその時を待つ。

 俺とフユメの間にメイティがちょこんと座れば、いよいよその時だ。


「みんな揃いましたね。それじゃ、いただきます」


「「「「いただきます!」」」」


 プーリンとスプーンを手に取り、無我夢中でプーリンを口にする俺たち。

 口の中いっぱいに透明な甘さが広がると、俺たちは一斉に表情をとろけさせた。

 ここは天国だろうか。


「……みんな、喜んでる……嬉しい……」


 自分の作ったプーリンが俺たちを笑顔にする。

 それを一番喜んでいるのは、猫耳と尻尾を伸ばし、明るい笑みを浮かべたメイティだ。


 ようやく、彼女は自分の願いを叶えられるようになったのだ。

 だからこそなのだろう、メイティは俺とフユメの手を握る。


「……ソラト師匠、フユメ師匠……」


「どうした?」


「どうしました?」


 しばし間を置き、息を吸うメイティ。

 小さな勇気と決意を胸に、彼女は力強く言った。


「……私、勇者になるために、もっと頑張る……だから、これからも魔法修行、頑張る……」


 はじめて出会ったときからは想像できぬ笑顔を浮かべ、未来を語ることを覚えたメイティに対し、俺たちの答えは決まりきっていた。


「そうか。ま、お前のやりたいようにしろ」


「メイティちゃんの魔法修行は、私もソラトさんも全力でお手伝いしますよ」


「……ありがとう……」


 さらなる喜びを胸に、メイティはプーリンを食べる。

 フユメは優しく笑って、メイティの頭を撫でるのであった。

 メイティと同じくプーリンを口にした俺は、師匠として補足する。


「ここで師匠からのワンポイントアドバイス」


 小首をかしげるメイティ。


「無理だけはするなよ。急がば回れって言葉もあるぐらいで、たまには遠回りして休憩するのも必要なことだ」


「……分かった、ソラト師匠……」


 ぺこりとうなずくメイティ。

 俺とメイティのやり取りを見ていたエルデリアは、ニタニタとしながらつぶやいた。


「思った以上に師匠っぽいッスね、ソラト」


「あんまり期待しない方が良いよ」


「シェノさん、それはどういうことッスか?」


「見てれば分かる」


 何やらシェノが冷淡なことを口走っているが、知らん。

 俺にはまだ、メイティに伝えなければならないことがあるのだ。

 一番大事なことを伝えなければならないのだ。


「それにな、メイティが休憩してくれないと、俺が休憩できないだろ」


 これだけは譲れない。

 伝説のマスターであろうと休憩時間は必要だ。

 コターツに潜りナマケモノのごとくゆったりと過ごす時間が必要なのだ。


 俺は、日常を変えるつもりはないのである。


「あ……そういうことッスか……」


「そういうこと」


 苦笑いするエルデリアと、呆れ返るシェノ。

 そこはかとなく膨れっ面をしたフユメは、俺の顔をじっと見ながら、厳しい言葉を投げつけてきた。


「ソラトさん、自分の魔法修行のことも忘れないでくださいね」


「はいはい、分かってるよ」


 メイティと出会い、俺はすっかり伝説のマスターになったつもりでいた。

 ところが、フユメの言う通りだ。

 俺は『ムーヴ』の救世主になるため、フユメの補佐のもと魔法修行をしている最中なのである。


「なあメイティ、俺たちがお前の修行を手伝うように、メイティも俺たちの修行、手伝ってくれるか?」

「……うん、もちろん……」


 これからも俺は、フユメやメイティ、そしてシェノやニミーとともに、魔法修行に勤しむ毎日を続けていくのだろう。


 しかし同時に、俺は思うのだ。

 全くの偶然によって、俺はメイティの師匠となった。

 ならばこれからも、全くの偶然によって、全く想定外のことが起きるかもしれないと。


 俺たちの前にあるのは、何が起きるか分からぬ大宇宙の旅。

 想像力と驚きに満ちた魔法修行の旅が、俺たちを待ち構えているのだ。

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