従者契約 Ⅱ
『伝えたい方向性は理解した。食や安全が保障されるなら拒む理由はないと考えておる』
「おお、それなら良いってことですね! もう、このポーカーフェイスはわかりにくいです――痛い痛い痛い!?」
くすくすと笑ったカドは見上げてきているサラマンダーの顔に両手を添える。
するとまたかぷりと噛みつかれ始めていた。
これは一体どういう意味なのかと説明を求めて竜に目を向けるものの、返事はない。竜は難しい顔をしてしばらく黙りこくっていた。
『うむ、それの思考は抽象的過ぎて読みにくいのだ。意味については汝自身で感じ取るが良い』
その末に開示する答えがこれらしい。
頭の中身まで見た目通りのゆるキャラとは恐れ入る。
「僕はボディランゲージもない動物の感情を読めるとか言える人種じゃないんですけど!?」
言っている間に立ち上がることで噛みつきが終わらないかと試みたカドであるが、やはり噛みつかれたままぶら下がられるのみだ。
この相棒と上手くやるには、もうしばらく時間が必要らしい。
さて、意思確認のみは良好に進んだので、次は本番に移る必要がある。実際の従者契約を魔法として使うべき時が来たのだ。
第二位階魔術と、カドが今まで多用してきた魔法に比べて高位なことは間違いない。
アルノルドの延命と、初級治癒魔法を行使しようとした際などに付き纏った頭痛を考えれば緊張は禁じ得ないイベントだ。
ごくりと生唾を飲んでいると、リリエが顔を覗き込んでくる。
「カド君、いい? 従者契約は魔力の質が違うこともある両者を繋ぐ上、その魔力の質の変換も組み込んでいる魔法よ。発動させてしまえば燃費は恐ろしく良いのだけれど、最初はかなりきついものがあるの。気は尖らせておくのよ」
そのまま魔力不足で昏倒などしようものなら、カドの魔法によって延命されているアルノルドは死ぬ。
彼女の念入りな警告も当然のことだった。
カドも十分に理解し、頷きを返す。
「はい、心得ています。すみませんが、危なくなったら引っ叩くなり、気を失わないようにフォローをお願いします」
こんな時にも迷惑をかけてしまうリリエにはせめてもの礼儀として頭を下げる。
けれども彼女は眉をひそめ、複雑な表情となった。
嫌がっている素振りとは違う。これは忌み子としてのアルノルドを延命しようとしたあの時、「君は、本当に馬鹿ね……」と向けられた表情と同じだ。
「……本当は、無茶なんてさせたくないのだけれどもね」
しかし、人命を大切にする意味もわかる。
そんな言葉を飲み込むようだったリリエは、ぽんぽんと頭を撫でてきた。本当に随分と気にかけてもらっているものだ。
このような点には竜といい、彼女といい、感謝してもしきれない。
恩返しは、いつか絶対にするべきだろう。
「では、始めますね」
カドは再びサラマンダーと向き合う。
従者契約の意味や使い方、口上に関しては今までの天啓と同じく、使おうという意思を持って思い浮かべれば勝手に頭に流れ込んでくる。
「我はここに彼の者との盟約を交わす」
詠唱を始めると、地面にはぼうと魔法陣が浮かび上がった。
文様は非常に複雑な上に、カドとサラマンダーを包む二つの内円があるという点で特殊だ。
そして、この魔法陣が浮かび上がり、しっかりとした発光を始めるまでにまたずきりと頭が痛む。しかもこの痛みは魔方陣が描かれ終わって少しは和らいだが、消えることはない。
この魔法はまだ半ばにも到達していないからだ。
「我が呼びかけは汝の意。汝の呼びかけは我の意。応えるならばここに軌跡を記す」
互いに助け合う意思は先程確認している。
これは魔法の工程上の確認なのだろう。カドもこの助け合いを進める気でいると、両者の間の魔法陣には新たな文字が追記された。
それに連れてじわりじわりと頭痛も増す。
頭を使い過ぎた時のように、少しずつ頭の働きも鈍くなってきている感覚があった。
「而してここに道を拓く。我が血潮は汝の剣に。汝の血潮は我が盾となる」
自分の体に穴が開くような、妙な感覚に襲われた。
痛いものではない。自分の体に込められる力というものが一旦解け、それがサラマンダーとの間で再度結び直されたような感覚があった。
これに関してが最も魔力を消費するのだろうか。
互いの力を融通するための変換器が今まさに作られているのか、初級治癒魔法よりよほど大きな力が失せていった。
魔法の行使がオーバーフロー気味になっているのか頭痛が増す一方で、貧血のように意識が薄まる。
それをぐっと堪えていたところ、ぴしりと背を鞭のようなものが叩いた。
つと見れば、竜がこちらに視線を注いでいる。彼が尾で背を打ったらしい。
リリエも勘付いているのだろう。彼女は肩に手を置くと、きついくらいに掴んで圧力をかけてくる。
この二つが良い気付けとなった。
脂汗は浮かんでしまったが、工程の峠は越えたらしい。消費魔力が減っていくと共に、頭痛も治まっていく。
さて、最後に締めの口上だ。
「果てに唯一つの樹を成す。我らが根を以って幹を支え、望むべき実を結ぶ。<従者契約>」
この詠唱は物語のようだ。
旅をしようと持ち掛け、互いに意気投合する。すると目的地への地図を得て、互いに剣となり盾となって道を拓いて進む。
そんな両者の努力の末に、望みを叶える。
まるで吟遊詩人の歌を真似してしまったかのようだ。
魔法陣が確かな効果を残して消えゆく中、どっと押し寄せた疲労感に身を浸したカドは思わず苦笑を浮かべたのだった。
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