信頼作り Ⅰ
トリシア、リリエ、ユスティーナの三人が女同士で何かをしつつ会議に赴く中、カドは石化したハインツの死体を眺めていた。
こんこんと指で叩いたり、持ち上げようとしたり。蹴り落とした〈剥片〉に関しては真っ二つに割ってみたりと状態を確かめてみる。
それらからわかることは、完全なる石となっているということだった。
ふむと顎を揉んでいたところ、イーリアスやスコット、エイルの他、冒険者たちも怖いもの見たさのように歩み寄ってくる。
「あーあ、こりゃ完全にバジリスクの石化だろうな。ひっでぇ」
イーリアスは顔をしかめる。
黄竜事変でカドに素体を破壊されなければ、彼はこんな特技を持つバジリスクが出現する地底世界の第四層に挑む予定だった。こと石化においては対策と分析をしているという話だっただろうか。
カドは彼に問いかける。
「石化ってこうなるものなんですか?」
「いや、違う。実際、石化ってのは呪いの一種だ。不治の呪い然り、通常じゃありえない状態異常を起こすよう、敵の魔素に影響を及ぼす術。それが呪いだ。ただし、バジリスクの石化は視線を媒介するから威力は低めだ。魔力による抵抗力も関係するが、クラスⅣなら体表から筋肉の表層程度。クラスⅢなら筋肉や骨の一部まで石化が達すると言われている。防御術式を組んでいればもっと軽症で済む」
「なるほど。本体と戦う時はここまでにはならないんですね?」
「お前さんはな。クラスⅡなら腹ん中以外は全部石ころにされるだろうよ」
そのような特技を持つバジリスクをハルアジスは操るのだ。当然、カド、エワズ、リリエの三名以外が戦うのは非常に厳しくなってくる。
カドがイーリアスとスコットと共にハルアジスと戦うことになっているが、虚を突かれて浮き駒となってしまえば大きな被害は避けられなさそうだ。
「おいおい。俺たちへの依頼はそもそも大蝦蟇討伐に関する〈剥片〉討伐だ。個人的な恨みで難癖引っ掛けてくる五大祖まで敵に回す話じゃなかっただろう!? どうなんだ、これは?」
冒険者の一人が集団の意思を代弁する。
集まってきている冒険者たちはその不安――というより、こいつは本当に信じられるのかという不信感をカドに向けてきていた。
面倒なものだ。カドからすれば、本来は彼らの世話まで見る義務はないし、世話になったわけでもない。正直に言えば、まだ生きていそうなハルアジスを確実に殺すための囮に使いこそすれ、盾になる必要はなかった。
しかし、ここを上手く凌げば今後、冒険者や人全体との確執に悩まなくていいという利点もある。さて、どう答えるべきだろう。
そんなことを悩んでいた時、スコットが肩に手を置いてきた。
「確かに、師と彼には確執があります。しかし、自分たちも無関係というわけではありません。派閥ごと吸収されるに任せた自分たち弟子は無論、その買収を先導した治癒師や錬金術師も資産を奪った敵として恨まれても仕方ありません」
「剣や魔術の派閥には関係ない話じゃないか!」
スコットの意見で場の半分程度が静まった半面、剣士の一人が声を上げた。
これまたカドが応えれば反発しそうな勢いが悩ましい。さて、お次はどうしたものかと考えているとイーリアスが鼻で笑って前に出た。
「いいじゃねえかよ別に。依頼に予想外なんざ付き物だ。その無理をこなしてこそ冒険者として箔が付くし、信用も得られるだろう? そしてその労働の対価を強請るべきは、直接の依頼人である管理局。依頼がデカい分、報酬も弾むだろ。逆に、ここで怖気づいて依頼を放り出せば今後、冒険者としてやりづらくなるぜ?」
なんとも荒っぽい言いくるめだ。けれども、それが冒険者流というやつなのだろう。残り半分もイーリアスの言葉を聞いて静まった。
それを見たイーリアスはにっと口を緩ませ、「もう一押し」と呟く。
何を考えたのか、彼はカドの肩に腕を回して引き寄せてきた。
「それに考えてもみろ。後衛職なら見てわかるやつもいるだろ? こいつはクラスⅤ。この境界域の英雄と同レベルなんだぜ!? しかもあの守護竜を相棒にしてる。管理局はそれを丸ごと取り込むために粉を吹っ掛けてるってわけだ。既得権益の維持に走ってお堅い五大祖とは違う。これから伸びる超有望株だろ。俺はもう胡麻をすりに行っているぜ!?」
「…………」
頬をくっつけるレベルの仲良しアピールをしたかったらしい。
なんだろう。抱っこを嫌がる猫になった気分だ。
カドはぐりぐりと頬を擦り合わせてくるイーリアスの顔に手を置き、突っぱねようとする。けれども回された手の力が強く、なかなか離れない。
しかもこれで納得し、集まりは解散というわけではなかった。
冒険者はもとより、ガテン系の仕事筆頭だ。
冒険者としての箔、そして長い目で見ればこれはとても良い投資という二点を理解すると、ころっと雰囲気が変わってきた。
「お、おおっ。言われてみれば魔力量も凄いし……」
「なるほど。ああ、ちょっと待て。竜との二人旅って言うなら、対応能力を増やすために徒党を組む必要もあるよなぁ……!?」
俺が独り占めしちゃうぞというイーリアスの行動が火付けとなったのか、誰かが見直す一言を呟くとそれを上塗りし直すような言葉と行動が出てくる。
まるでオークションだ。
すると、もう焚き付ける必要はないと悟ったのかイーリアスは肩を叩いて身を引いた。
「おう、少年っ。うちはどうだ! 屈強な戦士揃いだし、後衛職が欲しいと思っていたところだ!」
「……わぁ。ステキな笑顔……」
ぐいと引っ張っていかれた先にいるのがメンバーだったらしい。
髭面でたくましいおっさんたちがこの突然のアピールタイムに戸惑い、筋肉のポージングと共に引きつった笑顔を見せてくれる。
こんなボディビル大会が開催されたとすれば即座に潰した方がいいだろう。
「ちょっと!? ねぇ、そんなむさいのよりこっちはどう!? 女性ばかりのパーティだから男手も欲しいと思っていたところでね……!?」
引っ張られた先には騎士や僧侶、魔法使いと思われる女性パーティがいた。
騎士の女性は見かけだけではなく、しっかりと鍛えていそうで男顔負けだろう。非力でもなければ、パーティ全体のバランスも悪くはなかった。
しかし、目が怖い。時々リリエが向けてくるのと同じ狩猟民族の目をしてくるのでいろいろと危険を感じる。
――まあ、そんなこんなで猫の気分を味わいながらもみくちゃにされた。
ようやく解放されたカドは、エイルの元に戻っていく。
「……はい。じゃあこの街の自警団も回りましょうね」
「あ、うん。そうだね」
嫌ではあるが、やらなければいけないのでしょうがない。
くしゃくしゃになった跳ねっ毛を手で均すカドを前に、エイルは苦笑を浮かべるのだった。
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