第18話 魔獣

 一方、本艦で戦いを続けるジョン兵団長と水兵団員たちは、船尾に追い詰められつつも、王族を守りながら奮闘していた。

 チョップの活躍と専守防衛に徹している事で、少兵なりに海賊たちと渡り合っている。

 だが一方、敵の将帥であるバルバドスは、さも戦況に興味が無いとでも言わんばかりに舵輪にもたれながら、船首で退屈げにネイルの手入れをしている。

 何を考えているのか全く読めず、ブサイクが色気付いている姿に、水兵団員たちはただならぬ不気味さを感じていた。


 だが、その一瞬の集中力の低下が命取り。身軽な海賊兵の一人が船壁をよじ登り、真後ろからマルティニク王に襲いかかる!


「ヒャッハー! 偉そうなオッサンの首は貰ったぜえ!」

『しまっ……!』

「国王っ!」


 ドンッ! とマルティニク王にタックルを敢行する、タキシードの男。執事長のケイマンが身代わりになって立ち塞がる。


「ケイマン!」

「くそがぁー! 雑魚が邪魔すんじゃねー!」


 国王、姫様……、あなた方にお仕えできて私は幸せでした……。たとえここで果てることになろうとも、あなた方の盾になって死ねるなら本望です……。


 死を覚悟して目をつぶるケイマン。そこへ容赦なく振り下ろされる海賊の曲刀。

 だが。


「『くうざん』!!」


 ザンッ!


 突如、飛来した真空の刃が海賊の側面を捉え、男はホッケの開きのように下ろされながら、ドシャッと甲板に崩れ落ちる。

 命拾いしたケイマンが思わず横を振り向くと、隣の艦には空を裂く手刀を放った少年水兵の姿。

 ケイマンを無事に救えた事に、チョップは屈託なくニコッと笑うと再び敵の方を向く。


「私を……、助けてくれたのか……」


 執事長は、ずれた眼鏡を戻そうともせず、海賊たちを相手取って戦い続ける少年水兵の背中を見つめた。


 ズバッ、ドバッ、ズバババシュッと、疲れも見せずに敵をズバって行く水兵チョップ。すでに兵数を半分に減らし、焦りが見える海賊団。

 だが、なんの前触れもなく、チョップはガクッと片膝を付く。


 グロロロロロロロロロロ……!


 地の底から響くような、魔獣の唸り声のような音が辺り一帯に響き、チョップは胸の辺りを押さえて苦しみ出した。


「来たか……。しずまれ……。頼む……、鎮まってくれ!」

『何だか知んねぇが、今の内だーっ!』

『ぶっ殺せーっ!』


 好機と見た海賊たちは曲刀を振り上げて、一斉にチョップに躍りかかる。


「チョップくん!!」


 隣の艦から、その危機を見たマルガリータ姫は思わず声を上げる。


「くっ!」


 チョップは腹部を押さえながら立ち上がると、船室の入り口に走り、ドアを開けて中に転がり込んだ。


『は!?』


 少年水兵の突然の行動に、訳が分からず甲板の上で呆然とする海賊たち。だが、次の瞬間。


 ドバン!


 ドアを開け放って現れたチョップ。その手には七面鳥の丸焼きが握られていた。

 その脚をもぎ取り、モシッとかぶり付く。絶妙な焼き加減で柔らかさを保ったモモ肉ドラム。口一杯にあふれ出る肉汁、ハーブ塩で焼き上げた香ばしい風味にチョップは満足げに舌鼓を打つ。

 あ然とする海賊たちを尻目に、胸身キールあばら肉リブ手羽ウイング腰肉サイとケンチキンのように部位を切り分け、再び嬉しそうに頬張るチョップ。


 モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。


「おい、お前……、何をやってる……?」


 モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。

 モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。


「うおいっ!」

「……ご飯を食べてるんですよ。見て分かりませんか?」

「……何でメシを食うんだ?」

「昼ごはんがまだだからです」

「それは俺たちもそうだが、何で今メシを食うんだ?」

「お腹が空いたからです」

「いや、それはそうだろうが、何で戦いの最中にメシを食ってるのかっていてんだ!」


 すると、チョップはプッと鳥の骨を吐き出し。


「僕の戦闘法は、すごくお腹が空くんですよ」


 もういいですか? と言わんばかりに、再びモシャモシャと七面鳥を貪るチョップ。


「なあんだ。さっきの音って、お腹が鳴っただけだったのね」

「団長、アイツあんなことやってますけど……」

「懐かしいなあ。ナックルさんもあんな感じだった」


 と、遠目に眺めながら語らう、マルガリータとトーマスとジョン。


 モッシャ、モッシャ、モッシャ、モッシャ。


『いいかげん、食うのを止めろぉ!』


 ドバババババッ! と発砲する海賊たち。チョップはそれらを躱しながら、軟骨までコリコリと美味しくいただくと、手裏剣のように鳥の骨を投げて海賊たちに直撃させる。その隙にチョップは右腕を振りかぶってタメを作る。だが、背後に現れる巨大な影。


 ブオンッ!


「わっ!」


 頭を狙って襲いくる風圧をとっさにしゃがんで避けると、続けざまに降ってくる黒い塊を飛び退いてかわす。

 ドキャッ! と甲板デッキを穿った黒い塊の正体は、丸太のようなトゲつきの巨大な金棒。チョップの目の前にはオーガのような大男がそびえていた。


「ぐわっはっはっ! 俺様は魔導海賊団の幹部。賞金首『牛殺しの大巨人』たぁ俺様の事よ!」


 スチールウールのようなロン毛を振り乱し、グオンブオン、グオブオンッ! と重さを感じさせない速度で鉄棒を振り回す。何しろこの男、素手で闘牛の首をじ切る怪力の持ち主。


 ドゴオッ!


 チョップは振り下ろしをわざとギリギリで避けると、甲板にめり込んだ金棒を片足で踏みつける。牛殺しは再度攻撃を仕掛けるべく、水兵ごと棒を持ち上げようとするが。


「むっ? なぜだ、棒が動かん……?」


 男はぐおおおおーっとあらん限りの力で金棒を動かそうとするが、足一本で完全に押さえ込まれ微動だにしない。


「まさか、この俺様が力勝負で負けるだと……!?」


 対するチョップは、無言で手刀を構え。


「やめ……!」


 ガヒュッと切り落とされた大男の首は、ゴトリと音を立てて床に転がる。残された胴体は立ったまま、たった今まで生きていた証を示すようにドクドクと血を流した。


『キョーッ!』


 感傷に浸る間もなく、奇声を上げて襲来する影!

 チョップは大男の死体を蹴って、三角飛びからのバック宙で攻撃をさばくが、さらに側面からもう一つの影!

 空中で手刀を放ち、敵の刃を叩き折るも手応えはない。ズザザッとチョップは着地しながら敵に相対する。


「キョキョッ、これも避けんのかぁ……」

「キョッキョッキョッ、さすがは『牛殺し』を殺すだけあって良い動きしやがるぜぇ……」


 二刀流の手持ち鎌をたずさえた二人組の小兵は、奇妙な笑い声を上げながらチョップの前にその姿を現す。


「キョーッキョッキョッ! 俺たちゃ賞金首、『瞬殺の死神』ことキラーゴ兄弟ブラザーズよぉ」

「キョキョキョッ、俺たちの速さについて来れるかぁ?」


 ヴゥン! と、残像を影絵のように揺らめかせ、同時に姿を消すキラーゴ兄弟。だが。


 ヴゥン! ザクッ!


「ぐぎゃあああああっ!」


 影をも掴むスピードで動いたチョップは、敵の片割れを手刀で捉えて袈裟斬りにする。


「まさか……、俺の速さを上回るとは……」


 絶命するキラーゴ兄。しかし、もう一人の死神の鎌が、死角からチョップの首を掻き取ろうとする!

 が。


 ドボオッ!


「ぐぼっ!」


 チョップは気配だけでそれを捕捉し、後ろ蹴りで吹っ飛ばす。さらに。


 スヒュン! ズバッ!


「ごぎゃあああああっ!」


 追い討ちとばかりに、前方宙返りをしながら後方に真空の刃を飛ばし、キラーゴ弟を真っ二つにする。

 瞬殺とはまさにこの事。

 力と速さ。海賊幹部との戦いは、結果チョップの恐ろしさを知らしめるだけのものとなった。


「あの強かった幹部たちが、あんなにあっさり……」

「ば、化物……」


 ザコ海賊のつぶやきを聞いたチョップは、餓えた鷹のように敵陣を睨み付ける。怯えながらじりじり後退する海賊たち。


「『船割り』!!」


 ズヒュッ……、ドガバアアアアアーーーーーンッ!


『うおわあああああーーーーーっ!』

『どわわあああああーーーーーっ!』


 黒船はアケビを割るように縦一閃で断ち斬られ、海賊たちを巻き添えに海の藻屑と消えていく。

 沈み行く船を背後に、チョップは最後の副艦の甲板に降り立った。


「まだ、やりますか?」

「ひ、ひいぃ~……」


 右手だけで人をほふる殺人術に加え、この状況下で飯を食う胆力と、幹部すら全く相手にしない戦闘力を見せつけられ、戦意を喪失した海賊たち。

 中には船を飛び降り、海上に逃げようとする者まで現れる。だが。


「『水の手アグアアガラル』」


 海面が盛り上がり、海水で出来た複数の巨大な腕が、逃げた海賊たちを捕らえる。そして。


『ぎゃあああああっ!』

『うぎゃあああああっ!』


 ベキッ、ボキゴキグキ、グチャッ!


 掴み上げた海賊を水圧で握り潰すと、船の上に叩き戻す。


「逃げた奴は殺すって言ったでしょう? われの手を煩わせんじゃないわよ」


 それが人間であった事など認識出来ないような、赤黒い肉塊が甲板に転がる。あまりにも凄惨な処刑執行に、敵も味方もチョップですらも声を失う。

 水を打ったような静けさの中、一瞬で場の空気を変えた海賊提督は隣のふねの手下たちに告げる。


「オッホッホ……。我が率いる魔導海賊団は世界最強。我がいる限り敗北の二文字はないわ。貴方たちもその一員を誇るなら、男もアソコも奮い立たせなさいな」

『ヒャッハー……』

「って、元気ないわねえ……。報酬が足りないというのなら、勝った暁には西海洋マオエステの島を一人一個ずつくれてやらなくもないわ。押しも押されぬ一国の主、悪くないでしょう?」

『ヒ……、ヒャッハーッ!』

「そうよ、好きな事やって遊んで暮らせる国王様。気に入らない奴は皆殺し、国の女は全て自分の物。食いきれないメシ、飲み尽くせない酒、使いきれない程の金! この世の快楽の全てが貴方たちの物よう!」

『イーーーーーヤッッッハーーーーー!!』


 部下の恐怖心に更なる恐怖で上塗りし、圧倒的な報酬でそれをねじ伏せ、欲望を煽る事で再び闘争心に火を点ける。

 人心を粘土細工のように操るすべを心得た、魔導海賊バルバドス。

 チョップを化物と評すなら、この男の魔性もらちがいの怪物。

 良い感じに脳内麻薬が海賊たちに回った所で。


「今こそ貴方たちにあげた、『どうやく』を使う時よ。無敵の戦士にお成りなさい!」


 バルバドスの怪しげな命令を受け、手下たちはピストルの弾のような形の薬を取り出し、ズボンを下ろして『おうっ!』『あおっ!』とうめきながら、一斉にそれぞれの尻の穴に突き刺す。

 すると。


『ぐおおおおおっ……!』

『があああああっ……!』


 海賊たちに異変が表れる。全身の筋肉が膨れ上がり、と同時にびっしりと灰色の毛が生え、ハイエナのような身体へと変わっていく。


『ヴォオアアアアアーーーーーッッ!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る