第2章12話 久しぶりの再会、どんな言葉をかければ良いのでしょう……

 1週間の魔法修行の成果は、俺とメイティでだいぶ差が出てしまった。

 俺はマグマ魔法、噴火魔法、地震魔法、火砕流魔法、ガス魔法などを修得。

 これらの魔法は、水魔法と合わせることで様々な応用を利かせられることも学んだ。


 対してメイティは、何ひとつとして魔法を修得できていない。

 極々小規模な火砕流魔法らしきものを、ほんの一瞬だけ出現させた。この1週間のメイティの成果は、それぐらいである。


 さて、本日はシェノの仕事を手伝うため、魔法修行は中止だ。

 それでも俺とフユメ、メイティは、仕事場に向かうグラットン船内、コターツの中で、魔法修行について話し合う。


「魔法修行、うまくいきませんね」


「…………」


「経験は十分に積んでるはずなんだがな」


「それでも魔法が使えないとなると、やはり想像力の問題でしょうか」


「インプットはできても、アウトプットはできない、ってところだろう」


「おそらく、そうでしょうね」


 最終的には、ここに行き着いてしまうのだ。

 他次元に無意識的に接続する想像力が弱い限り、他次元の操作――魔法は使えないのだ。


 だからといって、想像力を育てる手っ取り早い方法など思いつかない。

 メイティの想像力に関し、俺たちが分かるのはひとつだけ。


「でも、メイティは小さな炎魔法だけは使える。それはどうしてだ?」


 ごく自然と、指先から炎を生み出すことが可能なメイティ。

 あれは間違いなく魔法だ。

 少なくとも小さな炎に関してだけは、メイティの想像力が働いている証だ。


「私も気になっていました。メイティちゃん、炎魔法はどこで覚えたんですか?」


「……よく、覚えてない……」


「なんでも良い。何か思い出せないか?」


「……お母さん……」


 ふと飛び出した、メイティの寂しげな言葉。

 その言葉は、俺たちの前ではじめてメイティが口にした、自分の過去。


 たった一言の中に、悲しみと温かみが込められている。メイティの言葉を聞いた俺たちは、そう感じた。

 もしかすれば、これが何かの突破口になるかもしれないと、俺は根拠もなく確信する。


「お母さんが、どうかしたのか? 炎魔法は、お母さんに教えてもらったのか?」


「……ううん、違う……」


「じゃあ、どうしてお母さんを思い出したんだ?」


「……小さな炎、お母さんのため……」


「お母さんのために、炎魔法を覚えたのか?」


「……うん……」


「それじゃあ――」


 あと一歩で突破口が開ける、というまさにそのときであった。

 操縦席に座るシェノによって、俺とメイティの会話は遮られてしまう。


「次の仕事場に出発するから、準備して。今日はあんたらに手伝ってもらうから」


 こちらの都合も聞かず、一方的に俺たちの仕事への参加を決めてしまったシェノ。

 メイティとの話を遮られた俺は、シェノに不満をぶつけようと体を乗り出す。


 しかし、シェノに話を遮られたおかげで、俺はあることに気がついた。

 俺に問い詰められたメイティは、少しだけ怯えていたのだ。突破口が開けると必死になっていた俺に、メイティはついていけていなかったのだ。


 ただでさえ魔法が使えず、落ち込んでいたメイティのことである。

 俺の質問攻めは、ある意味で彼女を追い詰めているだけだったのだろう。

 今の俺は、伝説のマスター失格だ。


 しばらくは、メイティを休憩させてあげよう。


    *


 今回のシェノの仕事は、ケイナという女性を、彼女の幼馴染みであるグノスという男性のもとに送り届けること。

 緑色の肌をおしゃれに着飾ったケイナは、某惑星のお嬢様なのだとか。

 当然、お嬢様の幼馴染であるグノスもお坊っちゃまらしく、親の会社を受け継ぎ宇宙を飛び回っているらしい。


「グノスからの手紙なんて、久しぶりだわ。グノス、元気にしているかしら。でも……久しぶりの再会、どんな言葉をかければ良いのでしょう……」


 古風な手紙を握りしめたケイナは、ずっとあの調子だ。

 再会するグノスを思い浮かべ、にんまりとしながら、ケイナは胸を高鳴らせているのだ。

 加えて、親に内緒で幼馴染みのもとに向かうというのも、彼女の心を踊らせている。


 どうやらケイナは、グノスと会うことを両親に反対されてしまったらしい。両親が反対する理由は、よく分からないとのこと。


 それでも、ケイナはどうしてもグノスと会いたかった。

 グノスに会いたい、というケイナの気持ちは、ついにはベス・グループに届き、シェノのところにたどり着いたのだ。

 ならず者を頼ろうというのである。ケイナのグノスに対する想いは、本物だろう。


「幼馴染みとの再会に緊張するケイナさん……ロマンチックですねぇ」


「ああ、俺たちとは正反対にな」


 無意識に言い放った俺の言葉。

 しかしフユメは、俺の言葉に首をかしげた。


「俺〝たち〟? どうして私まで含めるんですか?」


「当たり前だろ。修行で死んだ俺とメイティに淡々と蘇生魔法かけてるだけの、男っ気の欠片もないお前が、乙女なケイナと同一の存在なわけないだろ」


「ひどいことを言いますね!? 私だって女の子なんですよ! もう少し、こう、オブラートな感じで指摘してくださいよ!」


「ケイナとは正反対なの、認めるんだな」


「だから! オブラートに指摘してください!」


 珍しく感情的になったフユメは、勢い余って言葉を続ける。


「それに、私だって男っ気はあります! ほら、ソラトさんがいるじゃないですか!」


「え?」


「あっ……いえ、なんでもありません! ソラトさんなんてダメ人間、なんとも思ってませんからね!」


「お前もオブラートって言葉の意味を調べた方が良いぞ」


「この話はここまでです! はい! 終わり!」


 頭から湯気を出しそうな勢いのフユメ。

 彼女は俺から顔を背け、心を落ち着かせるため、メイティの猫耳をモフモフしはじめた。


 一方的にダメ人間扱いされた俺は、心に傷を負いながら、話し相手を変える。

 次の話し相手は、グラットンのメインコンピューター前でニミーと遊ぶシェノだ。


「シェノ、ちょっと聞きたいことがある」


「なんで小声?」


「ヒソヒソばなし?」


「あんまりケイナに聞かれたくないんでな」


「ひみつのおはなし? ニミー、ひみつまもるよ~!」


「良い子だニミー。小さな声ならもっと良い子だぞ」


 ニミーは自分の口とミードンの口に人差し指を当て、秘密を守ろうと努力してくれている。

 シェノは質問内容の催促をした。


「で? 聞きたいことって?」


「今回の仕事、ケイナをグノスのもとに連れて行くのがメインじゃないだろ」


「なんでそう思うわけ?」


「お嬢様のお忍び旅行で、シェノが満足するような報酬は出ないはずだ。それに、グノスの居場所が、これといった産業もない荒野の衛星ってのもおかしい。なんか訳ありだろ」


「あんた、意外と鋭いね」


 ふっと笑ったシェノは、しかしなかなか俺の質問に答えようとしない。

 正直に答えるべきか、ウソをつくべきか、考えているのだろう。

 再びシェノが口を開いたのは、数秒の後であった。


「答えが知りたければ、ヒュージーンかエルデリアに聞いて。ま、たぶん答えてくれないだろうけど」


 事実上の無回答。

 それでも俺は十分であった。

 今回の仕事が訳ありなのは確定したようなもの。俺は念のため、心の準備をしておく。


 ヒソヒソ話・・・・・が終わった直後、ケイナがシェノのもとにやってきた。


「目的地までは、どのくらいで到着するのでしょうか?」


「もうすぐ。ほら」


 フロントガラスをシェノが指差した途端、ハイパーウェイの景色が途切れた。

 同時に、巨大なガス惑星と、それに付き添う茶色の衛星が、俺たちの前に現れる。


 目的地は、あの茶色の衛星『ワイト』だ。


 衛星といっても惑星並みの大きさを誇り、大気を持つワイト。文明や国は存在しないが、生物が住むことは可能な衛星らしい。


 グラットンはワイトの大気圏を抜け、ワイトの地上へと近づく。

 砂と岩山に覆われた地上は、まさに荒野。こうして眺めているだけでも心が荒みそうな、わびしい景色だ。


――なんでこんな場所に、お坊っちゃまが?


 ますます俺の疑問は深まっていく。

 グノスはどうしてこんな場所にいるのだろうか。どうしてこんな場所にケイナを呼び出したのだろうか。


 対して、ロマンチックな気持ちに浸るケイナは、疑問など抱いていない様子。

 彼女は純粋に、幼馴染みとの再会を心待ちにしていた。

 想定外だったのは、外の景色を眺めたメイティの言葉である。


「……嫌な気配、する……」


 声を震わせ、そうつぶやいたメイティ。

 まるで邪気に怯えるかのような彼女の反応に、フユメは不安げな表情を浮かべた。


「メイティちゃん、大丈夫ですか?」


「……うん……」


「無理はしないでくださいね」


 暖かな言葉でメイティを包み込んだフユメ。

 ニミーもメイティの手を取り、怯えるメイティを励ましている。

 彼女たちに任せておけば、きっとメイティは大丈夫だろう。

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