第2章19話 ……これなら、プーリン、作れる……

 魔法修行を終わらせ、グラットンへ。

 グラットンに到着すると、早速ニミーが俺たちを迎えてくれた。


「おかえりなさい!」


「ただいま」


「ねえねえ! あのね、おねえちゃんがね、こだいへーきプーリンのそざい、あつめてくれたよ!」


「お、ホントか!?」


「ほんとうだよ! こっちこっち!」


 ニミーに連れられ操縦室へ向かうと、昼寝するシェノと、コターツの上にずらりと並べられた食材、調理道具の数々が目に入った。

 ニミーは両腕を広げ、食材と調理道具を俺たちに紹介してくれる。


「これが『たまご』だよ! これが『ぎゅーにゅー』! それでね、これが『おさとー』でね、これが……えっと……『ばにら』と『からめる』?」


 うむ、古代兵器の素材ではない。これは、まるきりプリンの食材だ。

 用意された調理器具も、ボウルや鍋、コップ状の容器など、まるきりプリンを作る道具だ。

 薄々分かってはいたことだが、俺とフユメは思わず顔を合わせてしまう。


 一方でメイティは、食材と調理道具を見つめ、静かに口を開いた。


「……これなら、プーリン、作れる……」


「やったー! プーリンだー!」


「……待ってて……」


 おもむろに調理器具を手に取り、プーリン作りをはじめたメイティ。


「私も手伝いますね」


「……ありがとう……」


 フユメも加わり、古代兵器・・・・プーリンの製造・・が本格化した。

 一体何が出来上がるのだろうかと興味津々なニミーは、じっとプーリン作りを眺めている。

 対して俺は、目の前の作業風景を無視してコターツに潜り込んだ。


 グラットンの操縦室に響く、卵の殻を割る音、卵や砂糖、牛乳をかき混ぜる音。

 カラメル作りやプーリンの加熱は、メイティの炎魔法によって行われた。


「ソラトさん、氷魔法をお願いします」


「え?」


「プーリンを冷やさないといけないので」


「面倒だなぁ。そうだ! これは氷魔法を覚える良い機会だ! ということでメイティ、氷魔法を教えるから、プーリンは自分で冷やせよ」


「……分かった……」


「魔法修行を口実にプーリン作りもサボるなんて、ソラトさんはさすがです」


 何やらフユメに嫌味を言われているが、知ったことか。

 俺はメイティの五感に氷魔法を覚えさせるだけ。


 すると、すぐさまメイティは氷魔法を使いはじめた。

 最初は不安定であった氷魔法にも、メイティはすぐに慣れたらしい。彼女は自分でプーリンを冷やしはじめる。

 本当にどこまでも優秀な弟子だ。


 プーリンの製造開始から約30分後。


「……できた……」


「これで完成ですね」


「おお~! プーリンだ~!」


 コターツの上に置かれた、透き通った黄色にツヤのある古代兵器。

 わずかにコターツが振動するたび、プーリンはぷるぷると揺れている。

 これは完全にプリンだ。紛うことなきプリンだ。


「おねえちゃん! 起きて起きて! ミードニアおねえちゃんがね、プーリンつくってくれたよ~!」


「うう……ううん? プーリン?」


「そうだよ! プーリンだよ!」


 無理やりに起こされ寝ぼけたシェノはニミーに引っ張られコターツにやってくる。


 いよいよプーリンを口にする時がきた。

 俺たちはスプーンを構え、一斉にプーリンを口の中に運ぶ。


 瞬間、なめらかな甘さと柔らかい食感が、俺たちの味覚に幸福をもたらした。

 古代兵器プーリンの正体がプリンであったのは間違いないが、それにしてもこのプリンの美味しさは、少し特別だ。

 スーパーやコンビニで買うようなプリンとは違い、メイティが作ったプーリンは、甘さの中に淡い透明感を感じるのである。


 このプーリン、クセになるかもしれない。


「おお~! プーリンおいし~! メイティおねえちゃん、プーリンとってもおいしいよ!」


 大喜びのニミー。

 続けて俺も、プーリンへの感想をメイティに伝えた。


「マジでうまいな、これ。プーリンに関しては、メイティのことを師匠と呼ばせてくれ」


 世辞でも何でもない。

 俺は本気で、メイティを師匠と呼びたいのだ。

 それほどまでに、メイティの作ったプーリンは美味しいのだ。


 当然、メイティ大好きなフユメは凄まじい反応を示す。


「かわいくて頑張り屋さんで、勇者でかわいくてかわいいメイティちゃんが、こんなに美味しいプーリンを作っちゃうなんて……完璧すぎます! やっぱりメイティちゃんはすごいです! かわいいです!」


 例のごとくメイティに抱きつき、猫耳をモフモフするフユメ。

 対してメイティが困惑気味なのは変わらないが、褒められているためだろうか、モフモフされるメイティはまんざらでもなさそうだ。


 ところで、プーリンを口にしてからシェノが黙ってしまっている。

 鬼には甘すぎる味だったのだろうか、などと思っていると、


「おお~! これ、甘くて美味しい~! こんなに美味しい食べ物が、この世界にあったなんて……!」


「おお~! おねえちゃんがよろこんでる~!」


「ねえねえメイティ! プーリン、すっごく甘くてすっごく美味しい! だから、あんたをグラットンのプーリン製造係に任命する!」


 これが古代兵器と言われる所以ゆえんだろうか。

 あのシェノが、今やニミーよりも子供らしくはしゃいでいる。一時は嫌悪すら見せていたメイティに対し、邪気のない笑みを向けている。

 人類の精神を狂わせる古代兵器プーリンとは、恐ろしいものだ。


 半ば正気を失ったフユメとシェノは、あっという間にプーリンを平らげてしまった。

 ニミーもプーリンを食べ終え、ミードンを抱きかかえながら満足げな様子。

 もちろん、俺もプーリンを腹に入れ、久々に心の平穏を取り戻したのだった。


 プーリンタイムが終わりを告げても、なお続く至福の時間。

 グラットン船内は和やかな雰囲気に包まれていた。


「メイティちゃん、プーリンを作ってくれて、ありがとうございます。とっても美味しかったですよ」


「あたしからも、ありがとね。プーリン、すごく美味しかった」


「おいしかった~! ミードニアおねえちゃん、すご~い!」


 少々大げさなまでの感謝の言葉に、メイティは照れ笑いを浮かべる。

 そして彼女は、小さな声で言うのだった。


「……また、みんなにプーリン、作ってあげたい……」


 それは、俺たちがはじめて目にする、未来を語るメイティの姿であった。

 世界を救うとか、魔王を倒すとかではなく、ただみんなのためにプーリンを作りたい。

 ひどく身近な未来ではあるが、それでもメイティは、未来を見つめるようになったのだ。


 もしかしたら、メイティが魔法を使えるようになったのは、この前向きさのおかげではないだろうか。

 一歩ずつ、確実に、メイティは前へ歩き出しているのである。


 きっといつか、メイティが俺を必要としない日が来るのだろう。そう思うと、俺の心は嬉しいのやら、寂しいのやら。

 伝説のマスターの悩みどころだ。

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